C-8「狂人VS狂人」
扉からやってきた薫が悲鳴を上げるのと、俺が目的を達成するのはほぼ同時だった。
「信……」
彼女は信じられないというような顔をした。ここまで表情を明らかにした彼女を見たことがなかった。
「何してんの……?」
「何してんのって殺したんだよ」
「殺したってこんな……」
彼女は嗚咽をした。え? デスゲーマーってこんなのに慣れてるんじゃないの?
「何で驚いてるの? もしかして会長も殺した?」
笑顔で机に這い上がった俺に対する彼女の態度はおかしかった。仲間のはずなのに今は原形をとどめていないカマキリのように怯えている。
「殺したって、自爆したけど……」
彼女は言葉を選んでいるようだった。確実に会議室には存在しない赤いプールに浸かっている俺を見た。そして目線をそらした。
「こんなに酷い惨殺はしないんだよ!」
「え……? 酷いって俺の元カノを殺し、俺たちがやってきたこと、デスゲーマーのことも否定してきたんだ! 俺が傷ついた分コイツは代償を受けなきゃいけなかったんだ! そうだろ?」
「元カノはそんな殺され方したの? 私たちは吐き気がするようなことのためにやってきたの? じゃああんたはあの殺し屋が受けた傷分の代償を受けなきゃならないってことになるけど?」
「え……」
薫までそんなことを……。薫が泣きはらした目でこちらを見ている。俺は……俺は……。
改めて背後を見る。そのとき初めて見るのも嫌になる風景を知った。
これが俺がしたことか。俺がしたかったことか?
しばらくするとぎゅーっと胸が痛み、頭に重りが押さえつけられる感覚がした。全身が凍りついていくようだった。怒りの炎も全て冷え切った。やがて頭の中から次々と考えが浮かび始めた。
やってしまった。
やってしまった。
やってしまった。
犯罪者だ……。
犯罪者だ……。
犯罪者だ……。
とんでもないことをしてしまった。ここにいる誰よりも凶悪な人間に……。
「はああ、ああああああ」
「信! しっかりして!」
「殺してくれ、殺してくれ!」
「何言ってんの?」
薫がもたついていると、その後ろから黒服と渉がやってきた。
「2等船室までの殺し屋の身柄の輸送が完了した!! ここはどうなって――」
黒服は目の前の光景に唖然とした。
「おいおい、マジかよ……」
渉が震え落ちそうになるところを黒服が
「しっかり」
と言って支えた。
「あ、ああ! ああ!」
渉の姿を見ると、知らず知らずのうちに涙が出てしまった。こんな俺誰もいらないだろ。
「信がおかしくなってしまって。どうしよう」
薫はこの世の終わりとも言わんばかりだ。彼らも動揺を隠せない。
「信! お前! どうしたんだ? オレたちは勝ったんだ! ボートが待機してる。なあ、……早く出ようぜ?」
「それどころじゃない! 俺は死刑だ! 早く! 早く!」
「信……」
渉が肩を落としたところでサイレンが鳴り響いた。
『自爆装置発動、自爆装置発動! 10秒前』
「うわ、あの野郎やりやがったな!」
薫が上の方を見た。
「あの野郎って?」
「ボスだよ」薫が渉に向かって言った。
「あいつ、自爆しただけじゃなく道連れにしようとしてるんだよ」
「早く逃げるぞ!」
黒服が言う間もなく、床下から爆発音がして大きく船体が揺れた。みんなは床に叩きつけられた。
そして船体が傾き始めた。しかもその傾きは収まることをしらずどんどん加速していく。机の中の赤プールが入り口の扉の方向に流れ出した。
「みんな、あっちへ!」
薫の指示で渉と黒服が窓の方へ走った。
「あれ、信?」
「俺はもう生きる価値がないからここで死ぬよ」
「はあ? なに言ってんの?」
薫は絶望の極みといった顔をした。
「俺はとんでもない過ちをしたんだ。だから――」
「あのね、あんたの元カノのためにやったんだろ? で、その人はあんたが死んで嬉しいの?」
「え――?」
今までの自分を振り返ってみる。彼女の無念を晴らすためにと思って、仇打ちをしたつもりだった。でも彼女は戻ってこない。
「むしろあんたが自分の分も生きて欲しいって思うんじゃないの?」
「薫――」
「そして――」
薫が実に言いにくそうな顔をした。
「この世でもあなたに生きて欲しい人がいるんじゃないの?」
この世でも……。
「早くしろ! 間に合わないぞ!」
窓の向こうから立てるようなぐらい傾いた壁に立った二人が呼びかけた。
「アームストロングのデスゲーマーで私が足を怪我して脱出を諦めようとしたとき、あんた私に一緒に生きて帰ろうって言ったよね?」
彼女の目は涙に濡れていた。
「友達になってくれるって言ったよね?」
そうだ、自分はかおるのことばかり、いや自分のことばかり考えてた。変わりたいと言っていたけど、それはかつての自分の活気を取り戻そうとしていただけだったんだ。かおるのことを、いつまでもいつまでも引きずっていたから。
でも松治町に引っ越してきて、新たな仲間ができた。それは思わぬ仲間でもあったけど。そのおかげで今目の前に大切な人がいる。そうか。パッと頭に光が差した。
過去に引きずられずに今を生きればいいんだ。今の自分を受け入れて。
「まだ間に合うかな」
船はだいぶ傾いていた。もうあと1分で窓にはたどりつかなくなるだろう。
「間に合うよ」
薫が手を差し伸べた。俺はその手をがっちりとつかんだ。想像以上の力で俺はひっぱり上げられた。
「よし、いこう!」
「おお! 立ち上がったか! ボートが見えるぞ! 早く!」
渉は狂気乱舞した様子で手招きした。
俺たちは一心腐乱に窓へ向かって走った。生きるために。
窓によじ登ったとき薫が、
「あっ」と言ってこけ、俺の足をつかんだ。
「うわっ」
落ちるっ。止まった。俺の脇に渉が腕を絡ませたのだ。渉が笑顔を見せた。黒服も渉のお腹を抱え込んだ。
「せーのっ」
これが火事場のバカ力とでも言うのだろう。薫は見事船体に着陸した。
「ボートは……あそこ!」
指さす方にボートがあった。その後ろには乗ってきた船もいる。ここはイベントホールの壁だから少しばかり船室の壁をつたい、下層部分の船体を通っていくことになる。黒服を先頭にみな走り出した。
生きるために、生きるために…無我夢中で走り続けたその先にある希望を信じて。
船がほぼ沈みかけたときと俺たちがボートに飛び乗ったのはほぼ同時だった。ボートには別の黒服が待ち受けていた。
「ふう…助かった」
船の姿がすっかり消えたのを見て渉が安堵の声を上げた。
俺は生きて帰ってきた、なら死んだ者の分罪を償って頑張って生きなければ。
すっかり雨が止んで穏やかになった海をみてそう誓った。
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