GAME : D 「End Roll」

D-1「GAME SET」

あれから何年経っただろう。少なくとも5年は過ぎただろう。


 今俺は電車の中から懐かしい景色を見ている。結局大学生活というものは無くなってしまったけど。


 俺を見つけた人たちが騒がないように、サングラスをかけマスクをつけている。いや余計に怪しいか。いかにも出所したてって感じだ。あんなことしたらさすがにな……。


 ダメだ、ダメだ。過去を引きづらずに今を生きていくって決めたんだ。そうだろ? これから新しい第2の人生の始まりだ。ある意味第3かもしれないけれど。


『まもなく……松治。松治。お出口は左側です』

電車がスムーズに駅に滑り込んだ。電車から出てくる人はまばらで、何か思うことがあるかなと思ったが特になんともなかった。


 改札を出てあの2人を探す。一体どこにいるだろう? よりにもよってなぜこの町で会おうとするのか、もっと別の場所があるでしょ。


 所内の最後の手紙で彼らは日付と駅前とだけ書いていた。来いというからにはもっと目立つところに、なんなら迎えてくれればいいのに。


 交差点までやってきた。今も服役中のアームストロングを尾行した時に薫と落ち合った場所だ。

そこに小さな男がいた。アフロで中学生みたいな、でも信じてみたいと思えるような目をしてる――。


「三上先輩?」

「うわあっ。びっくりした。どちら様で――」

俺がサングラスとマスクを取ると、

「あっ」

と目に見えてはいけないものを見たかのように三上先輩は震えた。そして恐る恐る周りを気にしながら、

「信くん……?」

と聞いた。

「ええ」

「うわあ、久しぶり。あ、マスクとサングラス戻して。見られてる。……全然気づかなかったよ。何年振りだろう? うわあ、生きているうちに会えるなんて。元気してたかい? 大丈夫だった?」

「ま、まあ」

三上先輩は壊れたロボットのようにまくしたてるので思わず笑ってしまった。

「な、なんで笑ってるんだい?」

「い、いやあ三上先輩だなっと思って」

「そりゃそうじゃないか」

君は何を言ってるんだ? と言わんばかりだがまんざらでもない様子の先輩。


 何だかこんな純粋な気持ちは久しぶりだった。なんだろう、人に会えて素直にうれしいというか。ほっこりする感じ。


「そういえば渉くんは?」

「え、先輩と一緒にいるんじゃないですか?」

「いやあ、それが遅れるっていうからてっきり時間的に信くんと鉢合わせになるんじゃないかと思ってたんだけど。違うのかい?」

「見た通りですよ」


 そもそもこの何年振りかの集まりは渉が言い出したはずだ。手紙には熱量のこもった文字が書かれていた。最初は俺と同様デスゲーマーへの協力に後ろ向きだった彼だが、いつの間にか殺し屋にタックルするほどになっていた。いったい彼に何があったのか……?


「危ない!」

三上先輩が小さな体で俺の体をガードレールに押し付けた。やっぱり強い力だ。

すぐ横を自転車に乗った男が通過していった。やけに慌てた様子だ。が、すぐに戻ってきた。顔が見えてピンときた。


「あ、渉くん!」

「先輩、それに――」

自転車から降りた渉はスタンドを荒々しく蹴った。

「信!?」

「そ、そう――」

「え? 後光信!?」

「渉、声がでかい」

通行人が立ち止まり始めた。まずい。先輩は俺たちの背中を押しながら、

「さあこっちへ」

と言って路地裏へ誘導した。


「いや、渉声がでかすぎるって」

「すまん、すまん。オレホントに会えたんだと思ってよ」

自転車を押しながら渉は感慨深いという顔をした。今この瞬間をかみしめているようだった。

「いや、会えたのは渉のおかげだよ。いろいろやってくれたんだろ?」

「やったやった。お前がイカれちまった時はどうしたもんかと思ったけど、いろいろ情報発信したり。ほらいろんなメディアで報道されてSNSでデマも流れただろう? 大変だったんだぜ」

「僕ももちろん協力したからね!」

三上先輩も協力していくれたのか。

「本当に……」

俺は立ち止まった。心がポカポカしてきた。

「ありがとうございました」

「なんだよかしこまって」

お辞儀をする俺に渉が言った。

「君は君なりにいろいろ考えてやったんだし、間違ってる方向に進んでもこうやって戻ってこれたんだし、本当に……」

三上先輩は目をうるうるさせた。

「よかった……。元気になって」

「先輩までそんな雰囲気出さないでくださいよ。湿っぽいのは嫌なんすよ」

渉は全くだと言わんばかりだ。


 彼らの働きかけのおかげで世論の方向が変わったのは確かだ。そして事情が加味され刑期が予定より短くなったのも事実だ。亡くなった人への想いに同情する人、それでもあんな復讐のやり方をするのはサイコパスだという人、事情がなんだか知らないがとにかく全員死刑になればいいという人、さまざまだった。


「みんなどうしてるんですかね?」

俺はあれから自分がニュースになったこともあり、あんまりニュースに触れていなかった。

「確かみんな逮捕されたんだ」

三上先輩が仰ぎ見た。

「警察自体に腐敗が見つかって大事になったから警察も殺し屋組織もデスゲーマー組織もみんなが一斉逮捕になった。もちろん僕の父も」

「ああ、そうですか……」

三上先輩の横顔はとても悲しそうだった。

「正義なんてわからなくなった瞬間だったね。自分の尊敬する父が殺し屋から金銭をもらってたからね」

みんな押し黙った。空は雲が浮かんではいるが晴れやかな陽気だった。


「あ、ごめん。なんか気まずい空気にして」

「いや全然、なあ」

渉が俺に笑いかけた。

「俺も逮捕されましたから」

シャバジョークは二人に刺さらなかった。


 俺たちはある目的地に向かっていた。その間もいろんな話をした、スキンヘッドが亡くなってしまったこと。2人の仕事の話、過去のこと、過去のこと…。


 そしてこれからまた過去の風景を見ることになるのかと思うと気が引けてきた。どう考えてもあそこに通じる道だろう。2人はなぜここに連れて行こうとしているんだろう? 


「あ、着いた」

渉の声に顔を上げると、そこにあったのは大きなマンションだった。

「え? アパートは?」

「アパート? これだよ」

「建て替えられたんだよ、近くに大穴も空いちゃったし。いつまでもそのままにはしておけないからね」

三上先輩が解説する。アパートだったところも公園だったところもまとめてマンション地帯になっていて辺りの景色は様変わりしている。


「これを見せたかったんだよね、渉?」

「ああ」

渉が頷いた。


 そうか! 真新しいマンションを見て気づいた。もうここに過去は無い。ここにあるのは今という現実。


 彼の伝えたいこと、それならもう気づいてる。


 過去は変えられない、でも未来は変えられる。


 そのために今を生きる。


 天に拳を突き出した。

 アーハッハッハ!

 彼女の笑い声が聞こえた気がした。



 THE END




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隣人デスゲーマー ケーエス @ks_bazz

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