片鱗!!Dr.〇〇〇

「ドクター、この前風邪ひいたんですって?」

 腰に魔術式を描かれた老人が警戒に笑う。彼の言葉にレンドは口元を歪めた。


「はぁ…。なぜ知ってる?」

「娘さん、スズちゃんでしたっけ?あの子が一人で薬の袋持って歩いているのを見かけたんですよ」


 手を貸そうかとも考えたが、レンドが何らかの魔術で守っているものだと思い、余計な世話を焼かずにいたのらしい。しかし実際は、黒猫が一匹保護者代わりにいただけだ。


 その時のスズの気持ちを考えれば、いらぬ世話であったことに変わりはないが、親としてはヘルニアがついていてもらった方が心強かっただろう。クロムに対して信頼は寄せているが、不安が付きまとうのだ。

 これは、理知的な見方ではなく、純粋な親としての心配である。


「で、風邪は大丈夫なんですか?」

「ああ、その点については心配するな。ほんの少し研究が難航して寝不足だっただけだ。医者の不摂生とは笑えないものだがな」


 処置を施しながら自虐的な笑みを零すと、ヘルニアは愛想笑いをひとしきり浮かべてから、いつかのような神妙な面持ちに変わる。彼がこういう顔をするときは、たいてい奇病患者の話をする時だ。


「先生、俺の息子の友達を助けてやってくれませんか?」

「なるほど、話を聞こうか」


「今度本人を連れてきますが、彼はいわゆる植物状態って奴なんです。けど、夜になるとゾンビのようにうめき声を上げる…。昼間は全く喋れないんですよ?夜だけ動くなんて…モンスターみたいじゃないですか。」

「夜にだけ動く…?何時ごろだ?」

「さあ、そこまでは…。息子も、話を聞いただけで実際に見たわけじゃないですから」


 カルテに書き記したメモには、いくつもの病名が書かれているが、最終的な判断が難しい。やはり直接診察するのが確実だろう。だが、その患者が入院している中央病院は、現在出禁になっていた。

 ヘモフィの一件で病室を一部屋血まみれにしたことを、院長に怒られてしまったのだ。それと、勝手に入ってきたことと、患者を主治医の許可なしに治療したことも併せて怒られた。


『今回は患者が治っているわけだし大目に見るけれど、失敗した時の責任は取れないでしょ?君たち二人が優秀な医者であることは認めてるけど、僕たち凡人には凡人なりの治療があるんだよ』

 と、言われてしまったのだ。


「悪いがヘルニア、俺がそっちに向かうのは難しいから、患者に診療所に来てもらうように出来ないか?」

「ああ、今面倒を見てるのが彼女さんらしいんで、息子を通じて話してみますわ。」


 病院の手続きなどを含めると、最低でも数日は掛かる。

 治療を終えたヘルニアを見送った後、少しでも似た省令を調べるためにと、レンドは自分の書庫に引きこもり始めた。


「と、いうわけでしばらく研究はストップだ」

「わかったわ。それより、その患者気になるわね…」


 その日の夕食時シルヴァに事情を話す。今回に関しては、危険性の大きい病気でないと判断して、スズも同行させる予定だ。

 普段からスズと共に診療を行っているのは、冷淡な表情の医者二人に診療されると、どうしても患者は委縮してしまい、必要なデータが取れない恐れがある。そこにスズがいることで、二人の表情も和らぎ、患者の緊張もほぐれるからだ。と、いうような高度な考えではない。


 シンプルにスズが二人の傍にいたいからであり、二人がスズに傍にいてほしいからである。仕事柄離れ離れの時間が多く、互いにさみしい思いをするのだ。


「速く大人になって、助手じゃなくなりたいな…」

「そのためには経験を積め。年を食っただけの大人なんぞ、俺は認めないからな」

「今のうちから、目一杯遊んで、目一杯勉強して、目一杯寝ておきなさい。あと、ちゃんとミニトマトを食べること。残したら家でお留守番させるよ」


 ため息をつきながらも、素直にミニトマトを口にほおりこむ。

 彼女の隙嫌いの癖は十中八九レンドに似たのだろう。彼は未だに味噌汁に手を付けないでいた。無論残そうとするとシルヴァに睨まれるため、何か言われる前に飲み干すのだが。


「クソ…なんでコンソメスープじゃなく味噌汁にしたんだ…。どう考えても食べ物の色じゃないだろ…」

「レンド?何か文句があるのかしら?」


 美味いとは思っているが、色合いが好きになれないらしい。ちなみにスズのミニトマト嫌いは食感がお気に召さないらしい。同じ理由でトマトも苦手だ。


 それから数日たって、手続きを終えたのか、件の患者がやってくる。

 患者の名前は『ダンケル・ハイド』

 動けない彼を連れてくるのは、ダンケルの恋人であるカーラという女性だ


 日本独特の名前ではないにもかかわらず、ダンケルは黒目黒髪だった。もともとはカーラ同様明るい青色であったらしいが、病気を患ってから黒く染まったという。


 診療所に来たダンケルは、死人のような顔つきであり、全ての臓器が活動を止めている。本当に死んでいるかのような硬直状態に陥っていて、存在自体が希薄なように体重が軽かった。それこそ、細身のカーラが背負って診療所まで来れるほどに。


「これは…ミイラと言われても納得できるレベルだな」

「……脳死というより、普通に死んでるわね。とりあえず夜まで待ってみましょう」


 ベッドに寝かせようとすると、カーラがその手を止める。


「夜じゃなくても動きます。暗闇なら…。」

「暗闇?スズ、カーテンを閉め切ってくれ。シルヴァ、暗視系の機械はあるか?」

「ええ、大丈夫よ。スズとカーラさんはこの眼鏡を使って。」


「暗黒の正方。代償は我が魔力。照らす光。願いは一つ、夜を作れ」


 空中に四角形の図形が浮かび上がり、奇妙に重なり合っては魔術式を描いて魔力が通り抜ける。魔術というのは事前に書いておくのが基本。しかし、即自的に必要になる際は自身の魔力を図形として空中に表し、詠唱を用いることで媒体なしに魔術が使える。


 基本形は三方、正方、八方、十方、円環。それらに代償と願いを咥えることで魔術という名の奇跡が起こる。ただし、レンドはそれ以外の方法も隠している。そのうち出てくるかもしれない。


 一切の光を失い、暗闇が診療所を包む。無限に光を吸収し続ける魔術が、ある限り、扉を開けようと炎をともそうと光源とはならない。


 その薄暗がりで死体は動き出した。

「こ…ここは…?」

「ダンケル!!大丈夫…!?」


 驚愕する。今の今まで死体だったはずの男が立ち上がったのだ。

 男の脈や心音を聞く限り、普通の一般男性と同じであり、何ら異常には見えない。発声や身体機能も生きている人間そのものだ。


「確かに奇妙だが…魔術の痕跡があるな」

「そんな…僕は魔力を持っていないんですよ…!?」


 世界人口の半分は魔力なしで生まれる。といっても魔力を持っている人間が全員魔術師になるわけでもないこの世界では、差別的な意味合いは低い。魔力がなくとも魔術師にはなれるからだ。

 むろん、常人からかけ離れるほどに努力が必要だが。


「いや、お前が魔術を使ったわけではなさそうだ。誰かに魔術を描けられている。何か心当たりはあるか?」

「…あ!!この間の占い師」


 突然カーラが声を上げて、それに反応したDr.マギカが驚いたようにのけぞる。最初は首を傾げていたダンケルもかーらの声にせがまれて思い出したようだ。


「Dr.ウラン?そんな感じの名前の男に声を掛けられたんです!!」

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