龍血!!火吹きのリュウザキ

 精神支配。

 龍にまつわる奇病の中では珍しくもない症例。何話か前の匿名アノニマス症候群シンドロームの時も、患者ダブルが言葉を誤ったり、レンドがの姿を目撃すればオリジナルの心が消え去り乗っ取られるのだ。

 モンスターが絡む病気はたいてい、ほんの少しの失敗で精神を破壊してくるものが多い。それが異形の生物ということなのだから。


「魔力の流れを見た限り、時間的猶予はありそうだが…」

「患者自身の精神面を考えると長くは持たなそうね」


 既にリュウザキの声が聞き取れないほど龍の唸り声が混ざり始めている。龍からすれば、自分を殺した仇敵。復讐のチャンスを逃さまいと全力を尽くしているのだろう。


「龍退治か…。討伐場所は?」

「陰音山の頂上あたりです。先日の悪魔騒ぎと併せて緊急で討伐隊を組むことになったんです。」


 レンドの家とは真逆の方向にある山のことだ。さすがの彼も探知範囲外であり気づくわけがなかった。さらにいえば、今のレンドやシルヴァは国家魔術師や宮廷学者という立場ではなくただの医者である。ドラゴン退治の招集がかかるわけもなく、素知らぬままだったのだ。


「隠なら、魔力は持っているはずだろう?抵抗しないのか?」


 たいていの魔術師は精神汚染に対する対抗魔術が使える。伝説の一族『隠』ともなれば、拷問用や自白剤対策の技術を持っているはずであり、いくら龍の血を浴びたといってもここまで病状が悪化するはずもなかった。


「そ、それは…」

「何を隠している?医者に隠し事が通じると思うなよ。」


 射殺すような視線にユウリとリュウザキが怯える。

 生唾を飲み込んだ後、自嘲的な笑みを浮かべて観念したかのように話し始めた。


「俺は里の中で、火吹きのリュウザキと呼ばれていた。生まれつき喉や口内が人より丈夫で、鉄を食っても腹を壊さないなんて言われたさ。隠になってからは、あらかじめ可燃性の液体を飲み込んでおいて、口から火炎放射を吐くなんて芸当でいろんな任務を成功させてきた!!」


 隠術『龍息吹』

 それは、隠が伝説と呼ばれる所以となるほど有名な話だった。


 正確無比な投擲。長時間にわたる潜水。団扇であおげば台風を引き起こし、鎖で縛ろうとも骨を折って脱出する。そして、ことができると言われていた。

 おとぎ話などではない。伝説ですらない。


 彼らにとって、それらは当たり前にできることなのだ。体のつくりも、魔力の質も、生物としての覚悟も、全てが異形に近く、しかし怪物ではない。


「龍に、憧れているのか…?」

「そりゃそうさ!!いくら火吹きと呼ばれていても、俺は人間なんだ。好き勝手に火を噴けるわけじゃない。どんな高熱にも耐えきれるわけでもない!!だから龍になりたかった。それの何が悪い!?」


 何一つ、悪いということはないだろう。子供が英雄に憧れるように、超人が怪物に憧れるなんてことは良くある話の一つだ。羨望の的となる人物が、だれも羨まないなんてことはないのだ。

 自由自在に空を飛び、傍若無人に火炎を吐いて、悠々自適に捕食する。龍崎リュウザキという名前も、彼が龍への憧れを強める原因だろう。


「龍化症はお前が思っているようになるわけではないぞ。完全に龍になる前に死ぬか、龍となって人間の人格を失うか。どちらにせよ、龍の血に怪我されたお前に自由はない。」

「うるセえ、俺は自由にナるんダ!!空を飛んで、火を噴いて、全てを壊す!!コワスコワスコワス!?!!?」


 ビキビキとが鳴るような音が鳴り響き、彼の衣服が裂け始めた。意識を引き出されたことによって龍化が激しく進んでしまったのだろう。生えかけの牙が飛び出すほどまで成長し、艶やかな黒目が神秘的な金色に染まる。話す言葉も、威圧的なものと変化していた。


「ドクター、大丈夫なんですか!?」

「俺自身の人格や言葉選びに問題があるのは自負している。だが、俺の魔術は完璧だ。」


 言葉通り、少し手をかざして魔術を編み込むと、龍の成長が止まる。見えない鎖に縛り付けられたような龍の体液が暴れるも、唸り声を上げるばかりで何もできずにいた。

 条件付きの時間停止魔術。使用する魔術媒体が、思わずドン引きしてしまうほどに高価であるが、今回は国が支払いをするため実質問題ない。


「このまま龍の血を抜き取ってしまえば、治療は済むが…」

「まって、お父さん!!」


 意識が完全に飛んでしまっているリュウザキに手を掛けようとすると、スズが引き留めた。ずっと不服そうな顔をして、何かを言いたげだったのだ。


「ねえ、あなた、本当に龍になりたいの?」


 猛獣のような咆哮を上げ続けるリュウザキの前に立って、まっすぐ彼の目を見て尋ねる。握った拳が震えており、スズの背後ではクロムとシルヴァがいつでも守れるように準備を構えている。


「ここに来る患者さんは、みんな痛くて辛くて、そこから救ってほしくて来てるの。だから、本当に龍になりたかったら、ユウリに連れてこられた時点で逃げ出してるはず。何で逃げなかったの?」

「呼び捨て……」


 ジュエリーとシジマのように特別な間柄だからこそ言えなかった例はある。だが、二人に接点はなく、リュウザキがマギカ診療所に来ることになったのは、国からの命令だ。いくら近衛兵とはいえ、龍化すれば逃げることも容易いだろう。


「治しタい。里長の娘と結婚するコとにナっていタンダ…。ケド、俺は人殺しダカラ……。」


 任務とはいえ、あまたの人間を殺してきた。火吹きらしく、残忍な方法で…。

 龍の名を冠するがゆえに、様々な生き物を貪ってきた。モンスターもペットも、人間も。はたして、そんな彼が幸福になる権利があるのだろうか。


「悩んでるとき、変な男が、今度起きる龍退治の任務に参加すれば、最適な幸福へ導かれるって言われて…。理由はわかんないけど、その男の言うことを真に受けて…。俺は…俺…?」

「その男、Dr.ウランと名乗らなかったか!?」


 レンドがその名を口にした瞬間、リュウザキの口内から大量の赤い液体が吐き出される。気味の悪い水音と共に莫大な魔力が彼の体から抜け落ちて、龍の面影すら消えうせた。

 同時に、彼を縛り付けていた魔術の効果も失い、その場で腰が抜けたようにへたり込んだ。


「人間に戻ってる…?」

「龍の血が消えた。いや、奪われたのか…」


 全てを計算に入れたうえでの策略。手掛かりとなり得る龍の血もいまごろDr.ウランの元に戻っているか、証拠隠滅のために消えてしまっているだろう。


「何が目的なんだ、Dr.ウラン!!」


 ……To be continued?






今回の蛇足


 結局、治療するまでも無く龍化症が治ったが、協力金という形で使った魔術媒体分の補填はされた。


 リュウザキの婚約者は隠になる才能はなかったものの、里長の英才教育によってそれなりに暗殺や諜報活動の経験があるようで、超高圧の水滴を口から射出する「水弾丸」という隠術だけ扱えるらしく、お互いの能力と相まって、仲良くしているらしい。


 それと余談になるが、スズの一声によって患者の真意を掴めたため、彼女には4000ピースのクロムとゴルディアが描かれたパズルがプレゼントされた。

 今も頭を抱えながら、釘付けになっている。


 ……To be continued

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