GAME: C 「デスフリゲートを攻略せよ!」

C-1「バッキャロー! 会長」

ワゴンはとあるビルの地下駐車場へ潜っていった。エレベーターホールの前には数人のサングラスをした黒服の男女が立っていた。ワゴンがその前に停止すると、そのうちの1人の男が近づいてきて窓をノックした。


 SHORTが自分の窓を開けると拳銃が突き出された。


「スープなら別のとこにあるぜ」

黒服の男が言った。

ん? なんて言った? スープだって?

ただ、SHORTは何も驚くことなく、

「ごめん、今魚介の口なんだ」

と答えた。


「よし、着いてこい」

男は拳銃を下げると、エレベーターホールの方に手招きしながら歩き出した。


「今のは?」

ドアが開いた後俺が聞くと、

「山、川の奴だよ」

とだけ言って薫が用意された車いすに乗った。わかったようなわかってないような気持ちになっていると、渉が

「暗号だよ。暗号」

とささやいてくれたので理解できた。

「さ、とっとと降りるよ」

二里さんがドアの傍でどなった。


 エレベーターホールは荘厳な感じであった。自動ドアをくぐった先に見えるのは大理石の床。金色の壁。純白のエレベーター。階数表示は無く、2基のエレベーターがある間には金色のボタンが付いた御影石がはめ込まれている。俺と渉、三上先輩の一般市民勢はそのきらびやかさに目を奪われた。


 右のエレベーターが開いたので男女に誘導されるがまま乗り込んだ。エレベーターは快調にその速度を増していった。体感でいえば某新快速並みで、このままもしかしたら急に落下するんじゃないかという恐怖感も湧き出てくるほどだった。

 三上先輩は口をガタガタ言わせ始めた。きっと絶叫マシンが嫌いなんだろう、かわいそうに。俺も怖いけど、スナイパーたちがいないからマシだ。一方の渉は平気なようで静止して天を見上げているままだ。薫などデスゲーマー勢は慣れた様子である。そういえばこのエレベーターに入って彼女の顔つきが変わったように思える。あれは初めて会ったときの顔だ。そんな様子を見ていると自分も緊張してきた。


 エレベーターは徐々にスピードを落としていき、ついに止まった。ゆっくりとドアが開く。

「さあ、静かに。素早く出ろ」

 男の指示でみんなが一目散に扉の向こうへ出ると、さっきとは一変して真っ黒な世界だった。だいたいの建物の内装というのは壁が白に近いものだがこのフロアは壁も床も天井も真っ黒だった。黒服たちは完全に景色に同化してしまっている。しかもまたしても窓が無いので(部屋にはあるのかもしれない)、電気がついているのに薄暗い。


 ただ、一般的なドアがあったり、観葉植物が置いてあったりと普通のオフィス的な要素も兼ね備えている。


 黒服たちはズンズン前へ進んでいった。そして時々横に曲がったり、階段を登ったり下りたりした。はしごを登るときもあれば、忍者のような回転扉をくぐることもあった。俺は深海にある噴出孔のように湧き出る不安を、この迷路のようなオフィスのおかしさを誰かと共有しようとしたが、全く私語を許す気配は無かった。


 本日5回目の回転扉をくぐった。突き当りに両開きのドアがある。男がノックした。

「入れ」

中からおじさんの声がした。妙にしゃがれた感じの声だ。そんなミュージシャンいなかったか?



 黒服たちが両側にたってドアを押し開けた。

「さあ、行こう」

二里さんを先頭に、薫、俺、渉、三上先輩が続いた。


 待ち受けていたのはたいそう顔のでかい白髪のおじさんだった。いかにも偉い人といった感じで大きな安楽椅子に腰かけている。目の前のテーブルには南米から持ってきたのだろうか謎のランプが置いてあり、書類が散乱している。おじさんの後方の窓は緑色のカーテンで遮られており、本棚がびっしりと並んでいた。これには三上先輩も驚いている。なんだか太い辞典みたいな本が並んでいるのだ。


 おじさんは赤いカーペットを指さして「並べ」とだけ言った。俺たちは来た順番に素直に並んだ。


「バッキャロー!」

 おじさんがあまりにも大きな声で怒鳴るのでみんな飛び跳ねた。薫と二里さんだけは真剣な顔で、

「申し訳ありません」

と答えた。


「ちゃんと報告もせず勝手に行動しやがって! おまけに殺し屋のデスゲームにぶち込まれるとは!」

おじさんはいつ取り出したのだろう緑色のサンドバッグに、

「くそおおお!」

と右ストレートを打ち込んだ。ピリッと自分にも緊張感が走るのがわかった。三上先輩がまるで自分がサンドバッグになったかのように震えた。


「お前ら! 悔しく無いのか?」

「悔しいです!」

薫は熱血部員のように言った。

「ぶちのめしたいです!」

二里さんも言った。

「おいおい、我々はあいつらと違って何でもかんでも下品に殺すわけじゃない。そのことはわかってるな?」

「もちろんです」

2人の真剣な表情に吹き出しそうになるのをやっとの思いでこらえた。おじさんの睨みがこちらの方へ向いてきたからだ。まさかデスゲーマーにこんな熱血なおじさんがいるとは思わないじゃないか。


 数秒の沈黙の後、薫に小突かれたので俺も、

「く、悔しいです」

と言った。再び沈黙が起こったので今度は俺が渉を小突かなければならなかった。渉が言った後に、三上先輩も続いた。


「違う」

おじさんは目を瞑ってうなった。そして立ち上がった。どんどんこちらに近づいてくる。心臓を抉られるような気持ちになった。結構な大柄なので迫力がある。ちょうど信、渉、三上先輩の前に来たタイミングでおじさんは息を吸い込んだ。な、何を言われるんだ……?


「申し訳なかった!」

え? 3人は顔を見合わせた。

「本当に、ワタクシの部下たちのせいで! 罪の無いキミたちを命の危険に晒してしまった!」

おじさんはハンカチを取り出し額の汗を拭った。

「いえいえ……それは全然」

三上先輩が手の平を前に出して振った。全然でもないけどね。


「ああ、自己紹介が遅れてしまったね。ワタクシは堀場進、デスゲーマー組織『Wolves』会長だ」

「どうも」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしますだなんてとんでもない! 君たちはもう外を安全に歩けない状態だ! 我々が復讐を果たすまでここにいなさい」

そう言われると会長が近所のおじさんのように見えてきた。ただ今はその言葉に従う気分じゃない。


「え? それは困ります」

「どうしてだね?」

堀場会長は不可解だと言わんばかりな顔を向けてきた。

「俺、昔元カノがデスゲーマーと殺し屋の戦いに巻き込まれて亡くなって。撃ったのは殺し屋らしいんです。俺はソイツを追ってるんです」

「ほ、ほう……。そんな動機が?」

「僕は」三上先輩も話し始めた。

「僕は警察官の息子です。でも今警察は腐敗して殺し屋の味方になっていると聞きました。尊敬していた父が本当にそうなっているのか確かめたいんです」

「君まで……」

 俺は三上先輩を見た。彼は真剣な眼差しだった。そうか、先輩にも警察の腐敗が判明した今、殺し屋を追う理由ができたのか。同じ志の仲間がここにも。ありがたい。


 次は渉かなという感じで会長が彼の方を見たが、彼はもじもじしていた。

「オレは特に――」

「どうであれ素人をこれ以上危険にさらすわけにはいかない。慰謝料は払う。今は安全なここにいてくれ。おい、連れていけ」

「会長!」

薫の声もむなしく、俺たち3人はさっきの黒服たちに部屋の外に連れていかれた。

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