実像!!存在しないはずの姿
倒れた加賀の付近には、割れたガラス片が散乱している。それらは吸血鬼だけを取り除いた景色を写しており、いるはずの者が見えないということが奇妙であった。
原理は不明だが、吸血鬼達は鏡に映らない。それが通理であるはずだった。
「こいつ、鏡に写ってるぞ!?」
「吸血鬼じゃなくなったのか?一体なぜ……?」
倒れた彼の周りに幾人もの吸血鬼たちが集まる。鼻を鳴らして臭いをかいでみるが、吐きそうになるほどの血の匂いが漂うだけであり、人間らしさは感じられなかった。
試しに加賀の腕にテーブルを叩きつける。純粋にパワーの上がっている吸血鬼の一撃によって加賀の左腕は容易く吹き飛んだ。しかし、じくじくと回復し始めている。速度こそ落ちているものの不死性を失っているわけではないらしい。
「シジマさん。加賀、やべぇっすよ」
「わけわかんねえな。何が起きた…?ドクターって人間じゃなくても治せるかなぁ…?」
割れた鏡に映る吸血鬼を見てため息をついた。火が沈むまでにしばらく時間はあるが、それでも今日中にことが済むとは思えない。ジュエリーと一緒に料理を作るという約束は果たせそうにない。が、だからといって不幸病ではない部下に任せられるわけでもないわけで…。
「はぁ、ジュエリーに謝らなきゃな…」
倒れたまま動かない加賀を背負って車に運び込む。Dr.マギカについては部下たちにいらぬ詮索をされないためにも、診療所の場所は教えていない。そもそも、腕のいい医者の知り合いがいるとしか伝えておらず、名前すら知らないだろう。
「つーわけで、ドクター。こいつ治してくれ」
「……お前なぁ。はぁ…」
加賀を車に乗せてシジマ一人で診療所までやってくる。運転中の電話で事前に大まかな症状は聞いているものの、あまりに抽象的で奇病とも言いにくい状況だ。
「人外を診ることも出来はするが…吸血鬼を請け負うなんて初めてだぞ。電話口でも言ったが、治せる保証なんてないからな。」
ちなみに、電話に出たのはレンドではなくシルヴァである。機械音痴の彼には電話を出るということすら難しいのである。
もちろん患者である以上全力で診察をするつもりだが、必ずなんでも治せるわけではない。いくら奇跡の力と言えど出来ないことはたくさんあるし、制限や制約に縛られている魔術には限界が存在する。ましてや、症例の無い初見の病気であり吸血鬼が患者ともなれば簡単に治せるとは思えない。
「はじめまして、俺はDr.マギカ。魔術師兼医者だ。体の不調はいつごろからですか?」
「昨日の夜ぐらいかな。けど、午前中はそんなにひどくなかった。」
患者向けの外向きの笑顔を見せながら診察を開始する。吸血鬼の魔術耐性は高く、常時発動型の
「見えないか……。加賀満といったか?魔術を使いたいんだが、あまり身構えないでほしい」
「ええ、大丈夫です…」
つい先ほど起き上がったばかりの彼は案外落ち着いている。直前の状況を聞いた限りでは目を覚ましてすぐに暴れるかと予想していたが、そうでもないようだ。
彼が眠っている間にシジマが急遽用意した女の血液を注射したのが功を奏したのだろう。もちろん、素人が採決を行うことは危険であり、医者の立場としてきっちり注意している。
「症状は、鏡に映ることと書いてありますね。少し移してみても?」
「はい」
スズが持ってきた手鏡を受け取り、加賀に向ける。初めて自分の顔を見たかのようにまじまじと見つめており、自身の顔に興味津々といった様子だった。それもそのはず、多くの吸血鬼は自分の顔を見る機会がない。女の吸血鬼だって、化粧や装飾を施さずとも美しさを保っていられるため、鏡を見て自分を律するという経験は稀だ。
「ドクター、参考になるかはわからんけど、別な吸血鬼からもらってきた指だ。さっき鏡に映らないことは確かめてある。」
そう言ってシジマが差し出してきたのは、尖った爪の生えた青白い指。血が垂れないようにハンカチにくるまれており、根元が赤くにじんでいた。渡された指を気味悪がりながらも鏡の前に置く。
「…映っているな。」
「なぜ!?いや、さっきは映らなかったんだ。うそじゃねえぞ。」
彼が嘘をついているとは思えない。いや、たしかに詐欺まがいのことなどいくらでもしてきた極悪人と呼んで差し支えない男ではあるが、この状況で嘘をつくメリットがないのだ。
「そもそも、吸血鬼が鏡に映らない理由もはっきりしていないんだ。だが、最大のポイントは不死性や吸血鬼としての特性にある、と俺は思う。」
シジマが事前に聞いた話によれば、鏡に映った加賀は著しく再生能力が劣っていた。失われているわけではなく劣っている。鏡に映る映らないという話で言えば、人間と遜色ない程度に映ってはいるものの、たとえば他の弱点である十字架や聖水に関してはどうだろうか?
「吸血鬼の血が薄まった…。たとえば、嗜好にそぐわない血を飲んだらどうなる?吸血鬼も血を流すんだろ。だったらその血はどうなるんだ?」
まっとうな疑問ではあるが、答える者はいなかった。
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