病弱!!初めてのおつかい

深夜まで研究を続けていたレンドは、いつものようにソファで目を覚ました。覚醒すると同時に酷い頭痛が襲いかかる。

頭を焼き切るような痛みに顔を歪めると、起き上がれないほどの重圧がかかっていることに気づいた。


「完全に風邪引いたな……。」


あの雨の日

濡れた体のまま過ごしたのがまずかったのだろうか。それとも、ここ数日、不明のウイルス調査でソファ就寝が常となったせいだろうか。なんにせよ体調を崩していることに変わりはなかった。


「クロム…。シルヴァ…。」


使い魔や妻の名を呼ぶが返事はない。というより、声が枯れて発声できていないのだ。これでは魔術を使うのにも支障をきたしてしまう。ましてや、風邪治療の魔術は患者に合せて媒体や詠唱を用意するため、喉がやられてしまうと治すに治せなくなる。


「ゴホッゴホッ!!きもちわるい…」


眩暈を堪えながら立ち上がって研究室まで歩く。レンドの書庫は魔術の聖域とも呼べるほどに張り巡らされており、危険魔術として封印して会る魔術も残されていた。

治療魔術以外の方法でも治せなくはないと考え、床を這いまわりながらそこを目指しているのだ。


なお、実際の治療としては使わない魔術を無理やり使おうとしているため、この先出ることはない。厳密には認可されていない魔術であり使用禁止である。


「破裂の三方…。代償は我が魔力。ボムマンの導火線。鬼の堪忍袋。怒髪……


ボン!!


部屋が吹き飛ぶほどの爆発音。魔術所を持っていた右手は吹き飛ばされ、顔面が赤く焼けただれている。悲鳴を上げる間もない高威力の衝撃に、レンドは死にかけていた。


「レンド!!何してんだ!?」


轟音を聞きつけやってきたクロムが、即座に治療魔術を唱える。

歪な形で傷が塞がり、火傷後は目立たない程度まで修復していった。だが、クロムが扱える医療魔術では風邪の治療や吹き飛んだ腕の再生までは行えない。


「Dr.シンス!!レンドが大変だ!!シンス…?」

「クロム…朝からうるさいよ…。」


寝室に飛び込むと、眠い目を擦るスズが文句を言う。だが、シルヴァの姿が見当たらない。

スズが辺りを見回すと、ベッドから崩れ落ちているシルヴァがいた。驚いて抱き起そうと触れると、その肌は高熱であった。


「おかあさん!?」

「ごめんスズ、お母さん風邪ひいたみたい。お父さん呼んでくれる?」


熱にうなされているためか、碌に目を開けられずにうわ言を呟く。その赤っぽい顔つきは、だれが見ても風邪をひいていると分かるだろう。


「お母さん!!だ、大丈夫?クロム、お父さん呼んできて…」

「いや、それが…」

「ゴルディア、すぐに来て!!」

「レンドも風邪をひいてるみたいなんだよ…。スズ、どうしよう…?」


スズのただならぬ声音に驚いたのか、全速力でゴルディアの駆動音が近づいてくる。が、途中で倒れているレンドを発見して、家中に非常事態警報エマージェンシーが流れた。

当然、無意味だが。


「ど、どうしよう…。お父さんもお母さんも倒れちゃった……!!」

「お、お、落ち着け!!そうだ、ファスを頼ろう。アイツなら薬の一つや二つ持ってるはずだ!!」

「デスガ、二人ノ店ハココカラ遠イデスヨ。スズ一人デ行カセルノデスカ?」


遠いといっても、ファスの薬屋は町中にある。有名な店であり、スズも二人に連れられて、何度も足を運んだことがある。行き方は覚えていた。ただ、問題になるのは…

「私…一人で出掛けたこと無い…」


七歳にしては遅れている。と思われるかもしれないが、この町に滞在してから一年も経っていないのだ。もともと住んでいたマードレ王国では、友人の家に一人で行くことやシルヴァに頼まれて店に出向くこともあった。だが、日本に来てからは初めてだ。


さらに言えば、出掛ける際はたいていレンドの防御魔導具アーティファクトやシルヴァの道案内用の機械マキナを持たされていた。それらの支援なく出かけた経験はない。

二人の過保護が裏目に出たといえるだろう。


「安心しろ。俺たちがついてる。レンドとシンスはゴルディアが看てくれる。俺とスズで薬を買いに行こう!!」

「うん!!わかった。」

「スズ、危険ナコトハシナイヨウニ。クロムモ、キチント見テイテクダサイネ。」


ゴルディアとスズが協力して二人をベッドに寝かせる。

朝食代わりに食パンを一枚だけ食べると、シルヴァが薬代として持たせてくれたお金をバックにしまい込んで、家を出ていった。


「まったく、ゴルディアは過保護すぎるんだ。あの二人に似てな。」

「クロムもでしょ。薬屋さんぐらい一人でも行けるのに、わざわざ着いてきて」


呆気なく言い返されると、困ったように毛づくろいをしてごまかす。日差し避けの桃色の帽子のせいで、影になっていてスズの表情は読めないが、怒っているというより呆れているかのようだ。


髪色に合わせた白いワンピースを纏う彼女は、年相応のかわいさであり、誰も彼もが過保護になるのも納得できる。ただ、レンドの目つきの悪さや、シルヴァの無表情につられて、冷淡そうな顔つきを見ていると、黒猫を連れていることもあって、小さな魔女のようだ。


しばらくクロムの案内もありながら町を進んでいくと、見覚えのある看板が目に留まる。変形した植物が文字を象っているという独特な立て札。そこには『ファス薬屋』と、シンプルな店名が記載されていた。

ドアを開けると、三人の先客がおり、全員が珍しそうにスズの方を向いた。


「あら、スズちゃん?どうしたの?」

「お父さんとお母さんが両方風邪ひいたの。だから薬をもらいに来た。」

「ああ、風邪を治せるは魔術師の専売特許ですからね」


魔術でもエリクサーでも風邪は治せるが、科学や化学の力では、風邪の完全治療は出来ない。免疫を高めたり、病原菌を弱らせることは出来るのだが、原因のみを取り除くとなると、科学は不利だ。

無論、科学が優れている部分も多々あるが、それはまた別の機会に。


「ごめんね。ちょっとだけ待っててね」


いくら知り合いと言えど、患者として来ている以上線引きは必要だ。

だが、気を使ってくれたのか、他の患者たちはファスではなく、リチに相談をしてくれていた。


「じゃ、これ。こっちがレンドの薬で、こっちはシルヴァちゃんの薬ね。出来れば食後に飲ませてほしいけど、食欲が無さそうなら代わりに、ヨーグルトやゼリーでもいいわよ」

「うん、分かった。」

「家にはスズのおやつで一個しか無いぞ。ついでに買っていこうぜ。」


さいわい、薬代として持たせてくれたお金には余裕がある。二人分の食事ぐらいは買えるだろう。


「ごめんね。忙しくなかったら、私かリチ君が一緒に行ってあげられたんだけど…」

季節の変わり目で体調を崩しやすいのだろう。次から次へと風邪気味の患者がやってきては薬を買っていっていた。


道中のマーケットでペースト状のレトルトお粥と四つ一組のゼリーを買っていく。さすがにスズが料理をするのは危ないが、ゴルディアに『電子レンジ』という機械マキナの使い方を教えてもらえばレトルト食品を使えると、クロムが気を利かせたのだ。


「ただいまー」

「オカエリナサイ。大丈夫デシタカ?」

「ゴルディア、電子レンジの使い方教えてくれ。」


スズが買ってきたものを、細いアームで器用に受け取って、レトルト食品の包装を開ける。スズとゴルディアが二人の食事を整えている間に、レンドが吹き飛ばした書庫の片づけを始めた。


食事を済ませて薬を飲み終えると、二人はスズの頭を撫でてもう一眠りし始めた。二人の隙間に潜り込もうとすると、クロムとゴルディアに止められふてくされる。


「お前が風邪ひいたらシャレにならないから。」

「代ワリニ向コウデ遊ビマショウ?」


一時間とせずに二人は回復して、完全復活を遂げた。が、翌日スズが風邪を引いた。

まあ、子供の免疫力は弱いものだ。なにより、風邪患者の多い薬屋にマスクもせずに行ったことが原因だろう。クロムはゴルディアに叱られたことは…割愛しよう。


「クソ、お前も何も言わなかったじゃねえか…」

「エ?ナンデスッテ?」


 ……To be continued

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