夢現!?バースデイ

「ハッピーバースデー!!」

「誕生日おめでとうアリス!!」

「さあアリス、ケーキの蝋燭を消して」


 元・過剰造血症患者のヘモフィ・ブラドの妹、アリス・ブラド。今日は彼女の7歳の誕生日だった。

 お祝いのケーキに刺さった七本のろうそくに息を吹きかけ明かりが消える。すぐに母親が部屋の電気をつけて三人のクラッカーが同時に鳴り響いた。楽しそうにはしゃぐアリスの頭を撫でながら、ケーキを切り分けそれぞれが食べ始めた。


 ケーキを食べ終え眠くなったのか、だんだんとアリスの瞼が落ち始めた。ヘモフィが彼女を抱きかかえて寝室まで運ぶ。明日は学校が休みなので家族で遊園地に行く予定だ。

 寝ぼけたアリスが手を伸ばしてくる。柔らかく小さなその手を握り締めると嬉しそうに微笑んだ。


「お兄ちゃん…大好き…」

「僕もだよ。お休みアリス」


 アリスの額にキスをして寝かしつける。普段ヘモフィが寝るには早い時間だったが、明日のことを考えると寝てもいい頃合いだ。アリスの手が緩んだのを確認してから自室に戻って寝支度を整え明日の備える。


 翌日目を覚ますと、両親が朝食の準備をしていた。が、アリスはまだ起きていないようだ。昨日はそれなりに早く寝たし、遠足当日や遊園地に行くという日のアリスは決まって早起きをするものだ。珍しいなと思いつつ彼女の部屋に向かう。


「アリス、まだ寝てるの?朝ごはん食べ……アリス!?」


 彼女の部屋に入ると、一匹のウサギが部屋中を駆け回っていた。後ろ足を器用に使って二足歩行をしており、クラウン(帽子の上の部分)の高いシルクハットを被って、懐中時計のようなものを首から下げている。赤く充血した目は獣らしく、どう見ても常軌を逸していた。


「なんだお前…。アリスから離れろ!!」


 キッチンにいる両親を呼んで、ウサギを睨みつける。部屋中を暴れまわるウサギから目を離すことなく、ゆっくりとアリスに近づいていく。彼女の体を揺さぶり起そうとするが、意識を取り戻す様子はない。

 つまるところ、このウサギもアリスが起きないのも、彼女自身が原因と考えて間違いないだろう。


『奇病』


 彼の頭にはその二文字が支配していた。今すぐDr.マギカに助けを求めたとして、どれだけの時間がかかるだろうか。その間、不審なウサギからアリスを守りきれるだろうか。


「父さん、マギカ診療所に電話して!!アリスが危ない!!」


 ウサギがアリスの勉強机の上に座り込む。ヘモフィに背を向けていて何をしているかまでは見えないが、アリスの小物入れをまさぐっているようだ。机の上に全てをひっくり返すと、トランプを手に取った。

 薄気味悪い笑みを浮かべたかと思うと、トランプを部屋中にばらまく。


「ハートの女王様ァァ!!!」


 突然ウサギが叫んだ。空中を舞うトランプたちに人の手足が生え始めたかと思うと、粘土細工のように頭が現れた。どれもこれも陰惨な顔をしており、意地が悪そうだ。


「スペードの兵士たちよ、その無礼者の首を刎ねよ!!」


 机に降り立ったハートのQクイーンのトランプ。カードに描かれているはずの女王の姿は黒塗りで消されており、代わりと言わんばかりの頭がカードの外に生えていた。身の丈と同じだけの長い錫杖しゃくじょうを構え、それをヘモフィに突き付けていた。


 彼の足元には十三枚のスペードがへばりついている。いくつかはすでに首元まで登ってきているようだった。彼らの手には小さなハサミが握られており、それで首を刎ねようとしているようだ。

 咄嗟に払いのけると、彼の後ろで眠るアリスがウサギに連れていかれる。


「アリスを離せ!!」


 彼女を連れて行くのは先ほどまでのシルクハットに不格好なスーツを着たウサギではなかった。目の焦点があっておらず、蝶ネクタイにサイズの合っていないチョッキを身に付けており、口元をだらしなくゆがめた不気味な生き物。白い体毛にはお茶っ葉が付着している。


 腰のあたりを掴んでいるのは寸借がおかしな小さな男。不自然に頭が大きく、中でも鼻が飛び出ているほど膨らんでいた。派手な水玉の蝶ネクタイにウサギよりも大きなシルクハット。「うひゃひゃひゃ」と声を震わせながらわたっていた。


 いつの間にかアリスの勉強机に大きな穴が開いている。懐中時計を持ったウサギとハートの女王たちが穴に飛び込む。スペードの兵士たちが首元にハサミを突き立てるのも構わずにアリスを追いかけた。が、一手届かない。

 狂ったウサギと狂った帽子屋がアリスを連れて穴に飛び込んでいってしまった。


「兵士よ止まれ!!わしらも帰るぞ」


 号令をかけたのはハートのKキング。兵士たちを連れて穴の中に消えていくと、シュンと音を立てて穴が塞がった。机を叩きつけるもびくともしない。

 まるで何もなかったかのように室内は静まり返る。今しがた謎の不審者たちによって誘拐事件が起きていたとは思えない。


 茫然としていると、家のチャイムが鳴らされた。


「ドクター!!Dr.マギカが来てくれた!!」


 部屋から飛び出し玄関に向かうと、いつかの白衣ではなく、魔術師らしいローブを纏ったDr.マギカが経っていた。扉を開けるや否や、鬼気迫る表情でアリスの居場所を尋ねる。

 すでに連れ去られたことを伝えると悲痛な表情を浮かべた。


「遅かったか…。すまない。」

「アリスは…!?アリスは助かるんですよね」


 涙ながらに母が聞いた。それに答えたのはDr.マギカではなく後ろにいた黒猫だった。


「助かるかどうかはわからない。不思議の国ワンダーランド症候群シンドロームはそれなりに厄介な奇病なんでね。だが、ドクターに任せれば大丈夫さ。」


 ネコが喋ったということに思わず警戒するが、どうやらドクターの使い魔だと聞いて安堵する。

 彼らをアリスの部屋に案内すると、Dr.マギカは顔をしかめた。


「あまりに魔力濃度が高すぎる。今回は時間がかかりそうだな…」

「アリスの身に何が起きたんですか?不思議の国ワンダーランド症候群シンドロームって…?」


不思議の国ワンダーランド症候群シンドローム

 小さな少女のみが引き起こす夢遊病の一種であり、彼女の見ている夢が現実化するというもの。一定のシナリオを終えるまでは夢は止まらず、少女が目覚めることはない。たいていは少女が最後に眠った部屋の魔力濃度の濃さで物語の長さを推測することができる。


 発病の理由は分かっておらず、予防は不可能という最悪の奇病である。

 治療そのものは、ある程度腕のある魔術師ならば誰でも可能であり、患者の夢に侵入して物語を妨害せず、少女を守るだけでいい。もちろん、現実に影響が出るのでそちらの対処も必要になるが…。


「俺が夢の中に入る。クロムの指示に従っていれば、怪我をすることはないだろう。頼んだぞ」

「ドクター、僕も連れて行ってください!!お願いです。」


 ヘモフィが頭を下げるが、正直賛成はできなかった。病気の性質として、アリス本人が怪我をすることはない。が、彼女の家族や勝手に夢に侵入した魔術師などは命の保証が出来ないのだ。


「…一応守ってやるが、くれぐれも気を付けてくれよ。」

「ありがとうございます!!」

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