骨折!!ペキペキ病

 赤帽子の女が、泣きはらした娘を抱きしめる。

 明らかにいらだった様子の男からは目を逸らし、うつむいたまま病気の説明を始めた。


「ペキペキ病は、精霊が原因とされている。未熟な制霊術師が必要も無く契約を結ぶことで起きる病だ。治すには儀式が必要だが、この部屋で出来る。ただ、問題は……」

「何が問題なんです?」


 後の娘の顔を見て苦い顔をする。


「精霊術師になるのか、ならないのかという話だ。どちらにせよ病は治るが、娘の意思が曖昧なままでは儀式が成功しない。」

「精霊術師なんて、ならないに決まっているだろう。そうだろ、ファクトア!」

「……う、うん」


 魔術や精霊術師といった仕事は減少気味である。

 大きな戦争や災害が少なくなったこと、そもそも技術がなければ金にならないこと、理由は様々だが不人気な職業だ。しかしそれはあくまで大人の目線。

 超常や奇跡を起こすというのは、いつだって、どんな世界だって子供の憧れである。


「あらかじめ言っておくが、この儀式では無理やり精霊を引きはがす。精霊術師にならないというのなら、もう二度とその道は歩めない。逆に精霊術師になるというのなら、すぐに引き離した精霊を呼び戻して体と適応した形で再契約させられる」


「そんなことはどうでもいい!どうせ精霊術で食っていけるはずもないんだ。そんな害虫、早いところ追っ払ってくれ。」

 いやに強い口調で父親が言う。

 反対に、娘の顔はひきつっており、迷っているらしかった。


「はぁ…。儀式には準備が必要だ。この部屋の結界を作り直して、一時的に病状を抑えておく。くれぐれも部屋から出るなよ。」


 ひときわ大きなため息を吐いたかと思うと、全員が部屋を出ていく。

 子供には聞かせられないの時間だ。


「……娘には、精霊術師などではなく、普通の仕事に就いてほしいんです」

「私の兄が、魔術師を志していた時期がありましてね…。才能がなくて野垂れ死にましたよ」

「……」


 魔術師というのは才能の世界。世界人口の半分は魔力を持って生まれるとはいえ、魔術のみで生計を立てている物はほんの僅かだ。そして、それは精霊術師も同様。

 需要がなければ、神官ですら飢えるのだ。それが社会というもの。


 無論それは、科学者にも言えること。

 シルヴァも俯いたまま悲痛な顔を浮かべる。


「俺は医者だ。患者の病を治すのが仕事で、お悩み相談は受け付けていない。ましてや、お前たちは患者ですらない。安心しろ、娘の決断さえ済ませれば、儀式は必ず成功させる」


 自身に満ち溢れた表情で、ドクター・マギカは言った。


 場面は変わって、診療所内の一室。ファクトアが寝かせられている部屋だ。

 といっても、すでに鎮痛剤の効果は切れて、起きている。


 トントン、と随分小さなノックの音が鳴ったかと思うと、お盆にジュースを乗せた看護服のスズが入ってきた。気持ちの問題が大きいと判断したシルヴァが、二人に気を回したのだ。


「はじめまして、私はスズ・マギカ。ドクターの助手をやってるの」

「……子供が看護師さんなの?おかしな診療所ね…」


 見るからに年下であるスズが相手だからか、お姉さんぶった口調で言う。

 ベッドわきのテーブルに飲み物を置いた後も、スズは出ていこうとしなかった。

 話を聞いてやる。言外にそういわれているような感じだ。


「私ね…精霊さんと契約したの」


 ペキペキ病が発症する二日前の事だった。

 いつものように友人たちと近くの森で遊んでいると、黒いもやのようなものが木の根元に落ちているのを見つけた。思わず駆け寄ってみると、明確な姿を捕らえることは出来ず、自分以外にはもやすら見えていないようだった。

 声をかけてみると、自身を精霊だと称した。


「僕と…契約を結んでくれれば、君の魔力をもらえて…元気になるんだ」


 思えば、精霊の姿を認識して、意思疎通ができる時点で精霊術師としては十分な素質があった。しかし彼女はあろうことか、最初の一回で契約を成功させてしまう。


 ベテランの精霊術師でも、新たな契約を結ぶ際には入念な準備が必要だ。にもかかわらず、いともたやすく、呆気なく契約を結んだ。

 彼女にとっては人助けならぬ精霊助けだったのだろう。


 しかし、まだ子供で魔力も安定していない彼女の体では、精霊が与える祝福には耐えきれない。

 良かれと思って精霊を助け、その恩返しにと祝福を与えたはずが彼女を苦しめている。


 涙ながらに語った少女の独白を、スズは無言で聞いていた。


 彼女が精霊術師を諦めきれないのは、これ以上のチャンスがないと分かっているからだ。

 今回契約が成功したのは偶然に過ぎない。もう二度と成功しない可能性だってある。

 そもそも、儀式で精霊を引き離せば、もう二度と見向きをされることはない。


 魔術にせよ科学にせよ、不思議な力で何でも叶えてくれるわけではないのだ。

 これはおとぎ話ではない。きちんと向き合うべき奇病録だ。


「スズちゃん。どうしたらいいかな?」

「……それは、自分が決めること。でも…」


 ファクトアのうるんだ瞳を一身に見つめて言う。

「自分が誇れる決断をすべき」


 それからしばらくして…

 診療所内で二度目の発病の兆しが見えた頃


「ファクトア、覚悟はできたんだな?いいか、精霊術師になんてならないよな?」

「そうよ、叔父さんのこと思い出して。あんな風に死にたくないでしょう?」

「パパ、ママ、大丈夫」


 診療所裏手の庭に三人が集められる。

 スズを通して覚悟が決まったことがドクター・マギカに伝わったからだ。

 すでに儀式の準備は整っており、複雑な魔術式が描かれている。


 骨折の痛みを悲鳴一つ漏らさず我慢しながら、少女がその中心に立った。


「精霊の円環。神秘なる使徒よ。奇跡の力を与える者よ。属性に隷属する小さな神々よ。我が呼び声に応えよ。代償は我が魔力、子羊の臓物、ネズミの歯、カラスの眼球なり。願いは一つ、少女ファクトアとの契約を破棄してほしい。」


 彼女を中心として大渦が巻き起こる。

 突然呼び出されたことと、精霊との契約破棄を求めることに怒っているのだ。


 今までとは比べ物にならぬほど力強くファクトアを押さえつける。

 不可視の精霊たちが少女の腕を引きちぎるように引っ張っていくが、ファクトアは涙を零すだけで嗚咽を漏らさない。


「グッ!!無責任に助けてごめんなさい。精霊の対価を知らずに、考えなしに手を差し伸べたことは謝ります!!けれど、。今はもう少し、精霊さんとは距離を取りたいの!!」


 心からの叫び。

 命の責任をとれない少女は、力を手放すことを選ぶのではなく。むやみに力に執着することもしない。


 ファクトアの両親が驚いたような顔をする。

 レンドは、隣で大声を上げて応援する娘を一瞥して、かすかに微笑んだ。


 突風と稲光が収まる。儀式は終わったのだ。

 精霊からの最後の手心が加えられ、掻きむしった傷跡や繰り返していた嘔吐痕が綺麗さっぱり消されてしまう。代わりに、左腕に括りつけられた光の腕輪。

 精霊術師や魔術師のみが解読できる言葉で、「迎えに来てね」と書かれていた。


「パパ、ママ。私、精霊術師になる。今度は、ちゃんと精霊を助けられるように。」

「どう…


 両親が口を開く前に、レンドが空を向いたまま呟く。

「自分の子が将来を見定めた時に、親がかけるべき一言は『がんばれ』『応援してるぞ』だけだ」


「……がんばりなさい」

「応援…してるわ…」


 精霊が木々を通り抜けていった…。







「アイタタタ…」

「まったく、ぎっくり腰になったばかりで無茶をするな」


 レンドは、先日針治療を施した老人の家に来ていた。

 また、腰を痛めたのだという。


「いやぁ。つい妻の前だと格好つけちゃうんですわ…。先生も覚えがあるでしょう」

「……。静かにしろ。治療に集中できん」


 誤魔化したが、少し冷や汗をかいていた。思い当たる節があるからだ。


「それより、先日の娘さん、どうなりました?治りましたかね?」

「当然だ。今は精霊学を教えているアカデミーに通っているらしい」


 精霊術師として必要なことを学んでいる。

 いつの日か、あの時の精霊に再会できる日を夢見て。


「ペキペキ病って多いんですかい?」

「いや、俺が知る限り四人目の症例だ。全員治っているとはいえ、明確な原因など分かっていないことは多いさ。それぞれに事情があるから実験も出来ないしな」


 本来、精霊は人間には非干渉的であり、祝福にせよ呪いにせよ与えてくることは少ない。

 ましてや、未熟な人間に適合しない祝福を与えることなどまずないだろう。


 老人宅から診療所に戻る道すがら、あの時の精霊から採取したサンプルを思い出す。


「通常の魔力に加えて、人工的に変異させられた生物が含まれていた…。なんだコイツは?」


 それは、シルヴァ含めた科学者たちが発見した『ウイルス』にも似た形状。

 もしかすると、今までの三人の患者の精霊にもついていたかもしれない。


「……なんにせよ。調べてみないと分からないか。」


 ……To be continued

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