C-3「最終会議」

渉が狂信者のごとく頭を揺らしている間、会長はしばらく幹部らしきおじさんとヒソヒソ話をしていたが、やがて壇上に立ってマイクをとった。


「えー、みんな静かに」

静かである。それどころかみんな修学旅行生かよというくらい体の向きを変えてまで会長を見つめている。会長は神妙な面持ちでその視線を食らっている。


「今日は大事な作戦の会議を行う日だ。みんないかにして殺し屋の基地を攻めるか考えるんだ。本日は我々の仕事をまねた偽デスゲームから生還し、我らとともに復讐を誓う3人に来てもらっている! 早く! 前へ! 早く!」

俺たちは目配せし合ってのっそりのっそり壇上に立とうとしたが会長は待ちきれず、

「早く! 早く!」

と言い出したので小走りになった。


 壇上から見る景色は威圧感でいっぱいだった。みんな獲物を狩る顔をしている。ふと、左手前に二里さん、奥の方に薫が座っているのが見えた。ふと目が合った。彼女は穏やかな表情をした。


「さあ、殺し屋打倒の熱い想いを聞かせてくれ」

マイクを渡されて緊張が走る。熱い想い? 熱いというかなんというか……。

 ちらりと横にいる三上先輩を見た。先輩は完全に空気に飲まれているようだ。もう昨日言ったようなことを言うしかない。

「俺の元カノはデスゲーマーと戦っていた殺し屋の銃撃に巻き込まれて死にました」

わずかながらのどよめきが起こるかと思ったが、誰かが死ぬことに慣れているからか何の反応も無かった。


「だからソイツをデスゲーマーにぶち込みたいんです」

会長が拍手を送ると、パラパラと拍手が起こった。

「じゃあ次は君」


 この後同様に三上先輩があーあーえーとを連呼しながら思いを話し、渉が「なんとなく憎い」という珍解答を出し、空気が最悪になったところで朝食は解散、俺たちも元々の部屋に戻ってきた。


「ちょっとさすがにあれはないだろ」

「いやオレ本当に巻き込まれただけだから」

被害者Wは語る。

「でもね、あそこは流石に何か気のきくことを言わないとね」

「例えばなんですか?」

 被害者Wが憤慨し、三上先輩がうーんうーんとうなっているところで二里さんが現れた。薫の乗った車いすを押している。


「薫!」

俺が一番に駆け寄るのを、渉はニヤニヤした様子で眺めた。

「足、大丈夫?」

「気にしないで、平気だから」

薫はにこやかに手を振った。

「さあみんな会議にでるよ。ビビってんじゃないよ」

 二里さんの言葉を聞くなり、三上先輩の背筋がピンと伸びた。いよいよ作戦に向けて動き出すのか。そう思うと内側から燃え上がる炎を感じた。やる気が補充されていく。

薫の車椅子を押す二里さんに続いて俺が一番最初に部屋を出た。


 連れられた場所はただの会議室だった。長方形の机が4つ、それぞれ四角形の辺になるように置かれており、その外側に椅子が置かれていた。すでに数人は着席していた。もちろん黙っている。もっと真ん中にホログラムが出てくるところがあってとかそういうのを期待していたが、渉もそうだったようで気難しい顔をした。俺、薫、渉、三上先輩が横一列に座り、二里さんは別の辺の席に座った。



「SHORTが仕込んでくれた発信機のおかげで奴らのアジトがわかりました」

ちょっとの挨拶の後、二里さんが淡々と話し始めた。すごい! SHORTさん! でかした! SHORTさん! 俺が向こうにいるSHORTとアイコンタクトをとろうとしたが、SHORTは真剣な眼差しで二里さんを見つめるばかりだった。


「アジトは……」

どんなところにあるんだろう? ビル? 山? 城? 

「海にあります」

さすがのデスゲーマーたちもこれにはどよめいた。ただ私語が禁じられているからかそれぞれ1人で事実をかみしめているようだった。

「海……どういうことでしょう?」

デスゲーマーの一人が不可解な顔をして言った。全く同感だった。殺し屋は海の生き物だったというのか、エラは使ってなさそうだが。 


「船です。巨大な船で奴らは常に本拠地を移動し続けているのです」

「だから今まで見つからなかったのか」

「そうです」

この人たちは驚くという感情を忘れてきたのか、何か感心しているというような感じだ。


「こちらの発信機がバレる前にとっとと攻めてしまわなければならない。しかし警察が向こうと手を組んでいる以上当然そちらにも気を配らなければならない」

「警察にも向かえばいいんじゃないですか?」

一同が声の主を見た。声の主は三上先輩だった。

「それはどういう?」

二里さんが何を言ってるんだとばかりに冷たい目線を向けた。

「警察に乗り込んでまるごとデスゲームに入れればいいんじゃないでしょうか?」

「なんと……」

「警察って警察だけでも各地に署があるのですよ。どこを攻めればいいのです?」

デスゲーマーの疑問に先輩は押し黙ってしまった。

「警察の腐敗はどこまで進んでるんでしょう?」

薫が助け舟を出した。

「当然全国全ての署が腐敗している訳ではないでしょう?」

「していなかったとして、作戦には武器がいるでしょう。もしも腐敗署が健全な署に協力要請をすればどっちにしろ我々の身柄が危ない」


 デスゲーマーの意見はもっともだった。そうだ、どっちにしろ俺たちは犯罪者なんだ。武器を持っている時点で法律違反だし、ましてや使用するなんて……、ただここまで来たからには引き返せないんだ。目的を達成しなければ。


 会議は平行線をたどった。最終的に松原町の警察と殺し屋本拠地を同時に攻めることに決まった。同時に攻めることで連携を阻止するわけだ。


 そしてとうとうこの瞬間が来た。

「で、あなたたちはどこに向かう? ここで司令塔の役割をする?」

二里さんがこちらに目を向けて言った。

「いや、俺行きたいです」

 気づけば立ち上がっていた。みんなの視線が一気に自分に集まる。冷や汗。まずここを越えなければ。俺は自ら復讐を果たさねばいけないんだ。上目づかいで見た二里さんは、

「どこに?」

と聞いた。ここだけ時間が止まってるみたいだ。恐る恐る、

「殺し屋の本拠地に」

と言った。

「死ぬかもしれないんだぞ」

デスゲーマーの一人が言った。やはりそうなるか。でも行きたいんだ。

「それでも行きたい。行かないと。行かないと!」

魂が燃え上がるような心地がしていた。そうしないと耐えられない感じになっていた。頼む、本当に行かせてくれ。必死に二里さんの冷めた目に食らいついた。だが二里さんの反応は思ったより柔かった。

「そう言うと思ってた。なんせ私と薫で会長を説得していたんだからね、SHISSO、行きなさい」

「ありがとうございます……」


 胸に手を当ててゆっくりと座った。二里さんの表情は冷たいままなものの、どこか笑っているんじゃないかという感じを起させるものだった。そうだ、この人はすでに自分の味方だった。あまり表には出さないけどかなり実は協力してくれていたのだ。



「他は?」

「私も殺し屋の本拠地に行きます!」

薫はそう言って俺に向かってニヤッと笑った。そうこなくっちゃ。渉、クスクス言うんじゃない。

「あなたは車いすだから戦力にならないでしょ?」

二里さんの言葉に彼女は机を両手で叩いて、

「私は行きたいんです」

と返した。

「彼に勇気づけられたから。それにアームストロングを今度こそ捕まえたいんです」

薫の熱意に押されたのか、二里さんは頭を抱えてしばらく考えている様子だったが、

「戦わないのなら」

と許可を出した。薫も来てくれる、一緒にターゲットに復讐できる。これほど胸が躍ることは無いだろう。


「あとあなたは?」

と聞かれ渉はうなっていたが、

「信と一緒に行きます」

と答えた。お、よく言ってくれた。渉の方が運動神経はいいんだ。なんせあのデスゲームを生き延びているのだから。俺は渉にガッツポーズをした。渉は照れているようだった。

「よろしい、薫のボディーガードになって頂戴。絶対に薫を死なせないように」

突然の宣告に渉はうなだれた。素人がプロを守るってどうなんだろう? 誰に対してもいい顔をしない二里さんだが、渉は特に厳しい表情だ。眠り開脚が災いしたか。


「えーと最後は」

「警察に行かせてください!」

「ううん」

三上先輩はなかなか許可を出さない態度に煮え切らないのか、二里さんの元に駆け寄り、

「ボクは本気なのです」

と言って土下座をした。これには驚いた。まさかここまでするほどの熱意だと誰が予想しただろう?

「これでも駄目でしょうか」

二里さんもさすがに驚いた上で先輩を立たせ、

「まあ私がつくからいいよ。足手まといにならないようにしなさいよ」

と言った。複雑な表情で先輩もうなだれた。

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