拒絶!!私の病気は私のもの

 薄暗い店内。魔術用品の取り扱いを主とする『魔術屋』だ。とくに必要なものがあるわけではないが、何も考えずに並べられた魔術媒体を見ているのは楽しい。

 無論、スズに退屈をさせないように、子供向けの魔導玩具をいくつか見繕ってやる。特に使う予定があるわけでもないのにユニコーンの角をいくつか買い揃え、魔術紙スクロールもついでに買っていく。


 そろそろ店を出ていこうかと考えていると、レンドの脳内にけたたましい警報が鳴り響いた。診療所に仕掛けてある防御魔術が反応したのだ。


「スズ!!急いで帰るぞ!!」

「え?どうしたのお父さん?わっ…!!」


 荷物を空中に浮かし、スズを抱きかかえる。足に力を籠めると靴に仕込んだ加速魔術が反応して超スピードで道路を走り抜けた。


「口を閉じておけよ。舌を噛むぞ!!」


 白衣に隠した跳躍魔術や身体能力強化魔術の書かれた媒体を惜しげも無くばら撒いては、それらを踏みつけキロへと急ぐ。シルヴァが家にいる限り、そこまで不安があるわけではないが、万が一ということもある。

 しばらく空中を駆けていくと、途中で同じように空中を走ってレンドの方へと向かう黒猫と出会った。


「ドクター!!患者が暴れてる!!」

「やっぱりか…!!クロム、スズを頼んだ!!」


 クロムにスズを託すと、レンドはさらに加速していく。スズの体に負荷がかかるため使えなかった魔術も同時発動させているのだ。


 スピードはそのままに、診療所の窓ガラスをぶち破る。顔を上げれば、片腕を失ったシルヴァの姿がある。彼女の向かいには石化したスーツ姿の男と、石くれに体を埋めたピンク色の少女。

 女の左腕から伸びた岩石が、シルヴァの首を絞めており、何らかの機械マキナによってそれらを食い止めているようだった。


「爆裂の正方!!代償は我が魔力。導火線。火の魔石。願いは一つ、巨石を破壊しろ!!」


 咄嗟に編みこんだ魔術が石腕を破壊する。ドレスの女に睨まれると、彼女の口から結晶のようなものが飛び出してくる。間一髪で躱したものの、真横で砕けた宝石が腕に突き刺さった。


「シルヴァ!!この女、患者か?敵か?」

「患者よ。…おそらくね!!」


 魔術、というよりは呪いに近い。たしかに魔力反応はあるのだが、魔術と呪術では神秘に変わりはなくとも手順に大きな違いが生まれる。だが、彼女の呪いは濃密でありとてもじゃないが解呪というのは不可能だろう。


「先天性の呪いか。下手に治すと殺しかねない。一種の暴走状態とすれば、抑えることは出来るが…」


 暴走にしては狙いが正確すぎる。むしろ、望んでいるかのようだ。

 命中精度だけではない、シルヴァが機械を動かそうとすれば先んじて止めようと岩石を操るし、レンドの魔力の流れも感じ取っているようで、無力化魔術を編む時間がない。


「私を治そうとしないで!!私から、カオルを奪わないで!!」


「シルヴァ!!」

「わかってる。女の方は『宝石病』石化してる男は『不幸病』よ。おそらくね!!」


 潰そうとしてくる岩石群を躱しながら、シルヴァに目を配ると、察した彼女が答えてくれる。どちらも症例の少ない奇病であり、ましてや生まれつきともなると、初めての事例だった。

 幸い治療法は確立しているし、時間はかかるが改善することもできる。


 だが、どうやらドレスの女は、治療を望んでいないようだった。


「Dr.シンス。この患者貰うぞ。」

「アンタの魔術に頼るのは忌々しいけど、しょうがないわね」

「いや、魔術はつかわない。むしろ、治さない。」


 巨大な岩石の前に立ちはだかると、無数の尖った岩がレンドの体を貫く。全身から血が零れるのも構わずにドレス女の目を見つめ、ただ一言。


「今日はどうされましたか?お話聞かせてください。」


 世界一の魔術師も、今は医者である。

 ならばやうべきことはただ一つ。診察だ。患者を治すだけが医者ではないのだ。患者の話を聞くのも医者の仕事である。


「うるさい!!うるさい!!私の幸福を奪おうとするやつは、絶対に許さない!!これ以上私は不幸になりたくない!!カオルは私のもの!!私はカオルのもの!!」

「ええ、ですから話を聞きたいのです。どこが痛みますか?心ですか?治すとは言わない。ただ聞かせてほしいのです!!」


 いつになく穏やかな表情。患者のためならば、殺人もいとわないという覚悟を持った、天才魔術医の覚悟の表れだった。


「私の病気が治ったら、カオルの病気が治ったら、私たちは離れ離れになっちゃう。一緒にいる理由がなくなっちゃう。それは嫌なの。」

「そんな訳ねえだろ。なんで、一緒に居られなくなるんだ?」


 いつのまにか、男の石化は治っていた。女の力が弱まった隙にレンドが簡易解呪魔術を唱えたのだ。


「不幸病が治ったら、カオルはお金を稼げなくなる。それに私の宝石病が無ければ、カオルはお金そのものが必要なくなるでしょ。そしたら、不幸病の呪いも無いカオルは私といる理由がなくなる…」


 不幸病は、当人の禍福のバランスが厳しくなる病気。

 通常の人間は6の不幸に対して、4の幸福が訪れるようにできている。しかし、その人の選択次第では不幸の割合が多くなることやその逆になることが多々ある。

 だが、不幸病はその均衡が崩れない。


 逆に言えば他人にどれだけの幸福を与えても、バランスが取れるということであり、それを利用して闇金まがいのことをしていたわけだが。

 宝石病を患う彼女と共に生きることで不幸とされ、どれだけ幸福を貸し与え、対価に不当な金額を要求しようとも、絶望的な不幸が訪れない仕組みだ。ジュエリーはだからこそ自分なんかと結婚してくれたのだと考えていた。


 しかし、男は叫んだ。

「お前といて、不幸だなんて思ったこと一度もねえよ!!」


 紛れもない本心。


「俺は、病気なんてなくてもお前と一緒に居たい!!お前が好きなんだよ!!」


「ごめん…なさい。それでも私…。自分のことが信用できないの。結婚指輪ひじょうしょくを食べるのも、空腹なんかじゃなくて、愛されていると感じたいからなの!!本当に、ごめんなさい…」

「…そうか。ならわかった。この病、お前と共に一生背負ってやる。だから、帰ろう?」


 荒しに荒らされた診療所を四人で片付け、破損した設備の代金は後ほど払いに来ると言って二人は帰っていった。最後の時まで不安そうにするジュエリーを見て、レンドは独り言のように呟く。


「先天性の不幸病を治そうと思ったら、一体どれだけの不幸を対価にするんだろうな?きっと治そうとすれば死に至るんじゃないか?それか百億円は貯めなきゃ治せないだろうな」


 命の対価が百億などとくだらないことが言いたいわけではない。

 ただ、患者を励ますために思いついただけの数字だ。


 それでも安堵したように帰っていくジュエリーを見て、軽く微笑むレンドだった。


「それにしても、お熱い夫婦だったわね。私もあのぐらい愛を叫ばれてみたいわ。…冗談よ」

「…分かってる。くだらない冗談の前に手を動かせ。……お前のことは、大切に思ってるさ。だから、こうして駆けつけてきた。勿論スズもな」


 ……To be continued

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