登場!!ついに動いたDr.ウラン

「お帰りお母さん。」

「マスター、仕事ハドウサレマシタ?」


 シルヴァが家に戻ると、スズとゴルディアが人形遊びをしていた。万が一感染症の原因が魔術であった時を想定して、レンドの使い魔であるクロムに協力を仰ごうと思ったが、どうやら出かけているらしい。スズやゴルディアに行き先を聞いてみても、二人とも知らないと答えた。


「んー、まあいいわ。ゴルディア少し手伝ってくれる?スズ、危ない病気だから近づいちゃだめよ。」

「わかったー。リビングにいるね。」


 感染症の原因や治療方法はレンドが見つけてくれる。そのことを期待してシルヴァがやるべきことは発生源となった発電所の調査だ。ゴルディアの背面を取り外してコンピュータという機械マキナと接続する。複雑な配線と特殊な電波によってさまざまな機械たちと交信することができるのだ。


「都市部と言っていたけど、具体的にどの辺りかしら?さすがに東京に発電所を作るとは思えないし…。」

「東京近クノ海岸デ埋メ立テ事業ガアリマスヨ。ソコガ怪シイノデハ?」


 ゴルディアが様々な機械の情報を探索し、調べ上げた情報によれば、新たなクリーンエネルギー開発と称して、東京湾岸を埋め立て発電所を新設したらしい。さらに奇妙なのが、その情報は完成ぎりぎりまで発表されなかったことだという。


「明らかに怪しいわね。」

「現在ハ都内ノミニ送電シテイルヨウデスガ、安全性ヲ確保出来シダイ国全土ヘ広ゲルトノコトデス。」


 街への送電実験は、専用の機械によってシミュレートしてから行うのが基本。そのシミュレーターの開発責任者であるシルヴァに事実を隠蔽して発電所敷設計画を進めているというのは、裏に誰かが絡んでいる証拠でもあった。

 顔なじみの官僚や国営発電所責任者に電話をかけてみるが、応答がない。不審に思って、知り合いを通じて連絡を取ろうと試みるが、一週間ほど前から家にも帰っていないという。それはちょうど、最初の患者が運ばれてきた時期に相当する。


「ゴルディア、ちょっとまずいことになるかもしれないわ。Dr.ウランの狙いがわかったかもしれない。急いでレンドに伝えなきゃ…。とにかく、スズと一緒に逃げる準備を整えておいて!!」


 絶縁仕様の作業機を脱いで白衣に着替え直す。足のブースターの電源を入れて急いで総合病院までもどろうとすると、玄関にはフードの被った男がいた。服から出している手先などは病的なまでに白く、女のように細い。背丈を見て男と判断したが、単純に背の高い女と言われても信用できてしまいそうだ。


「Dr.シンスで間違いないな?」

「アンタ、Dr.ウランかしら…?そっちから来てくれると手間が省けて助かるわ。」


 チラリと背後のコンピュータに目を配ると、ゴルディアとの接続を切った矢先にハッキングされ居場所を突き止められたらしい。すでにオーバーフローを起こしてデータが吹っ飛んでいる。

 逃げる算段を整えようとしたばかりであり、家の中にはまだスズがいる。ここで戦おうなどとは考えられない。男は片手に頭部だけになってしまった黒猫を引っ掴んでおり、まぎれもなくレンドの使い魔、クロムであった。


 それは、遡ること数時間前。




 レンド達はヘルニアから総合病院で奇病患者がいるという話を聞いて一目散に飛び出した。その際、手の空いていたクロムに街中で奇病の原因となりそうな不審なものがいないか調べるように命じていたのだ。

 使い魔らしく与えられた任務に取り掛かっていたところ、不審な魔力を抱えた男と出会ったというわけだ。


「この町にレンド以外の魔術師がいたとはな…。魔術名刺を見せな。」


 公的権限もないただの黒猫の戯言。だが、彼はれっきとした化け猫であり、言葉に魔術を乗せることで命令を実行させるなどたやすいことだった。ある種の洗脳魔術で本来は精神病患者の症状緩和に役立てられる魔術だ。


「残念だけど断るよ。まだ、人類の幸福のために捕まるわけにはいかないからね!!」


 フードを被った男はそう言って全力で跳躍する。足元に張られたいくつもの魔術が彼の体を浮き上がらせ、空中を闊歩して逃げ出した。明らかな不審人物に対しクロムは即座に追いかける。

 魔術師としてはあまりに格下。何度も魔術式を書き損じては段々と高度を下げている。最初は油断させるための罠かとも思ったが、扱う魔術の幼稚さ、精密性の無さ、不当性から判断して、レンド達が探しているDr.ウランとは別人物であると判断してしまった。


 呆気なく路地裏に追い詰めたところで、化け猫へと姿を変えたクロムに対して爆炎の一撃。あまりに遅い魔術詠唱を飄々とかわすが、続けざまに水砲や風刃が放たれた。


「ずいぶんと貧弱な魔術だな。魔術師になったばかりなのか?」


 殆どの魔術詠唱をミスしており、ほぼ暴発した魔術をがむしゃらに投げているに過ぎない攻撃だった。当然、その程度の魔術を避けるのは容易く、与しやすい相手だと侮ってしまうのも仕方ない。しかし、化け猫状態に昇華した姿では手加減など出来るはずも無く、次第に魔術師の体力を削っていった。


 余り当たることのない見え見えの反射魔術を何度もヒットさせ、はっきりと格の違いを知らしめているはずだった。嬲るのは構わないが無暗に傷つけるとレンドに怒られるため適当なところで眠らせてしまおうと睡眠魔術を詠唱し始めて、違和感にようやく気付く。


「さっき、どうやって俺の言霊を防いだ!?」


 フードの下で男が不敵に笑った気がした。

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