出血!!血塗れの少年
二人の力ですら死者蘇生は叶っていない。
あくまでヘモフィの家族は植物状態ではあるが、造血機能や送血機能を失っており、心筋肉の動きが鈍くなっている。
「3人の治療が必須だが…」
「治療の見込みや手立てがない。科学でも魔術でも完全に喪失した昨日の復元は不可能よ。」
「医者として言うのなら、救うべきはヘモフィだ。助かる見込みのない3人は……見捨てる。」
「けれど、救われる本人がそれを望んでいない。」
カルテを見てみれば、様々なことが分かる。
鉄分の数値が低く、各種ビタミンの数値が高い。3人分の血を賄うために、過剰に栄養を取っているのだろう。血の結び付きを防ぐために茶類を飲まなくなっているため、適切な排泄ができておらず、栄養が偏っていた。
「鬱の原因はこの辺りにありそうだ」
「……多分あれは病気じゃないわよ。元からの性格」
無言で顔を見合わせる。サラッと失礼なことを言っていたレンドであった。
「そ、それより、患者をどうするかだ。過剰造血とは言え、体に負荷がかかっていることに違いはない。当然本人的にはリスクを理解しているつもりだろうが…」
「ええ、いくら延命をしていても、あの子の家族が生き返るなんてことはあり得ない。臓器そのものが壊れてしまっているのだから」
魔術を使えば臓器そのものの再生は出来る。しかし、その働きまでは再現できない。
「魔術は…万能じゃないからな…。」
「所詮、どれだけ医学が進もうとも、人が人を救うなんて不可能なのよ」
「お父さん、お母さん。まだ起きてたの?」
「スズ、トイレか?」
「うん…。」
パジャマ姿のスズが目をこすりながら寝室から出てくる。
トイレを済ませた後、水を飲もうとキッチンに手を伸ばしていた。レンドが背後から彼女の手伝いをすると、恥ずかしそうにはにかんだ。
「スズは、お父さんかお母さん、どちらか一人しか助けられないとしたらどうする?」
シルヴァが呆れたようにため息を吐く。子供に何を聞いているのか、彼自身も理解できないほどに心が弱っているのだろう。
少し考えてスズはまっすぐレンドを見つめる。
「お母さんを先に助けて、お母さんがお父さんを助ければいいと思う。ま、逆でもいいけどね」
子供らしい純真無垢な答え。
その言葉を聞いて閃く二人は、顔を見合わせ笑いだした。
「また、お前と協力する羽目になるとはな」
「あの時もう二度とやらないって言ったくせに」
それぞれが自分の部屋に駆けだすと、大量の資料や文献を持ち寄った。
「シルヴァ、前にやったときの感覚覚えてるか?」
「あんたこそ、ヘマして機械を壊さないでね」
科学や魔術にこだわる必要はない。今の彼らは医者だ。
人を治すのが仕事だ。
彼らの中の迷いや焦燥は、日が昇るにつれ消えていった。
翌朝
ぐったりとした様子でソファに座る二人。レンドはともかく、シルヴァの髪形も珍しく崩れていた。
「見つけた、
「病によって成り立つ命など、医者として認めないぞ…」
決意を胸に秘めた二人は、過剰に造られた血を抜くためにやってくるはずのヘモフィを待つ。
だが、やってきた少年は二人の想像を超える姿であった。
頭から血を流し、腕の骨が折れている。昨日と同じ黒いパーカーも所々破けた様子で、紛れもなく事故にあった直後といった様子だ。
「助けて…下さい…。血が…血が止まらないんです!!」
「まずいぞ!!今すぐ無菌室へ急げ!!」
過剰造血によって血が止まらなくなっている状態、血友病を抑えることが出来なければ、傷跡は塞がらず細菌や病原体が入り放題である。無論、そんな血を輸血できるわけもない。
このままであれば、事故の傷から侵入した病気によって彼は死に、少年の血という生命線を失った家族たちも死ぬことになるだろう。
「シルヴァ、造血妨害薬を打て!!」
彼の判断は早かった。平常時なら頼ろうとしない化学薬品を投与して、止血を試みる。だが、彼らの技術をあざ笑うかのように吹き上がった血が部屋を赤色に染め上げる。
「待って!!血が止まらない」
「早くしろ、いくら過剰造血症でも耐えきれないぞ」
あくまで大量造血をしてしまうだけの病気。血を作るための栄養までは供給されない。血友病を併発していることも、彼が血を失う原因になっていた。
がくがくと震えはじめ、顔が青白く変色していく。
「ドクター…。溢れ出た僕の血を使えば…三人は助かりますか…?」
生気のなくなっていく顔で問いかける。
「お前…
増えているリストカットの跡、口内の様子から過食症状がある。
彼は、家族のために死ぬつもりなのだ。
あくまで推定ではあるが、彼が流す血液をかき集めて、新たに二人が編み出した臓器蘇生術を利用すれば三人の蘇生は可能である。だが、少年はそれを知らないはず。
「僕は…これでいいんです」
「何がいいものか!!医者の前で死のうとするな!!必ず助けるからな!!」
彼の家族は診療所ではなく、町の中心にある総合病院の病床にいる。貴重なPR-の血液を送ることで家族を置いてもらっているのだ。言い方は悪いが、ここで血を流すことは、全くの無意味であった。
かといって、この無菌室から出ていけば、それこそ最悪である。
「転移を使うぞ!!」
「ちょっと待って、実験も同意も得ずに処置を行うの?そんなの医者失格よ!!」
「フン、どうせ元は医者ではなく魔術師だ。医師免許をはく奪されたのならそれまでさ」
血まみれの白衣をひるがえし、転移魔術の準備を始める。
「命が助かるのなら、肩書なんぞ捨てられる。そうだろう?シルヴァ!!」
「ああもう!!付き合ってやるわよ…」
三人の体が揺れて、清潔な病室が一気に血に沈んでいく。
彼の家族の眠る病室だ。
シルヴァが、自作の延命装置を蹴とばして、水晶や獣の牙など、魔術媒体を置いていく。最後の一つを置いた瞬間、レンドを中心として魔術が展開される。
「
彼が詠唱を終えた瞬間、体中の水分が抜けたように、三人の体からは蒸気があふれだした。すかさず、シルヴァが電極のようなものを腎臓あたりへ突き刺す。
「ちょっと刺激的よ。パワーオン!!」
バンッ!!と派手な衝撃音。
大量の電気が流れたかと思うと、彼らの体が震えた。
「父さん、母さん、アリス…」
「残念だが、お前を犠牲に彼らを救ったわけじゃあない!!ヘモフィ、貴様もそろって初めて、俺の魔術は完成するんだよ!!」
より一層輝きを増す。
もはや、魔術ではなく奇跡。
「俺の血、持っていけ!!」
血液の変質。おそらく、世界中の魔術師を探しても、彼にしかできないだろう。
自分の血に限っての話だが、レンドは全ての血液型に変質させられる。
「……アハハ、アンタの魔力に耐えきれなくなって、みんな気絶してるじゃない」
「脳波は?正常値か?俺にはその機械の見方がわからないんだ」
「安心しなさい。至って健康よ」
「ならよかった…」
そう言って彼は、床に倒れ込んだ
「で、結局私たち抜きで治しちゃったのね?」
「…新しい止血剤考えなきゃな…」
ブラド家はその後無事退院し、ヘモフィの過剰造血症もシルヴァが治した。今では馬車や車に頼った移動を辞めて、歩くことが多くなって健康になれると話しているほどだ。
原因の一端が先日の事故であるため、雑談がてらリチとファスに話していた。
「それより、事故を見つけたやつはどこに?」
「それが分かんないのよ。店で待つように言ったはずなんだけど…」
「僕たちが戻ったときにはいませんでした。」
首を傾げながらレンドは言う
「何か用事があったのか?」
すると、リチがうつむきがちに首を振ってこたえた。
「お店の薬がいくつかなくなっていたんです。とくに抗ウイルス薬が…」
……To be continued
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