残像!!魅惑の吸血鬼

 加賀も吸血鬼仲間から同族の血は飲むなと言われている。だが、それがなぜなのかまでは聞かされていない。というか、ほとんどの吸血鬼は知らないだろう。おなじく、自分と近い国籍や血液型の血を避けるように言われている理由も知らない。むろんシジマもDr.マギカもだ。


「一種の近親相姦を防ぐため?実験してみないと分からないか。いや、それより加賀、心当たりはないのか?たとえば、誰かと血を回し飲みしたとか…」

「そういえば、昨日の昼、怪我した吸血鬼の女の子がいて、お腹空いてたからちょろっと舐めちゃったかも。別に吸血鬼だし、血を舐めるぐらい普通かなって…」


 だが、専用の透視魔術と解析魔術で見てみれば、大量の血を飲んだ形跡がある。怪我をして一滴舐めたというレベルではない。いくら活性期といえどそこまで飲めないだろうという不自然な量だ。


「加賀さん。医者に嘘をつこうだなんて考えるなよ?同族を食ってもいない限り、お前の胃の内容量はおかしいんだよ。吸血鬼にも飲んだ血を処理する専門の器官があってね、俺の魔術はその活動履歴を調べられる。誤魔化そうだなんて考えるなよ?」


「ま、まってください。本当にそれだけなんです。確かに少し吸っちゃったけれど、すぐに気持ち悪くなって口を離しましたし、同族を食べるだなんてそんなことしてません…」


 疑いの目をシジマに向けると、何かを思い出したのか苦い顔を浮かべた。

「一人行方不明になってる吸血鬼がいる。つっても、元々放浪癖のある女だったから正直判断がつかねえ」


 先日の夜は同族の血を飲んがことがきっかけで暴れ狂った後に泥のように眠ったらしい。吸血鬼と言っても夜行性かどうかは個人による。夜が好きなものもいればそうでは無いものもいるのだ。加賀は普段なら起きているのだが、その日はたまたま眠っていた。

 そして、その女吸血鬼が行方不明になったのも昨夜だ。関係がないとは思えない。


「シジマはその女吸血鬼を探してくれ。杞憂であればそれでいい。加賀さん、その女との会話だったり事細かに思い出せます?」

「えっと、昨日のお昼すぎぐらいに、鏡の割れた音が響いて、活性器なのに血が吸えなくてイライラしてたこともあって怒鳴りながら部屋を出たら、その娘が泣いてて手首から血を流してたんです。」


 涙にぬれた手首の血は、飢えた彼にとって最高の御馳走と言えるだろう。自身に湧き上がる欲求を制御できぬままとびかかると、彼女は喜んで手首をさしだしたという。あまりの不味さに我に返ってすぐに飲むのを辞めたが、恍惚の表情で加賀を見つめる姿が不気味だったと話した。


「手首の傷か…。その女吸血鬼はと言ったんだな?」

「ええ、手鏡を落っことして拾おうとしたら切ってしまったと…」


 どこかに電話をかけていたシジマが診療所へ戻ってくる。残念そうに首を振る仕草は、女がどこにも見つからないということだろう。友人に聞いてみてもどこに行ったかまでは聞いていないらしい。


「その女に餌は居ないのか?」

「ああ、いたはずだな。確かこの間の活性期でくたばったんだよ。老いた体で血を抜かれるのは堪えたんだろ。加賀と同じ黒髪の日本人だったな。」


「それは…どっちがだ?吸血鬼の方か、人間の方か?」

「たしか……」

。彼女は禁忌を犯し続けていた…!!」


 それは、シジマも聞かされていない話。男は自分の国籍を偽ったのだ。何のために?


「少しずつ話が見えてきた……。俺のはあくまで空想だ。その上で質問に答えてほしい。吸血鬼が死ぬ方法はあるか?」

。太陽の下に身を投げても、十字架に貫かれても、聖水に浸っても、心臓を潰そうがニンニクを食べようが、吸血鬼が死ぬのは一時的なもの。その場で再生ということは出来ないが、直前に自分が姿を晒した反射物から復活できる。」


 吸血鬼にとって鏡は、復活するための聖域なのだ。死ぬことから離れた吸血鬼たちはいつの間にか忘れてしまったようだが、Dr.マギカの妄想を共有している加賀やシジマは否応なく理解させられている。


 限りなく死に近づいた時。吸血鬼たちは鏡の中にその身を移す。移すし、映す。


「これはあくまで俺の空想だ。予想で妄想だ。もしかしたら、シジマに嘘をついた男も吸血鬼で、吸血鬼なら自分を殺せるんじゃないかと気づいたんだ。きっかけまではわからないがな。そして、死にたがった男は自分を食ってくれる吸血鬼を探した。そして、自分を殺せる吸血鬼を探した。」


 同族や、血の近い人間を避けているのではなく、その両方を満たす者を避けているのだ。なぜなら、相手が死んでしまうから。だが、それを逆に利用したのだ。そして死にたがったのは男だけでない。男の体が再生しないことに気づいた女は自分も死ねると思った。そのために熱心に計画をし続けた。


「化粧や身だしなみを整えることのない吸血鬼が、手鏡を持ち歩くなんてことはあり得ないんだ。怪我をすれば当然、鏡に自分の姿が映る。それは体を復活させるためにだ。だが、お前に血を吸われたことにより完全に体を復活できなくなった。その確認のためにも鏡が必要だった。」


 あとは簡単。加賀が眠っている隙に血を垂らしながら食われるのを待つだけ。すでに再生能力は失っている身では、数十分とかからないだろう。


「結局のところ、利用されたんだよ。そして、その体調不良も一過性のもの。鏡に映らないというのも、同族を食ったことで一時的に不死性が落ちているだけで、すぐにもどるだろう。」


 どろどろの、血のように濃い悲惨な事実に、目を背けることもできない吸血鬼は自虐的に笑った。


 ……To be continued

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