A-14「TWOVLLAGE②」

「あなたが薫の協力者?」

「は、はい……」

 目の前に立つ女性は20代くらいと見られる。スタイル抜群で特に足の長さはモデル級である。髪は短めに後ろで縛ってある。顔は薫には劣るが他の人間を圧倒する覇気を感じさせる輪郭となっている。これがカモフラージュかどうかはわからないが、服装は一般女性と何も変わらない。


「名前は?」

「後光信です」

名前を言っただけなのに、女性はゴキブリを見るような目をした。

「ああ、いきなりフルネーム言っちゃうか……。初対面の相手に個人情報を……まあいいや、コードネームは決めた?」

「コードネームですか? 何でしょう?」

俺は薫の方を見た。

「おい、薫!」

女性ににらみつけられて薫はうつむいた。

「んじゃあいま決めて」

「ううん……」

「遅い、遅い、こんなんじゃ薫の相手勤まんないわ、適当に最近頭に浮かんだことを言って」

すでに延焼が始まっているようなお顔なので即座に、

「じゃあSHISSOで」

と言った。

「了解、じゃ組織に報告しときます」

 女性がスマホを操作している間、七瀬さんから視線を感じた。うわ、うつむいたまま目をうるうるさせたままにらんできてる。今度は俺が手を合わせる番だった。


「あ、あたしの自己紹介がまだだったね」

女性はスマホを直すと俺に目線を合わせて、

「あたしは二里優美。コードネームはTWOVILLAGEよ。もうおわかりかと思うけど薫の上司兼教育係です」

と言った。ということはこの人もデスゲーマーなんだよな。自分の部屋にデスゲーマーが二人。引っ越してきたときには全く想定もしようも無いことが起きている。


「信、あなたが我々に役立つ人材か確かめさせてもらいます。なに、簡単な口頭質問よ、今から殺し合いをするとかじゃない」

二里さんはニヤリと笑った。俺はビビりとなった。

「我々の職業たるもの悪人を捕獲するときはどうしても戦う必要があるというもの、ズバリ運動経験は?」

「テニスをずっとやってるぐらいですかね……」

「県大会ベスト8とか?」

「いや、予選落ち……」

「……」

どう考えても二里さんの顔が曇った。


「では我々は悪人をどうやって捕獲するかという戦略を立てたり、いかに興奮するデスゲームを考案するかという能力も必要ですが、ズバリ、IQは?」

「知らないです」

「まあ、そうか。さすがに大学には通ってるよね?」

「七瀬さんと同じ大学です」

「はあ……」

 二里さんはおもいっきり溜息をついた。何ともわざとらしい。きっともっと偏差値の高い大学を期待してたんだろうが、あまりにも失礼ではないか?


「薫、どういうつもり?」

「私は――」

「遊び半分にやってるんじゃないよ!」

「そんなつもりは――」

「もっと他にいたでしょう? 我々にふさわしい人間が」

「唯一この人が私の話を信じてくれたんです」

「信じてくれた!?」

二里さんは鬼のような形相になった。

「いいかい? 我々に人徳などいらないの! 信じないなら信じ込ませればいいじゃない! 方法なんていくらでもあるわ! まさか未だに友人を作ろうとでも思ってんの?」

その言葉を聞いた瞬間七瀬さんの顔が歪んだ。今にもダムが決壊しそうな感じだ。

「はあっ、なんであたしがこんなのを見なきゃいけないのかしら」

二里さんは手を頭にやった。

「ふう……、まあ一度知られてしまったからには信、あなたには働いてもらうわ、本部の雑用係になるかな。薫、次来るまでにちゃんとした人間を仲間にしておくこと。そしてとっととターゲットを捕まえること」


 二里さんは冷たい視線を両者に向けた。両者が目線を反らしたのを見ると、壁の穴に戻ろうとしたが、

「あ、目的を忘れてた」

と言って引き返してきた。

「ターゲットに関する重要な情報、サイバー攻撃対策で文書にしたためてあるから読んどいて」

そしてテーブルに封筒を置き、七瀬さんの横を過ぎ去って穴を通りすぎていく。


「人でなし!」

七瀬さんが叫んだ。

二里さんが振り返って、

「部屋も人選も0点」

と言い放ち七瀬さん側の玄関から出ていった。



 2人残された部屋の空気は最悪だった。嫌悪感やら憎悪感、悲しみや苦しみが一辺に混ざりきれずに滞留している。


 七瀬さんがすすり泣き始めた。彼女の泣く意味がよくわかった。やっとはっきりしてきた。たった今、あの上司はこの空間にある全てを否定して去っていった。彼女も俺も傷つけていった。そしてついでに一つの深いところにある真実をもえぐりだしてしまった。


――彼女には友人がいない。


 しかも自らその状況を作り出しているのでは無い。むしろ欲しいと思っているのだった。だがそうならざるを得なかったのだ。ここからは勝手な想像だが、もしかしたら友人ができないようにも、初対面の相手を不信がってにらみつけるようにもされてしまってたんじゃないか? そのまま約19年間生きてきたんじゃないか?


 なんだか急速に彼女がかわいそうに見えてきた。今目の前にいるのは悪人の死を喜ぶコードネームPENGURINでは無く、等身大の七瀬薫、そのものであった。


何か声をかけてあげたい。何かを……。


 床に座り込み、目を押さえている彼女にそっと近づいて声をかけようとした。ただこれがいけなかった。

「だいじょ――」

「何?」

「だからだい――」

「ほっといてよ! あんたも私をバカにしてるんでしょ!」

「違うよ、違うって!」

「何が違うの!」

「バカになんかしてないんだよ!」

「もう離れてよ! こっちくんな!」

 腕を振り上げたかと思うと思いっきり俺の腹にパンチした。思わぬ攻撃に俺はのけぞって床に倒れた。


「イテテ……」

頭を押さえる俺を尻目に彼女は逃げるように穴の向こうへとすたすたと歩いてった。


 その方をぼーっと見つめた。今はそっとしておく方がいいだろう。その方がいいらしい。


 本棚を元に戻し、テーブルの上の封筒を手に取ってみる。俺が先に見てもいいんだろうか。ターゲットに関する重要な情報とあの上司は言っていた。そのときの顔が浮かんでくる。冷酷なあの顔を。七瀬薫の比にならないほどの非道な顔を……。


 俺もバカにされたんだ。とっても悔しい。デスゲーマーは身体能力も頭脳も良い人がやっているもんなのかもしれない。でも目の前で低能だとか言われる筋合いは無いだろう?


「諦めんなよ!」

かつて俺が疑われて死を覚悟していたときに彼女はそう言った。そうだよ、ここでくじけちゃいけないんだ。二里さんが思わず誉めずにはいられないような働きをしてやればいいんだ。そしたら何かが俺の中で変わるかもしれない。それにあの人を呪縛から解き放てるかもしれない。


本棚を見つめ、こう誓う。


――彼女をデスゲーマーから救ってみせる。



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