登場!!薬屋と自然主義

「お父さん、歯は磨いたの?」

「スズ焦らなくても大丈夫よ。」


 その日は久しぶりに3人で眠れる日だった。

 普段は忙しいレンドとシルヴァだが、可愛い娘の為にと無理やり時間を創ったのだ。

 とことん娘に甘い二人である。


「電気消すぞ」

 ふよふよと浮かぶ手袋が部屋のスイッチを切った。

 レンドと手をつなぎながらシルヴァに抱かれて寝息を立てる。


 幸せそうな寝顔を浮かべるスズに比べ、二人の表情は強張っていた。

 忙しいというのは建前であり、本音は恥ずかしいのだ。


 互いに好き同士で結婚をしているとはいえ、普段の生活で愛を囁くことなど稀だ。というか数えるほどしかない。相手を褒める時は決まって成果を褒めるだけ。

 レンドに至ってはシルヴァを好きだといったことすらない。


 気まずそうに目を逸らして眠りにつく。

 シルヴァがまどろみ始めたあたりで、かすかにシーツが動いた。レンドがベットから出ていったらしい。


「……蟻の目アントルアイ、起動」


 彼女が発明した機械マキナ蟻の目アントルアイ

 通常の方法では視認できない程小さく、家のあちらこちらに仕掛けられている。アリやネズミといった家の中に住む生物に付着して、その生物が見ている景色をハッキングする機械だ。


 レンドの慌てぶりからして、トイレなどではないと怪しむ彼女は、玄関の方へ出ていくレンドを追跡する。今日が初めての事ではない。前々から調べようと思っていたことだ。


「何を企んでるのかしら…」


 レンドが玄関を開けると、そこには金髪の巨乳美女がいた。

 思わず愕然とする。その女は、彼の魔術師仲間である『ファス・ナチュレ』

 回復薬ポーション万能薬エリクサー醸造薬エーテルなどを作り出すことを専門とした魔術師であり、店を経営しているほどの女だ。

 噂によると、100歳を超えた老婆でありながら、若返りの薬を使って年齢を偽っているらしい。


「アイツ、あんなババアが好きなの!?道理で私に手を出さないわけだわ…」

 蟻の目アントルアイはあくまで使い捨ての偵察用であり、音を拾うことは出来ない。ちなみに映像を記録することもできない。


 妙な勘違いをしたまま、ベッドを飛び出てレンドの元へ向かう。

 ファスは何度かこの家に遊びに来ているが、こんな非常識な時間に来たことは一度もない。彼女と共に外套を着て家を出ていこうとするレンドを、ギリギリのところで引き留める。


「レンド…。こんな夜中にどこに行くのかしら?」

「うぇ!?起きていたのかシルヴァ…。なら好都合だな。急患が入ったがお前も来るか?」

「はえ…?」


 浮気や密会というわけではなく、ただ急病人が出たという話だった。

 馬車とぶつかった男の腹に木片が刺さり、薬だけではどうにもならないから手伝ってほしいという要請であり、何らやましいことはない。


「それに、私一応彼氏っぽいものはいるのよ?」

「ああ人造人間ホムンクルス泥人形ゴーレムの事か?」

「ち、違うわよ!!」

「ちょ…あまり揺らさないで…ホウキから落ちる!!」


 現場に向かう道すがら、夜空を飛行しながら騒ぎ出す。

 レンドが得意とするのは人体に関する魔術であり、ファスが得意としているのは物質操作の魔術である。

 どちらにせよ高度な技術ではあるが、二人とも一流の魔術師に変わりはない。


「それより、腹を貫かれているんだろ?大丈夫なのか?」

「これでも全速力よ。それに向こうにはリチくんがいるわよ」

「リチって…リチ・ドルグのこと?まず、二人が知り合いだってことに驚きなんだけど」


 リチ・ドルグはシルヴァの後輩にあたる。

 主に生理学や心理学、薬学といった分野を専門とする科学者であり、機械工作や電気工学を専門としてきたシルヴァとはあまり接点がない。

 それでも有名になるほどの腕を持っており、現在もアカデミーに在学していたはずである。


「ううん、途中でアカデミーは辞めているわ。今は私と同棲中よ」


 ハートマークが飛び出るほどの幸せいっぱいといった様子で永遠に自慢話が続けられる。

 製薬技術や薬剤師としての話は、全くしようとしない。


「そういえばお前、自然主義だったな!!ポーション作る時も、素材をそのままとか言い出して薬草を直接鍋に入れ始めた時は驚いたぞ」


 薬や魔術による延命を嫌い、自然の赴くままに人生を謳歌する思想、自然主義。彼女は学生時代からそれを掲げており、いままで一度も薬を飲んだことがないという。

 あくまで、化学合成による薬を飲まないだけであり、自然由来の薬草などは別だ。

 むしろ回復薬依存症だ。


「うるさいわね。それより現場に着いたわよ。すぐそこが崖だから気を付けてね」

「ああ…。」

「ええ。それにしても、派手な事故ね」


 山の中腹辺りで血まみれになった馬車が倒れている。

 馬の首が飛んでいくほどの激しさであり、後ろで引いていたであろう荷台は崖下に落ちていったらしい痕が残っている。

 腹に木の刺さった男は、馬車に吹き飛ばされて森の方へ飛ばされたようで、血まみれで倒木に寝転がっていた。幹から突き出した枝にやられているらしい。


「よおドグル」

「ああ、マギカさん。来てくれたんですね!!」


 レンドとリチは顔なじみのようで、親し気に話し出す。もっとも、その内容は患者の容態や現場の状況などについてばかりで、友達というより仕事仲間という方が適切だ。

 仕事相手と割り切れば、すらすら話せる辺りがまたコミュ障らしいが…。


「腹部の傷。微妙に形状が合わないのはファスの回復薬ポーションをぶっかけたからか?頭に打痕があるが、案外ひどくないな…。それより血が流れすぎてる。シルヴァ、診療所うちに運ぶぞ」

「了解、傷の冷却をすればいいのよね」


 付けていた腕輪を外すと白色に輝きだす。

 周囲の冷気を取り込み始め、内部で氷を作り始めた。患部に直接腕輪を押し付けると、血が固まって霜が降り始める。


「とりあえず今すぐ必要になりそうな薬は無いな。」

「あらそう。じゃあ帰るわね。何かあったら呼んで頂戴」


 怪我人を見つけて教えてくれた人物を、ファスの店で待たせているという。

 山のふもとに店を構えているため、薬屋とはいえ何とかなると思って頼ってきたのだろう。

 無論、自然主義の思想で言えば、本来は助けないのが当然。


「まあでも、私だって医者のはしくれだしね」


 自虐的に笑って、ファスとリチは暗闇の森に消え去った。

 不思議に思いながらも、患者の容体が悪化する前に処置をしようと、帰りを急ぐ。


 ちなみに帰りはホウキではなく機械マキナの力だ。


「さすがに転移魔術テレポートは使えないよなぁ」

「媒体が高すぎるのよ。マヌケ」

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