天才魔術師と冷酷科学者が娘と暮らす話
平光翠
天才⁉ドクター・マギカ
チクタクチクタクチクタクチクタク……
鳥の鳴き声と針の動く音。
まるで殺されたかのように机に突っ伏した男がいた。勿論、死んでいるわけではなく寝ているだけだ。その証拠に微かながら寝息を立てている。
閉め切られた部屋にわずかな光が差し込む。
日が昇り始めても眠ったままの彼の家に、来客を知らせるチャイムが響いた。だが、彼は気付かない。
すると、背後の扉が開いて少女が部屋に入ってくる。男が着ている白衣の裾を掴んで引っ張って起こそうとしていた。
座っている男の腰ほどの身長。光を反射させている銀色の髪は肩にかかっており、白のトップスと相まって気品を感じさせる。男を見上げる表情も落ち着き払っており、背丈以外はとても幼女には見えない。
「ドクター。起きて。患者さんが来たよ」
袖をつかみながら揺らす。
『ドクター』と呼ばれた男は、寝ぼけたまま空返事をする。
しばらくしても起きないとみると、幼女は部屋を出ていき、待たせている患者の元に向かった。
「ドクターはまだ寝てる…。こっちのベッドで横になってて」
「……ありがとね、お嬢ちゃん。君はドクターの娘さんかな?」
困惑した表情の老人が尋ねる。杖を支えに腰を抑えながらよたよたとベッドへ歩く。
彼の歩幅に合せるようにゆっくりと案内すると
「私はスズ・マギカ。ドクター・マギカとドクター・シンスの娘で助手。先生を呼んでくるから待ってて」
去り際にそう言い放って駆け出して行った。
それから数分と経たずに長身の女がスズを抱きかかえながらやってくる。
先ほどの男よりきれいに整えられた白衣。真っ白に染められた長髪はゴムでまとめられており、娘同様光を反射して輝いていた。細く透き通るような薬指には小さな宝石が埋め込まれた結婚指輪をはめているが、その顔立ちは若々しく、娘がいるとは思えない。
しかし、他ならぬ彼女が抱く幼女こそが証明だった。
「はじめまして。カルテを見させてもらったけれど、普段はドクターがお宅に伺って経過を見る程度よね?診療所に来るのは初めて?」
「ええ、そうです。ちょっとぎっくり腰をやっちゃいまして…」
頭を掻きながら恥ずかしそうに笑う壮年の男の腰に目を向ける。
目元でキュイィという独特な駆動音が鳴ったかと思うと、手元のカルテに何かを書き加えた。
「これ、私が発明した
男に渡したのは『コルセット』という機械。
特別な装置が仕組まれており、患者の腰の状態を自動で検知して、痛みが少なく矯正してくれるスグレモノだ。
「おわ…。おお、腰の痛みが…」
「成功かしら…。違和感は?それをつけたまま立てる?しゃがんだりは?」
名乗ることも無く粛々と治療を続けていく。
まるでモルモットを操るように立てや座れやと命令を繰り返していると、バタバタと騒がしい音が鳴り響いた。
「シルヴァ!!勝手に俺の患者を診察するな!」
「あら?急患を放って寝ている魔術医が偉そうに
荒々しく扉を開けたその男こそが『ドクター・マギカ』
医者にあるまじき不健康な顔つきと、痩せた体躯。
薄汚れていて裾には泥の付いた白衣を身に纏い、暗い紺色の髪は寝癖でハネていた。
「お前は!勝手に俺の患者を診るなと何度言えばわかる!」
「アンタのバカみたいな魔術で人が治せるものですか!絶対にいつか魔術の存在を否定してやるわ」
「ああ、存分にやってみるがいい。お前のような馬鹿に否定される余地はないがな!!それに、怪しくあやふやなのはお互い様だ。お前の不格好な
「ハンッ!アンタはいちいち台詞が長いのよ。」
患者の前で醜く言い争いを続ける。
老人が腰に負荷をかけてまで止めようとすると、隣の幼女が首を振る。
「ああなった二人は簡単には止まらないから。」
まるで、見慣れた光景だと言わんばかりの表情を浮かべる。
隣の部屋からお茶を持ってくるとベッド脇のテーブルに置いて、二人の行く末を見守るように促し、自分も椅子に腰かけてミルクを飲み始めた。
結局十五分以上言い合いを続けており、老人が帰ろうとした辺りで正気を取り戻したようだ。
「すまない。見苦しい場面を長々と。」
「いやぁ、それは大丈夫なんですけど…。意外ですね、先生があんな風に奥さんと喧嘩するなんて。それに娘がいるなんて話、聞かされてないですよ。」
「…言う必要があるのか?」
幾つもの針を見つめながらそっけなく返す。
どこにでもあるような針ではあるが、その一つ一つに魔術を仕込んでいる最中であり、立派な治療の一環であった。
「…なんです。その針は?まさか飲めなんて言いませんよね…?」
ベッドでうつ伏せの老人が怯えた声で問いかける。
さすがに針を飲ませる治療法など無いため、かすかに苦笑いを浮かべた。
「東洋には『針治療』というものがあるらしい。人間の要所に針を刺し、その刺激でもって体の健康を保つそうだ。それを医療魔術に取り入れてみた。悪いが実験体になってくれ」
「ほ…本気ですかい……?」
それはまるで、雨に濡れたチワワのように震える。
この老人、今年で62歳を迎える元傭兵だ。にもかかわらず、ドクターマギカの冷酷な視線に耐えきれず、目を逸らしてしまう。
「なぁに、安心しろ。なるべく痛いようにはしない。……おそらくな。」
ブスリと、老人の背中にいくつもの針が刺された…。
「あれ?痛くない…。むしろ…心地いい!!」
「ふうむ。やはりこの天才魔術師の計算に狂いはない。まぁ多少間違えて刺しても、刺し傷を回復させる魔術も一緒に編んでいるから心配はないさ。」
いちいち不安をあおる一言に恐怖しながらも治療は進められる。
背中に針を刺される違和感にも慣れてきたのか、老人は雑談を始めた。
治療も終盤に差し掛かると、彼が何かを思い出したかのように言う。
「そういえば、ドクターはなんでも治せる医者なんですよね?」
「ああ、そうだな。俺の魔術なら『魔力アレルギー』ですら治せるぞ?」
魔術医師が頭を抱える奇病。
通常、魔術を行使するには魔力という不可思議なエネルギーを動かす必要がある。
だが魔力アレルギーの患者は、治療のための魔力の動きに対してアレルギー症状を引き起こしてしまう。人類の半分は魔力を持たずに生まれるため、生きていくことに不便はないが、魔術師の家系に生まれた魔力アレルギー患者は悲惨であることは想像に難くないだろう。
もっとも、そんな奇病でも直して見せるのがドクター・マギカであるが…。
「はぁ…。それじゃ、
「骨が…突然折れる?」
男の顔つきは、先ほどまでの朗らかな表情が崩れて、深刻そうな目を向けた。
「頭が馬鹿になったかと思われるかもしれませんが、これから話すことは嘘偽りのない真実です。」
「…安心しろ。俺以外の人間は総じて頭が悪いと思っている。」
彼なりの冗句のつもりだったが、老人は少しも笑わない。
「隣の家に、家族で暮らしている至って普通の家庭があるんですがね…。ある日を境に、娘さんの絶叫が聞こえるようになったんですよ。あまりにもうるさいもんで事情を聴いてみたら、その娘の骨が突然折れるらしいんですわ。嘘だと思って実際に見に行ってみましたが…、今思えばやめておけばよかったんだ。たった十歳の女の子の骨が折れる音なんて…もう二度と聞きたくない…。」
悲壮感漂う表情だが、反面マギカの顔つきは鋭い。
まるで何とも思っていないようにメモを取ると、治療を終えた老人に言い放った。
「その娘と家族を連れてこい。その娘の奇病、俺ならば治せる。」
「な、治せるんですかい?」
「ああ、十中八九治せるだろうな。無論、間近で見ないと分からないことは多い。が、この俺に治せない病はない。もし俺でも治せないとなれば、患者が病から解放されるのは死んだときだけだ。」
続けて魔術師は言う。
「魔術は万能じゃないが、すくなくとも俺は完璧だ」
あくまで自信たっぷりに告げるのだった。
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