呪法!?宝石と幸福
その日は珍しくレンドは休みだった。
日頃、何かと理由をつけては診療所から出ることの少ないレンドは、スズに強請られて二人で市場へときている。本来ならば、シルヴァも呼ぶべきだが、休診日でもないのに診療所を閉めるわけにはいかず、家で留守番をしてもらっている。
「ええと、卵とネギ…洗剤…。結構多いな」
「お父さん、バルーンアートだって!!見たい!!」
スズに手を引かれて、市場の手前で行っている大道芸を見つめる。派手な装いの小太りの男が、今にも破裂しそうな風船を器用に捻じ曲げて犬の形を作った。
続いて作ったハート形の風船をレンドに手渡そうとするが、ピエロの意味ありげなウインクで察して、受け取りを拒否する。
わざとらしく落ち込んだ様子の男が代わりに、スズに風船を渡した。
「もらっていいの?やった!!」
嬉しそうに風船を見せびらかす彼女の頭を撫でてやると、周囲からほほえましそうに拍手が送られた。恥ずかしさのあまりその場を立ち去って鶏卵売り場に向かう。
おひねりを投げ忘れたことを思い出して、物体転移魔術をその場で描き上げると、財布に入った千円札を一枚ほおり投げる。おそらくピエロの元まで届いたことだろう。
「たまには外出も悪くないのか?」
「お母さんがいつも言ってるよ。引きこもってたって、いいアイデアは浮かばないって。技術の進歩はいつだって世界にしか転がってないんだって。」
「フン、それは人の受け売りだ。自分の言葉のように言いやがって。」
その言葉は、レンドの母が口癖としていたもの。レンドの両親は共に電気工学士であり、扱える人間が限られたエネルギーである魔力を、だれでも普遍的に扱える『電気』というものへの変換機構を考え出した第一人者である。
今でこそ、世界中の発電機の構造を考えているのはシルヴァとされているが、原型はレンドの両親とシルヴァの両親が考え出したものだ。
もっとも、しばらく登場する予定のない彼らの話は置いておくとしよう。
「次は…魚か…。ついでに魔術媒体も揃えたいな。スズ、こっちだ」
レンドに手を引かれて市場を歩き回る。すると、見覚えのある顔が通りがかった。相手も気づいたようで、歩みを止めて振り返った。
「ドクター!!お久しぶりです」
「ヘモフィか…!!元気そうで何より。あれから経過はどうだ?」
前に見たような黒い服ではなく、青色の爽やかな服を着ており、隣には妹らしき少女を連れている。青白く病的だった顔つきもすっかり血色を取り戻しており、鬱々とした表情もなく、元気に過ごしているようだった。
「おかげさまで何よりです。それに、あの事故のせいで親友のホースを失ってからは、彼の分まで頑張って生きていこうと思ったんです!!ホースと先生のおかげですよ!!」
ホースとはあの時の馬だろう。
聞くところによると、幼いころから一緒に過ごしてきた愛馬に頼りきりだったせいで、おどおどした性格が治らなかったという。親友であるホースを亡くしたことで、その甘えた性格から抜け出せたとのことだ。
しばらく世間話を続けると、退屈そうに彼の妹であるアリスがあくびをし始めた。ヘモフィも両親からお使いを頼まれているようで、適当なところで話を切り上げ別な方へと歩き出してしまう。
「お父さん、お医者さんて楽しい?」
「そりゃあ、今みたいに治した患者に感謝をされれば楽しくもなるさ。」
「……私も早くそうなりたいな」
場面は変わって、シルヴァが留守番をしている診療所にて。
定期診察をしている患者のカルテをまとめていると、診療所の扉がノックされる。有名というわけではないが、腕は確かであるため予約患者が多いこの診療所で、予約なしの急患というのは本来は珍しいことだった。
「はあい。開いてるわよ」
「失礼する。Dr.マギカは居るか?」
ハイブランドスーツの模造品を着込んだ怪しげな男。一歩後ろには薄桃色のドレスに煌めくような桃色の帽子を被った女が立っている。
凶悪そうな面構え、ごつごつとした体格に鋭い目つき、ところどころに趣味の悪い金装飾を身に付けており、だれがどう見ても裏社会の人間だ。
そして、悪い意味で有名なその男のことを知っていた。
「取立人、カオル・U・シジマさんね。借金取りがうちに何の用?あのバカがあんたから金を借りるとは思わないけれど?」
「今日は取り立て屋として来たわけじゃない。患者だ。俺と、ジュエリーの病気を治してほしい。」
俯いたまま顔を上げようとしない傍らの女に目を向ける。この女がジュエリーと呼ばれた少女であるのだろう。
「……とりあえず、中に入りなさい。Dr.マギカは外出中だから、私が代わりに聞いてあげるわ。」
幸福の取立人と呼ばれる男が抱える病。科学者として興味が尽きない。思いつめたような表情のジュエリーも気になるが、それ以上に科学者としての探求心が疼いた。
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