乖離!!つかず、離れず、喋れず。
Dr.ウランの登場からしばらくが経った。
すぐに警察に届けを出したところ、わずかに残った魔力痕跡をたどって隣町の廃墟に転移したことが分かった。が、時すでに遅く、外傷も無く殺されたカザの姿があるだけであり、その後はまたも姿を眩ましたのだった。
殺人事件の重要参考人としてDr.ウランを指名手配してはいるが、ほぼ無意味だろう。
レンドは朝刊を読みながらため息をつく。未だDr.ウランの手掛かり一つ掴めていないからだ。因果病の一件で派手に動いてしまい、警察にまで名前が知りわたっているとはいえ、魔術によって雲隠れされてしまっては並大抵の方法で探すのは難しいだろう。
「お父さん、私もコーヒー飲む!!」
「ん?俺の飲みかけでいいのか…?」
安楽椅子に腰かけていると、揺れる白衣を掴んで看護服姿のスズがやってきた。コップのふちに口をつけると、顔をしかめてレンドを睨む。
「ねえ、またあのコーヒー飲んでるの?お母さんに怒られるよ!!」
苦いものが好きなレンドがファスに頼んで特別に作ってもらったコーヒー豆を使ったも特別ブレンドである。当然自然から外れた栽培方法であり、ファスからは恨み言を言われているが…。
この激ニガコーヒーは味覚をかなり破壊するほどの苦みであり、料理の味がわからなくなるから頻繁に飲むなとシルヴァから厳命されていた。にもかかわらず、普通のコーヒーを飲んでいるかに見せかけて隠れて飲んだりしているのでよく怒られていた。
「今日は一杯目だからセーフ。」
「じゃあ、お母さんに言ってもいい?」
「それはちょっと……」
じっとりとした目でスズに睨まれる。必死にごまかし方を考えていると、クロムが一輪の花をもって診療所に入ってきた。
「ファスから手紙だ。魔術で描いてあるから俺には読めねえ」
彼が持ってきたのは、植物専門の魔術師ファス・ナチュレからの花手紙だった。草花を媒体とした特殊な隠蔽魔術により、レンドにしか読めないようになっている。
「アイツが手紙なんて珍しいな?えーと内容は…?」
要約すると、魔術の使い過ぎで喉を傷めてしまったので治療してほしいとのことだった。痛みはリチの薬によって軽減しているが、根本治療はやはり医者でなければ難しい。
「ふうむ。スズ、悪いがDr.シンスを呼んできてくれ。多分、魔術じゃ治せないな」
「わかった。」
翌日、普段レンドが診察に使っている「第一診察室」ではなく、シルヴァ用の「第二診察室」にレンド、シルヴァ、ファス、リチ、スズ、の五人が集まっていた。
「Dr.ウランの騒動でファスさんにも協力要請が来たんです。ですが、あまりたくさんの魔術を使う方ではないファスさんは体調を崩してしまって…」
「ああ、俺にも来ていたな。さすがに、常日頃から魔術を唱えてるだけあって、ダウンすることはないが…。まあ、スクロールや儀式の多いお前には疲れる仕事か?」
喋れないファスの代わりにリチが状況を説明してくれた。レンドが患者の治療の際に使うのは詠唱魔術と言い、自身で魔力を紡ぎあげ、それを読み上げることで奇跡を発動させている。それにたいして、ファスが得意としているのは、離さずとも魔術が使える儀式魔術。
基本的に物体に図形を描くだけで済むので、喉を酷使することはないのだ。普段なれない検知魔術や捜査魔術を多く使っているため、余計に彼女の喉には負担がかかったのだろう。
「結論から言うと、俺の魔術では治せそうにないな。喉そのものは痛んでいるかもしれないが、そこまで特異でおかしな状態にあるわけではない。そこで治療魔術を使うのは医者の観点からお勧めできない。だから、Dr.シンスを呼んだ。」
「ああ、そういうことだったのね。じゃあ、ファスさん口開けてもらえる?私たち一般人は魔術師と違って透視なんて芸当出来ないから。」
言われるがままに恥ずかしそうに口を開ける。喉奥を照らしながらナノサイズのカメラを放り込むと、傍らの機械を操作しながら、彼女の喉を調べてみる。
「思ったよりひどいわね。声帯がぼろぼろよ。それこそ、首の皮一枚でつながっている状態で、いつ剥がれてしまってもおかしくないわね。」
喉の話なのに、首の皮とは何とも面白いが、Dr.シンスの機械が映し出すのは、くっついているのか怪しいほどにちぎれたファスの声帯だった。
「魔術代償か。俺も大きな儀式の後は頭痛が酷いんだ…。」
レンドが言う通り、ファスの『声帯剥離』は魔術の代償によって起きている。頭痛のように時間経過で治る時もあれば、今の彼女のようにきちんと治療しなければ治らない時もある。
「うーん、治療は簡単ね。すぐに済ませられると思うわ。向こうの処置室のベッドに行ってもらえる?スズ、案内して」
至って冷静に、無表情を貫いたままで言い放つ。この仮面の下で表情を押し殺しながら仕事をしているのだろうか?だとすれば、レンド以上に冷酷だ。
いや、今そのことは関係ないだろう。
「じゃあ、処置を始めるけれど、一応麻酔を打っておくわね。ちょうどリチがいて助かったわ。」
「アハハなんとなく麻酔医として必要になるんじゃないかと思って来ていますから」
ファスの首元に部分麻酔薬が打ち込まれ、ゆっくりと感覚を失っていく。薬が回り始めたのか彼女自身も眠くなってきたようだ。
一時間とかからずうちに手術が終わった。目を覚まし、ゆっくりと声を出すように促される。喉元を抑えながらうなり声をあげてみるも、特に痛みは違和感はないようで、目を輝かせた。
「ありがとう、シルヴァちゃん!!」
「いいえ、患者を治すのが医者の仕事だから。そうでしょう、Dr.マギカ」
どこかの誰かさんのセリフをパクりながらレンドに目を向ける。わかりやすく耳を赤く染めた彼は、四人の視線から逃れるように目を逸らした。
……To be continued
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