花弁!!神秘の植物

 木製の看板が掛けられた薬屋にて。

 その日は珍しく患者が来ず、ファスもリチも退屈そうにカウンターによりかかっていた。


「昨日はあんなに忙しかったのにね…」

「まぁ、僕らが暇ってことは、ある意味いいことですから」


 適当に薬品を並べたり、不足している薬の調合や棚の掃除で時間を潰していると、だんだんと日が昇り始めてリチの腹が鳴った。昼食には少し早いが、患者が来ないうちに食べておくべきだろう。

 ファスが裏手へと引っこんで簡易キッチンの前に立つ。小型の冷蔵庫からベーコンや卵を取り出すと、それらを炒めて食パンに挟む。簡単なサンドイッチだ。


「いただきます」

「召し上がれ」


 美味そうにサンドイッチを頬張るリチの姿を見て、ファスは嬉しそうに微笑んだ。忙しいときには昼食を食べる時間など取れないので、こうしてゆったりとした時間を過ごすのは久しぶりだった。

 ハーブティーを口に含みながら窓を眺めると、店先で一人の少女がうろうろしているのが目に留まる。ピンク色のちいさな財布が握られており、お使いか何かに来ているのだろう。


 子供が苦手なファスは小さくため息をついて外へと向かう。いつだったか、店先の花壇を荒らした少年たちに説教して以来、魔女が営む店として悪ガキどもの度胸試しに使われることが増えたからだ。

 もともと自然に敬意を払わない子供は苦手だったが、花壇の一件により苦手意識から明確な嫌悪に変わったのだ。


 扉を開けて不機嫌さを隠す様子も無く低い声音で「何?」と尋ねる。つばの広い帽子に睨みつけるような目元、魔術師というより魔女に近い格好で色気と香水の香りを漂わせる彼女に、小さな少女はすっかり怯えたように震えていた。


「え、えっと…。お花のお医者さんですか…?」


 ファスはもともと植物専門の魔術師。人用の薬屋になる前は、植物医として活動していた。むろん、今でも依頼があれば植物の鑑定や育て方のレクチャーなども行っている。


「そうだけど、何の用?」

「私の育ててるお花が…枯れちゃいそうなの…」


 目を伏せながら悲しそうに言うが、ファスは自然主義。枯れる運命を受け入れろとしか言いようがなかった。永遠に綺麗さを保ち続ける草花など存在せず、一度咲いた花は枯れることしかできない。魔術によって捻じ曲げることは可能だが、それをしたいとは思わないのだ。


「植物というのは必ず枯れるものよ。私がその場しのぎで治したって、いつか必ず限界が来るわ。花を愛でるのなら枯れるその時まで愛してあげなさい。」

「ち、違うの。隣の大きい木が邪魔になってるの。」


 大木に日を遮られて小さな花が枯れるなんて話は自然界においては良くある出来事。ファスにとってみれば、いくら大切にしている店先の花壇が隣の家の大木によって枯れそうになっていても気にも留めない。それは至って自然的なことであり、その花を助けることは自然主義の教えに反する。


 けれど、自然思想はあくまで自分のエゴ。目の前の泣きそうな少女一人救えず、大人を名乗るなどはなはだおかしいにもほどがある。


「はぁ。わかったわよ。少し様子を見てあげる。場所を移せそうなら、育てる場所も見繕ってあげるわ」


 リチに出かけることを伝え少女の案内のままに花の元へ向かう。ファスの予想に反して彼女に連れられて行くのは、少女の家ではなかった。


 どんどん街はずれへと進んでいき、ついにはレンドの診療所の横を通り過ぎて森の方までやってきてしまった。


「フィオレちゃん、こんなところまで来てるの?お世話大変じゃない?」

「うん、ちょっと大変だけど。大丈夫!!」


 ここまで来る道すがら花の状態や彼女の名前などを聞いてみたが、長いこと植物学者をやっているファスでも違和感のある状況だった。

 どうして突然になって木が生え始めたのか。普通ならば大木というのは長い時間かけて完成するものだ。しかしある日突然そこに大木は存在していたという。


 あまりに。人為的で作為的で自然的ではない。


「この花!!この子を助けてあげて…」


 フィオレが指さすのは二輪の花。黄色とピンク色の美しい花であり、少しでもピンクの花に日が当たるように黄色の花が押しのけていた。

 その眼前に悠然と立っているのは、明らかに周りの木とは違う紫色の大木。魔術媒体などに用いられるマジックツリーだ。枝や幹は魔術師の杖として人気が高く、高純度の魔力も問題なく扱えることからレンドが愛用している。


 ちなみに、ファスが使うホウキの柄もこの木を材料に作られている。


「レンドの仕業…?けど、あいつがそんなことするとは思えないし…」


 あの不愛想な男が植物に対する畏敬を持ち合わせているとは思えないが、それでも周りの生態系を崩してまで自分の好きなように自然を弄繰いじくり回すことはないだろう。

 ましてや、身近に植物の専門家がいるにもかかわらず、相談も無しにマジックツリーの栽培を始めるわけがなかった。


 マジックツリーは、高い魔力を内包している分、周囲の生態系を崩してしまう害樹木としても知られている。当然魔術アカデミーで習っているわけだし、それを忘れたとは考えにくい。

 だとするならば、第三者が生やしたということになるが、自分を除いてレンドの検知魔術に引っ掛かることなくこの森を出入りできる人間がいるだろうか。


 魔力の無い人間シルヴァやリチは、彼の私有地に入った時点で同行を監視されているも同然であるし、並の魔術師程度なら検知魔術への対抗術など知らないだろう。

 ファスでさえ、自分と幼女を植物と認識させることで検知魔術の検知範囲外に逃れているに過ぎず、気を抜いて魔術を解除すれば、即座にレンドが飛んでくる。そして、そんな真似ができるのはアカデミーの中でも限られた数人だけだ。


 その中でこの辺りに住んでいるのはレンドとファスだけのはず。田舎とまではいわないが、決して都市部ではない街にしてはあまりあるほどの医者を抱えていることは言うまでもないだろう。


「とりあえず、この大木は吹っ飛ばしておくわね。自然的でないものなんて美しくないわ」


 軽く手を着いて木端微塵に吹き飛ばす。根元から完全に消し飛ばしたので、再び生えてくるということはないだろう。それでも、限界ぎりぎりまで弱った植物は再生しきれない。

 本来ならば、死ぬはずの運命。だが、楽しそうに花の美しさを語る少女の前で、花が腐っていく瞬間など見せたくはなかった。


 今にも命を失いそうな黄色の花弁に触れる。


「恵水の八方。神の涙、天使の雫。木々を通る恵みの雨よ。代償は我が魔力。神秘の木片。神々の湧き水。願いは一つ。この植物に祝福を。」


 奇跡の力が発動し、一度きりの命がよみがえる。それは命を司る女神の慈悲であり、閻魔が目を逸らした瞬間である。見る見るうちに黄色の花は元気を取り戻し、心なしかピンクの花も嬉しそうだった。


「フィオレちゃん。帰りましょ……あれ?フィオレちゃん?」


 後ろを振り返ってみても少女の姿はない。代わりにピンク色の花弁が散っているのみであった。思わずそれを拾い上げると微かに朝露でぬれている。


「花の妖精?なんてね、そんなのあるわけないか…」

『ありがとうお姉ちゃん』


 どこかで声が聞こえた気がした。


 ……To be continued

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