因果!!回避不能の「死」

「つ、次の予知が見えました……!!猫…?」


彼女が見た予知は、カザの足元で猫が小便を引っ掛けるというもの。限定的で回避可能と思われる未来だ。即座に自分たち自身に透明化の魔術と猫が嫌う周波数をまき散らす機械を設置する。


「アビャーー!!」


甲高い音が響いたかと思うと、カザの靴はぬれていた。どこからともなく出現した猫が、シルヴァの機械に驚いて小便を漏らしたらしい。落下していったスズに気を取られたうちに、屋根の影になる場所に隠れていたようで、回避するまでも無く近づいていたのだ。


「クッソ!!逃げ切れなかったか…。」

「運命が掴むよりもはやく先を見通すしか手はないってことね…」


カザを襲う因果を回避するには、因果そのものを用意させないことが重要である。一瞬で未来の変えられる事象であるならばともかく、ドミノのような連続的因果までは回避しきれない。

そう、あくまでドミノ倒しだ。Dr.ウランが表舞台に姿を現さない以上、偶然の出来事を今ロールすることは出来ない。だからこそ直接殺害に至るような大きな事故は起きないし、じわじわと体力を削り協力者を遠ざけるような運命が襲ってくるのだ。


「とにかく、患者に家に急ぐぞ!!」

「変に乗り物に乗るより、自分たちの足の方が安全ね…。」


へたり込んだカザの手を引いて商店街の屋根を飛び越える。レンドの魔道具アーティファクトによって四人の体は羽のように軽くなっている。もちろん、風に流されることが無いように注意を払っており、万が一のことがあっても致命傷さえ回避すれば、Dr.マギカとDr.シンスが何とかできる。


「よ、予知が……。マギカ先生、危ないです!!」

「…!?」


ブスリと、Dr.マギカの腕にナイフが突き刺さった。先ほどの大道芸人がナイフでのジャグリングをしていた途中のようで、パフォーマンスの一環で空高くに投げたものが運悪く刺さったのだ。彼に触れたナイフはすでに透明化しており、落ちてこないナイフをうろうろと探しているようだ。


「ハハ、このナイフは没収だ…。安心しろ、腕の一本ぐらいなんてことない!!」


悲痛に顔を歪ませたカザの瞳は、未だ輝いている。まだ予知は終わっていなかったのだ。カザの手を引いていたDr.シンスがそれに気づいて腕の簡易止血をしているレンドの前に立つ。

瞬間、野鳥の群体が思いきりぶつかって鋭い羽が彼女の白衣を切り刻んだ。


「カザさん、危ない!!」


ぼろぼろのシルヴァに気を取られたカザの頭上には、はるか遠くから撃たれたホームランボールが向かってきている。スズが思いきり彼女に抱き着いたかと思うと、あらんかぎりに叫んだ。


展開デポリメント!!」


スズの右手の甲が一瞬輝き透明な膜が二人を包み込んだ。屋根へと激突したボールが破片を飛ばすも、彼女たちの体は傷一つ付いていない。レンドの簡略魔術であり、いちいち掛け直さなくてはならないという欠点はあるものの、おおむね最強と呼べる防御魔術だ。


過保護なレンドが愛娘のために作った魔術であり、出掛ける際は必ず彼女の右手に特別防御魔術を掛けていた。しかし、強力である分連発は出来ない魔術で、紛れもなく切り札的一手だ。

ただボールが落下してきて、その衝撃で破片が飛び散る程度で使うのは時期尚早だろうか?否、カザが話せなくなるほどに大きな因果を予知していたとすれば、妥当なタイミングであろう。


「因果の三段構え…!?」


彼らの立っていたは脆く、あっさりと崩れ落ちていった。

カザの家まであと二軒と言うほどの距離。何をどうしても、彼女が家に帰れることはないだろう。すでに予知も意味を無くしている。彼女の目に映るのは、自分たちの死体だけ。


崩落する廃墟の鉄骨を眺めながら後悔する。嘘をついたことはもちろん、あの不気味な自称占い師を頼ってしまったことを。


「危ないわね…」

「ああ、全くもって危険だ。だが、俺の魔術は運命を超える。」


絶望するカザの前に立ったのは、二人の医者。


切り刻まれ、薄汚れ、ぼろぼろになり、原型すら分からぬ白衣を身に纏い、ただひたすらに因果病へと治療にあたる。

かのじょ科学者まじゅつしでありながら医者なのだ。


「かかって来いよ運命!!」

「上等じゃないの。見えない架空の力風情が、現実舐めんじゃないわよ!!」


不幸の連鎖がカザを殺すためだけに襲い掛かる。不自然な倒れ方をする鉄骨や巨石を受け止める。涙を零すカザの手をしっかりとスズが握っており、決して離さないと誓っていた。


「お父さん、右!!」

「爆破の八方。」


崩壊した廃墟内の物ではカザを殺しきれないと運命が判断したのか、彼女の瞳は元の色へと戻り始めた。完全に因果が消えたわけではない。この場所の因果が足りず、彼女を殺せないだけだ。


「カザ・フォーリアさん。悪いが、あなたの家の扉を壊してしまうと思う。それでも構いませんか?」

「ええ、それはもちろん…。どうか、お願いします!!」


廃墟を走り抜けて、彼女の家が見え始める。あの家を媒体として魔術を封じる魔術を仕掛ければ、名刺を探すまでの時間は稼げるだろう。木製の玄関が見えると、レンドは大きく振りかぶって水晶を投げた。割れる寸前に光り輝き、またも四人の体は転移する。


道中にはいくつもの因果の跡が残っているが、散々殺したがっていたカザはすでに手を出せない領域にいる。彼女たちは、運命から逃れ、勝ったのだ。


「名刺はどこに!?」

「たしか、リビングの戸棚に…。」


レンド含めて魔術は封じられている。因果病も、Dr.ウランがいかなる魔術を用いても彼女を殺せない。

まるで空き巣のように戸棚を開けて中身をひっくり返す。いくつもの紙束が床に散乱するが名刺らしきものは見当たらなかった。


「一手、遅かったね。」


リビングの物陰から、が現れた。


男とも女ともいえない背丈。全身を黒いローブが覆い隠しており、体格すらわからない。辛うじて聞こえた声音も、何かしらの機械によるものか変声している。

レンドやシルヴァが手を伸ばすよりも数瞬速く、謎の人物の腕はカザの首を掴んでいた。見せびらかすように小さな紙片-おそらくDr.ウランの名刺だろう-を片手で弄んでは苦しそうな彼女ともども消え去った。


「今の…機械……。いったい、どんな……?」

「カ…ザ…?」

「してやられた……のか……!?」


待っていたのだ。

運命だとか因果だとかという粗悪な紛い物など最初から信用していなかった。Dr.ウラン自身の手で殺すつもりだった。そのためにわざわざカザがレンド達と出会うように運命を仕組んでいた。


家主が消え、虚しく風が通るだけの民家で、三人は茫然としているばかりであった。


 ……To be continued

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