襲来!!使い魔猫とアシスタントアンドロイド

「いててて…」

 ベッドに寝そべった老人、ヘルニアがいつものように治療を受けていた。

 慢性的な腰痛も生活に支障をきたさない程度には軽減されている。というより、新たな治療魔術の実験代わりに使われているだけだ。


「珍しいですね。診療所に他の人がいるなんて」

「ああ、町はずれってこともあって奇病患者と物好きぐらいしか来ないからな。俺も初めての出来事だ」


 全くの偶然であるが、ヘルニアの来院治療日と前話のヘモフィの治療日が被ったのだ。過剰造血病の治療は済んだが、血友病の治療は終わっていない。若干過食症に片足を突っ込みかけているので、そのカウンセリングも含めてだ。


「この針治療って、いつまでやるんですかい?」

「さあな、針の配置で魔術を作れるが、どれが出来てどれが出来ないのかを確かめているだけだからな。ほとんど治療としての意味はない」


 ヘルニアが愕然とした表情を浮かべる。濁った色の白髪頭を掻きながら、「まぁいいか」と呟いた。

 レンドの気が済んだのか、治療という名の実験も終えて、服を着始める。着替えの途中で思い出したように雑談を始めた。もっとも、カルテをまとめるのに夢中で聞く気はないが…。


「ってわけで、最近悪魔狩りがうろついてて、町の人もピリピリしてるんですわ。先生も気を付けてくださいよ。口悪いから、悪魔と間違えられたりして…」

「下らん冗談だな…。悪魔狩り程度には負けないさ。」


 今でこそ医者として魔術を利用しているが、本来の彼は攻撃的な魔術を得意としていた。特にアカデミー時代に嫌いな教師を、魔術決闘でコテンパンにやっつけた事件は未だ足り継がれている。


 ヘルニアを帰したあと、ヘモフィの治療も終わらせる。昼食も食べ終え、診療所ではゆったりとした時間が流れていた。

「ドクターマギカ、お茶はいかが?」

「ああ、ありがとう」


 小さなトレーを両手で抱えて、スズがやってくる。

 その背後にはシルヴァもついてきていた。普段着ではなく、実験用の作業服の上に白衣という、斬新な服装である。


「この間の処置だけど、あれから何回も実験してみているけれど、成功の兆しは見えないわ」

「わざわざその報告のために来たのか?まあ、こっちも同じだ。成果はない」


 ヘモフィや彼の家族に掛けた魔術と電気信号。

 あの時は偶然成功したが、モルモットやマウスを使っての生体実験では成功せず、再現性を得られていない。これでは、治療法として発表することは出来ない。


「他の角度から実験してみてもいいけど、たぶんうまくいくとは思えないわ。」

「科学と魔術が併せられれば、それこそどんな患者でも治せるだろうし、不老不死や死者蘇生だって夢じゃないが…」

 スズの前ということもあって言葉を濁す。


 端的に言えば、不可能に近い。

 それぞれを補完するような性質を持つ二つの技術だが、これ以上の発展が望めないのは、科学と魔術の融合が成功した事例が僅かであるためだ。

 レンドとシルヴァでいえば、たった二回。


「奇跡の力と、奇跡を捨てた力。相反するというのか…」

 レンドが悲しそうにつぶやく。それはまるで、シルヴァの科学を受け入れたいという彼の願いを表すような表情だった。


「ありゃ、お取込み中だったかな。ドクター」

「マスター、タダイマモドリマシタ」


 玄関ではなく、診療所の窓から侵入してきたのは、不審な形状の機械マキナと魔女が飼っているような黒猫だった。


 クレーンゲームのアームが猫を抱いており、機械の頭上にはプロペラが回転している。

 なれた様子でアームから飛び出ると、きれいな着地を決めてスズの元へ向かう。嬉しそうに彼女が抱きとめると、「にゃあ」と媚びた様子で鳴いた。


「クロム、おかえり」

「ゴルディア、何か成果はあった?」


 レンドの使い魔であり、形式上はマギカ家の飼い猫であるクロムと、幼少期のシルヴァが原型を作り上げ、何度も改良を施している補助ロボットのゴルディア。

 彼らはそれぞれの主に命じられて、先日の事故現場の調査、ファスの店から薬を盗んだ者の捜索を行っていた。が、どちらも大した成果は得られなかったという。


「一切の痕跡が残ってねえよ。事故そのものも、普遍的なものだったしな」

「デスガ、ブラド家ガ所有シテイタ馬カラ不審ナ細胞ガ発見サレマシタ。新種ノ『ウイルス』カト思ワレマス。」


 ゴルディアが採取したサンプルを見て、二人は驚く。


「詳しく検査を掛けなければ断定はできないが…」

「間違いないわ。ファクトアちゃんが契約していた妖精に付いていたものと同じに見える。」

 二人の目が輝いているのは、文字通りの意味であり、魔導具アーティファクト機械マキナの力である。科学者的な意味でも輝いているが。


「…それより、お昼ご飯…」


 スズが呟くと同時に全員のお腹が鳴る。ゴルディアはバッテリー切れを知らせるエラー音だ。

「……研究は後回しにするか」

「そうね、スズと約束したものね」


 普段から食事を疎かにする二人に呆れて、スズが条件を出したのだ。

 一日三食は可能な限りそろって食べること。

 きっちり約束させないと、二人はブロック栄養食で済ませようとするからだ。


「クロムはミルクでいい?ゴルディアにはオイルだよね」

「スズ、ありがとう。できれば残り物でいいから固形物をくれ」

「私ハオイルデハナク、替エノバッテリーデオ願イシマス」


 診療所と自宅を繋ぐ廊下を走っていく。

 クロムとゴルディアは彼女の唯一の友達といってもいい存在だ。それを分かって、一匹と一体はスズに懐いているのだ。むろん、打算抜きに一緒にいる部分もある。


「クロム、この間造ったツリーハウスに冷蔵庫をつけたいの。魔術で何とかならない?」

「構わないが、ゴルディアに小言言われるぞ?」

「スズ、危険ナコトハシテハイケマセンヨ。マスターニ怒ラレマス」


 そんな彼らの様子を見て、レンドとシルヴァは微笑む。


「本当に良い子に育ったよ」

「ちょっと賢すぎる時もあるけれどね」

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