不治!?彼らでも治せない

 ふと、スズが目を覚ますと、おかしな寝相の両親が目に映る。

 シーツは散らかっており、白衣や魔術道具、機械を仕込んだまま寝ていた。直感的に昨日の夜急患があったことを理解する。


「…別に隠さなくてもいいのに」


 朝起きて二人がベッドに居なければスズが悲しむと思ったのだろう。患者の処置こそ丁寧に済まされているが、道具の片づけや処置室のドアが開いたままだ。

 忙しい二人のことは理解している。そして、自分がわがままを言っている自覚もある。

 それでも甘えてしまうのは、自分が子供だからだろうか?それとも…


「ん…。スズ…。起きたのか?」

「おはようお父さん。」


 明らかに寝不足気味の目を擦って起き上がる。無理をしているのは一目瞭然だ。

「全部わかってるから、もう一回寝たら?」

「…いや、そういうわけにはいかない。患者に投薬中だからな。様子を見に行かなくては…」


「ごめんな」と一言謝ってから家の隣にある病棟へと向かう。

 外から見ると家が二軒並んでいるように見えるが、三人の家と診療所が合体している。また、診療所はレンドの魔術によって空間拡張がされており、見た目よりも広い。


 父を追いかけていくと、来るなと止められる。それを無視して部屋を出ようとすると、諦めたように笑ってから、彼に抱きかかえられた。

「はぁ、変に手伝うことを覚えちゃったからな…。お前の旦那は苦労するよ」

「そのときはが結婚してくれるよね?」

「日本で重婚は認められていないぞ…。」


 げんなりとした様子で「誰に似たのか」と呟く。


 この家に仕掛けられた過剰なまでの防衛魔術。その中枢ともいえるレンドの部屋と、家中の電気を賄う発電機が置かれているシルヴァの部屋。

 その中心の壁を押し込むことで、家から直接診療所へと入れるのだ。

 これにより、いちいち玄関で靴を履き替える必要がない。


「それより、今度の患者さんはどんな人?」

「腹に穴が開いていた。幸い臓器へのダメージは少ないが、血が出すぎていたからな。造血薬と再生能力を上げる魔術、あとはショック記憶の緩和だ」


 褒められた表現ではないが、今回の患者は体の状態で言えばな方である。

 跡形もなく刻まれた肉体の回復ともなれば、さすがのドクター・マギカも苦労する。素直にシルヴァの義手を勧めるところだ。


「パーツが残っていれば縫合できるがな」

「…お父さん、言い方悪い!」


 しかし事実ではある。

 腕が飛ぼうが足が焼けようが、残ってさえいれば回復させられる。それが魔術というものだ。

 反面、機械の力を頼れば、全身をサイボーグに改造することもできる。どこぞの軍国は一般兵の腕をわざと切り落として機械化させているらしい。根も葉もない噂だが。


「それより患者さん、大丈夫なの?」

「ああ、魔術反転の兆しも見えないし、薬の副作用というのもなさそうだ。」


 寝ている男の体を触って確かめてみるも、正常な反応が返ってきてる。患部は麻酔をかけているため、周辺含めて反応が鈍いが想定通りだろう。


「ぁあー。もう一眠りするかな」

「そうした方がいいよ。目の下の隈凄いもん。」

「だが、朝食はどうする?」

「…私ももう一回寝る!!」


 レンドの首に手を回しながら、絶対に離れるものか、としがみつく。

 ため息をつくかと思えば、「そうか」と言って笑うだけであった。


「お母さんを起こさないようにソファで寝るか」

「いいの?」


 普段ならばレンドは無理をしてでも起きるだろう。だが、あえてそうしない

 レンドの胸の中に抱かれながら、スズは二度寝を始めた。

 昼頃に起きたシルヴァに二人がからかわれるのは、言うまでもないだろう。





「で、一時間も遅れてきたわけですかい?」

「うるさい、治療に集中できなくなるだろ」


 元傭兵にして腰痛持ちの老人『ヘルニア』

 本来ならば入院をしなくてはならないほどの重度の腰痛でありながら、今では息子たちも出て行って妻と二人暮らしてあるという理由からドクター・マギカの魔術によって痛みを誤魔化している。


「魔術が万能なら、腰痛も治してやれたんだがな」

「いいんですよドクター。何でもかんでも病気を治せばいいって話じゃないんです。」


 医者の前での発言とは思えず、怪訝な表情を老人に向けた。

 皺と傷の残る顔でゆったりと笑う。


「この腰痛は、傭兵時代に無茶を重ねた結果だ。けれどね、あのときのことを後悔したことは一度もないよ。仲間や依頼人、家族のために懸命に働いたからだ。ドクターには理解できないかもしれないが、私は病に思い出を感じてるんですわ」


 今までの出来事を振り返るようにヘルニアは言う。

 きっと、医者であるレンドには理解できないだろう。病気だとか事故だとか、そういうのは全て自分の命や人生を脅かすだけの害でしかない。そして、病に怯える人を救うために医者になったのだ。


 けれど、初めて

「治さなくていい。治せなくていい」

 と言われた。


 治療を終えてからも悶々とした気持ちを残しつつ帰宅する。

 家に入る前にカルテをまとめようと診療所の玄関を開けると

「わ、すみません」

「あ…。いや…こちらこそ」

 フードを被った男とぶつかった。


 腕には包帯を巻いており、赤くにじんでいる。体を隠すような長袖の服、パーカーの下はタートルネックを着こんでおり、うっすら汗ばんでいた。

 微かに見えた手首の自傷痕。それだけではない、指を斬り落とそうとした痕跡まで残っている。歩き方からして足首や太ももにも刺し傷があるのだろう。


「……虐待…。いや、普通に自傷か?」


 あの血走った目つき、ぶつかったときの反応速度。

 口では謝りつつ目を合わせようとしないのは、典型的な鬱病の兆候だ。

 魔術で強引に治すこともできるし、カウンセリングで済むのなら、それでも可能だ。


「シルヴァ、さっきの少年だが…。……何してるんだ?」


 扉を開けると、血液の入った試験管を冷凍保存しようとしている最中だった。

「おかえり」と言いつつ作業の手は止めない。

 あろうことか、彼を無視してそのまま輸血保管庫へ消えていった。


 普段は自分の患者を診るなと騒ぎ立てる身。ここで先ほどの患者のことを聞けば、煽られるのは目に見えている。好奇心を抑えて我慢するほかなかった。


 そこからは何事にも手がつかずうわの空で過ごしていた。

 ヘルニアからの一言。シルヴァの抱える患者。昨日の事故の患者。

 あれだけ大量に用意されていた血液が、輸血保管庫からすべて消えていたこと、夕食がナポリタンであったこと含めて、彼の中では嫌な妄想ばかりが膨らんでいた。


 その日の深夜。もうすぐ日付が変わる頃。

 研究もひと段落してからリビングを覗いてみると、大量の書類を広げて寝落ちしているシルヴァの姿があった。


「こんなところで寝ていると風邪ひくぞ」


 はらりと、一枚のカルテが落ちた。

 患者の名前は『ヘモフィ・ブラド』病状は『血友病』と『過剰造血病』

 どちらも血液に関する病気だ。


「なるほど、あの大量の血はそういうことか」

 一人合点のいく顔をしながらも、新たな疑問が沸き上がる。

 なぜ治療をしなかったのか?あの時の少年の様子からして、血を抜き取られただけで根本的な原因は解決していない。鬱病の原因も、短期間で大量出血を繰り返しているからだろう。


「……んん。ちょ、ちょっと!!何勝手に見てるのよ!!」

「…シルヴァ、お前なら治せるだろう。この病気。なぜ治療しない?」

 レンドの詰問に対して、目を逸らした。

 バツの悪そうな苦笑いを浮かべて、答えようとはしない。


「治せるけど…。治さないのよ」

「なぜ!?俺たちは患者を治すのが仕事だろう。それとも、輸血による金目当てか!?」

「患者の意思よ!!」


 そう言い返されてたじろぐ。


 過剰造血病は、造血器官に送られる信号が不備を起こすことで発症する病である。原因は主に大きな事故などにより、大量出血を起こすことで血圧が急低下することだ。

 二人の技術であれば容易く治すことは出来る。が、患者がそれを望んでいない。


「なぜ…?」

 信じられないといった様子で問いかける。

 シルヴァは、悔しそうな顔を浮かべながら答えた。


「この前の事故、崖下に吹っ飛ばされた荷台があったでしょう。その子と、その子の家族が乗っていたのよ。馬車の荷台に」


 奇跡的に少年は助かり、父、母、妹の三人は今も意識不明だという。

 植物状態でありながら、ほとんどの臓器は機能せず、ほぼ死んでいる状態と変わらない。


「けど、まだ脳は生きている。心臓や肺にも大きなダメージはない。以外は、無事なのよ」

「……つまり少年を治せば……」


 三人は死ぬだろう。

 さらに言えば、四人の血液型は『PR-』

 世にも珍しい血液型であり、どの血液型にも輸血できる特徴を持つ。が、逆にPR-の患者に輸血することは出来ない。唯一の例外がPR-自身である。


「貴方の魔術でも、私の科学でも、死人までは治せない。貴方が一番理解しているはずよ」

 そう言って、悲しそうに目を伏せた。

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