B-7「ここに残って全員死んだら元も子もないだろう?」
三上先輩は相変わらずのスマイルだ。
「おい! 大丈夫かあなたたち? とっととここを出るよ!」
「二里さん」
「あら三流助っ人」
どこまでもどこまでも嫌だな、この人。薫は思わず目を背けた。渉はというとさっき倒れたばかりの人を神妙に見つめている。
『クソ! 警備は十分だったはずなのに!』
どこからともなくアームストロングの声が聞こえた。
「警備? そこら辺にいたゴミたちかい? アームストロング、私の仲間をよくも可愛がってくれたな。早速あなたという粗大ゴミを片付けたいのだけど」
二里さんが声のする方の壁の方を向いて腰に手を当てた。
『オホホホホ! 私がデスゲーム会場にいるとでも? すぐそばでモニタリングしてるとでも? たわけが! そんなわけがないでしょう?』
「ほう、自分は殺されるのが怖いから安全なところにいるのか? あなたの味方は今こうして地獄に落ちてるわけだけど」
『クソ! まあそんなことを言ってられるのもこの会場が爆破されるまでね』
「え、今なんと!」
地下深くで爆発音がした。それと同時に地面が再び大きく震えだした。
「みんな! 逃げるぞ!」
「掘った穴があるから早く」
三上先輩も右手を広げて左手で手招きした。
薫も一歩一歩のペースだが近くまでやってきた。
「何立ち止まってんの?」
「あ、うん」
「ちょっと? 彼はどうしたんだい?」
三上先輩の見る方を見ると渉がぼーっと立ち尽くしている。
「ちょっと見てきます!」
俺が駆け出すと目の前に大きな穴が空いた。
「ひええ!」
「君たちは早く行くんだ! 彼はボクが連れていく、君たちは先に行くんだ!」
「で、でも」
「私、走れない……」
と薫が言うと、先輩は
「ああ……どうしようか」
とあごをさわった。
「俺がおんぶします」
「また?」
薫は顔をゆがめたが、
「お願い」
と言って俺の背中に乗った。
「じゃあまた落ち合おう」
「はい、必ず!」
俺は薫を乗せて二里さんと三上先輩が掘った穴をくぐり始めた。途中何度も地響きがした。あの二人は大丈夫だろうか。引き返したくなったがそのたびに、
「信! 早く!」
と薫が言うので前に進み続けた。
1分ぐらい進むと二里さんが待ち受けていた。
「おっそいなー。もう死んだんじゃないかと思ったわ」
「私たちが死ぬわけないでしょ」
二里さんは俺たちのおんぶ姿をしばらく見ていたが我に返り、
「ほらここのはしごを登れば地上だ」
と言って上の方を指さした。確かにはしごがあって穴がぽっかり開いている。穴からは夜空が見える。
「見とれてないで早く上がりな。三上と九堂っていうのはまだ来てないの?」
なんで九堂の名まで知ってるんだろうと疑問に思ったがそんなことを聞いてる場合ではない。
薫を降ろして、
「先に行って」
と言うと、
「何で?」
と彼女が聞いた。
「え? 一番けががひどいじゃん」
「一般人を先に行かせられないよ」
「PENGURIN、足をやられたのか」
「ええ……」
彼女は俺の方を見なかった。
「じゃああたしがおんぶする。SHISSO、後から来なさい。今は夜です。音を立てて周りの住人に見つかってはいけない」
「住宅街なんですか?」
俺の疑問に二里さんは、
「さあね」
としか言わなかった。
後ろの穴からまだ二人が出てこないのを尻目にはしごを上がっていくのは苦しかった。途中何度も地響きがあり、はしごから手を離しそうになった。ただ、登る前に二里さんはここに残って全員死んだら元も子もないだろうと言ってきかなかった。ある意味これがデスゲーマー界の厳しさというものなんだろうか?
地響きに耐え、ついに地上にたどり着いた。
「え? ここって」
そう、ここは公園。俺たちの住むアパートの近くにあるあの公園だ。スキンヘッドの猫を探したときも、アパートの住民が帰宅する様子を観察していたときにも訪れた公園だ。
下を見るとマンホールのふたが外れているのがわかる。そういえばスキンヘッドの猫を探したときに視線を感じたり、遅刻したときにマンホールのあたりに怪しい人がいたりした。あれも殺し屋の一味だったということなんだろうか。サーっと背筋が寒くなっていく感覚を覚えた。
薫も信じられないという顔をしていたが、二里さんだけはいたって冷静だった。
「おい! SHISSO! もうじきこの公園はクレーターと化す。当然大騒ぎになる。そこに車が来ているから急いで乗るよ!」
見ると、公園に沿った道の路肩にワゴンが止まっている。走ってワゴンのドアに入るとSHORTが運転席に座っていた。
「SHORTさん!」
「すみませんね、わたくしだけなぜか道端に捨てられていたのです」
SHORTは頭を下げた。
「SHORTのおかげで三上だけのとんちんかんな情報だけを頼りにあなたたちを探すはめにならずにすんだの」
二里さんはそう言うと薫を降ろした。薫はいたたまれないといった表情でワゴンの後ろの方へ座った。
俺はマンホールの方をじっと見つめていた。
「私が見に行く。なあに、見殺しにするほどあたしたちは非道じゃない」
二里さんもマンホールの方を見つめて自分に言い聞かせるかのごとくそうつぶやき、SHORTに
「ここから出ないように見張っといてよ」
と言ってワゴンを出てドアを閉め、マンホールの穴に向かっていった。
ワゴンの中は沈黙が続いた。
「大丈夫かな先輩と渉」
俺のつぶやきに彼女は、
「わかんない」
とだけ言った。
SHORTはときどきサイドミラーやバックミラーに目をやり、時々険しい表情でスマホをいじっては電話をしたりしていた。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
嫌な地鳴りがした。まだマンホールからは誰もでてこない。そわそわして仕方がない。
そのうちピキピキと地面が割れる音もしてきた。
「渉! 先輩! 二里さん! 大丈夫かな?」
薫は窓に目をやって何も言わない。
「SHORTさん!」
「ここにいては危険です。そろそろ逃げなければ」
SHORTがスマホを見ながら言った。
「そんな……」
ここでさっきの二里さんの言葉を思い出した。
――ここに残って全員死んだら元も子もないだろう?
「嫌だ」
エンジンをかけるSHORTに向かって俺は言った。SHORTは前を見据えたままだった。
「見殺しにするなんておかしいよ」
だが、車窓から見える公園内の割れ目はどんどん増えていった。
ドアを開けようとしたが、ロックがかかっている。
「もう! 二人とも何か言ってくれよ!」
そう言ったとき、マンホールから人影が現れた。
「あ!」
渉が最初にはい出てきて、次に三上先輩がはい出てきて、最後に二里さんが出てきた。
「よかった!」
その時、大きく車体が揺れた。割れ目と割れ目同士がつながり、地面が陥没し始めたのだ。
SHORTがドアのロックを解除した。ドアを開けて、
「早く!」
と呼びかける。渉は割れ目を飛び越え、三上先輩は割れ目の横を通ってやってきた。最後の二里さんは助走をつけて割れ目を飛び越えた。
3人が飛び込み、ドアを閉めるやいなやワゴンは急発進した。窓を見るととてつもない轟音をたてながら大穴がすでにでき始めていた。
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