パンプローナ②

 パンプローナは、カミーノ沿いにある街の中でも相当発展した大都会だ。お店も人もたくさんで、基本的に、この街で手に入らない物はないと思っていい。サン=ジャン=ピエ=ド=ポールから二日歩いてきて足りないと思った物を、この街で買い足していく巡礼者も少なくないみたいだ。

 でも、この街と言ったら一番有名なのはやっぱり……サン・フェルミン祭、通称「牛追い祭り」だと思う。

 街の中に放ったでっかい牛を誘導して、闘牛場まで連れていく。その途中で牛に体当たりされた人が大怪我したり、観戦していた人たちの中に突っ込んで死人がでちゃったりするような、危険なお祭りだ。でも、その危険な感じが逆にウケてるのか毎年世界中から観光客がやってくるし、パンプローナの街中にはそのお祭りの牛の銅像が作られてたりもする。ちょうど来月がその牛追い祭りの月だってことで、あちこちでその準備とか、宣伝のポスターが貼ってるのを見ることができた。牛追い祭りと、その中で行われる闘牛は、この街にとって最大の観光資源なんだ。

 あたしも、地元のバルセロナの闘牛場になら何度か行ったことはあるけど……。あれはもう、だいぶ前に実際の闘牛をするのは禁止になってて、今じゃあただのデパートになっちゃってる。そういう意味では、牛追い祭りとか闘牛に興味がないわけでもないんだけど……。でも、一応スペイン在住者として「見ようと思えばいつでも見れる」とか思っちゃうと、わざわざカミーノの途中で見なくてもいいかな、なんて気持ちになる。それに、実際に牛追い祭りが始まっちゃったら、そのために道とか封鎖されて、店とかもしまっちゃうところも多いらしい。そういう意味でも、牛追い祭りの時期をずらせてこの街に来れたのは、結果としては良かったと思った。



 街を囲う城壁を超えると、石畳の道路や中世のゴシック建築を残した、シックでおしゃれな旧市街の街並みが広がる。石造りの古めいた外見の中に、最新の流行とかファッションを取り扱うお店が入ってたりするのに、ミスマッチな感じにはなってないのが不思議だ。そんな旧市街の中心部辺りの公営のアルベルゲにチェックインしたあたしとアキちゃんは、そこで一旦ヒジュちゃんたちとは別行動になった。

 ヒジュちゃんたちは、パンプローナに来たからには闘牛場の映像は外せない。ということで、闘牛場にユーチューブ動画を撮りに行くらしい。一方のあたしたちは、当初の予定通りにアキちゃんの装備を買い揃えるために、近くの大きなスポーツ用品チェーン店に向かった。


 そこは、さすがにカミーノ沿いの街の店だけあって、巡礼者向けの商品は専用コーナーが作られてたりして、結構充実していた。その店員さんとも相談しながら、アキちゃん用の装備を揃えてあげることにしたんだけど……。


「は? なんでワタシが、こんなダサい服を着なくちゃいけないのよっ⁉ ワタシの今の装備はハイエルフの森に代々伝わる由緒正しい布の服で、自然に宿る精霊の力を最も引き出すことが出来て……」

 なんて。相変わらずめんどくさいアキちゃんが、めんどくさいことを言い始めるわけだ。カミーノ歩くんなら、黙って「それ」用の装備を買っときゃいいのに。こんな調子じゃあ、まともな装備を揃えるのに何日かかる事やら……。

 とか、思ってたんだけど。

「でもお客様? こちらの防水ジャケットは、体から出た汗の湿気は外に逃がすのに、外からの雨は一切しみ込まないんですよ? カミーノ歩くなら、一着は持ってないと!」

「だ、だから、ワタシはそんな、人間のために作られた既製品なんて……」

「いやー。でもやっぱりベースがいいと、何でも似合っちゃうんですねー? 人間のために作られた服なのに、そこらの人間なんかよりも、すっごく可愛く着こなしちゃってるじゃないっすかー!」

「え……そ、そう?」

 ……あれ?

「もしかして、こちらのグリーンの防水シューズなんかと合わせちゃったりしても……うわっ、ビックリしたっ! 完璧じゃないっすか⁉ お似合いすぎて、一瞬、お客様の体の一部になっちゃったのかと思いましたよっ! え? え? もしかして、以前このアウトドアブランドのモデルとかやってました?」

「べ、別に……そんなことは、ないですけどね」

 ……おいおい。

「一回、こっちのウォーキング用ストックも持ってみてくださいっ! 一回でいいんでっ! ……ああーもうー。ほら、やっぱりー。絶対似合うと思ったんですよー。本来は、膝とかに負担がかからないように持つのがストックの役割ですけど……お客様の場合、普通にファッションとして成立しちゃってますよね? あれあれあれ? お客様がこれから歩くのって、カミーノでしたっけ? それとも、パリコレのランウェイでしたっけ⁉」

「うふふ……アナタ、人間のクセになかなか見る目があるみたいね? 言ってる意味は、よく分かりませんけど!」

 ……おいおいおい。

「じゃあ、今までご紹介した商品が全部入る、このアースカラーの登山バックと、ウルトラライトな新素材を使ったこちらの小型寝袋シュラフに、防寒防炎生活防水機能まで付いたこちらのフリースも合わせて、しめて……ええーい、千ユーロでいいです! 未来のファッションリーダーに、端数なんていただけませんっ! オマケしちゃいますっ!」

「いいじゃない! アナタがそこまで言うなら、仕方ないから、このワタシがこの服たちの専属モデルになってあげようじゃないっ! どんなショボい服でも、このハイエルフのワタシにかかれば最上級のドレスに変わるんですからねっ!」

 ……うっわー。

「はい、まいどありー!」


 めんどくさいはずのアキちゃんをすっかり手玉に取ってしまう、店員さんのセールストーク……っていうか、単純にこれ、アキちゃんがチョロ過ぎるだけだな。この娘、そのうち悪い人に騙されて全財産むしり取られそう……。明らかなお世辞に気をよくしているアキちゃんを遠目で見ながら、他人事ひとごとながらあたしはそんな心配をしてしまっていた。

 エルフの仕事としてこのカミーノに来ているらしい彼女は、エルフの国から十分すぎるほどのお金ユーロを持たされているみたいだ。店員に言われるがままに買わされた有名ブランド装備のバカ高い代金も、あっさりキャッシュで払っていた。

 とりあえず、世間知らずな彼女が「お金? それって何のこと?」とか言い出して、代金の請求がこっちに回ってきたりしなかったことはありがたかった。



 それから、店員さんのお世辞でアキちゃんが上機嫌なうちに、あたしは他のこまごました足りなそうな物も買い足すことにした。

 とりあえず現時点で、歩くために最低限必要なシューズとバッグ、防寒、防雨用の服。それから、アルベルゲで寝るとき用の寝袋は買った。特に、シューズは相当気を遣わないといけないアイテムだ。カミーノは山道もあるけど、実はほとんどが舗装された道を歩くことになる。だから、あんまりイカつい登山用シューズだと疲れてしまってよくないんだけど……カミーノのことよく知ってそうな店員さんのオススメだから、問題はないだろう。

 あと足りないのは……下着と靴下とタオルを三セットくらいずつ。それと、スペインの日差しはマジでヤバいから、帽子は絶対あった方がいい。その辺は、このスポーツ用品店じゃなくて近くのファストファッション店――いわゆる、ZARA――で揃えた。

 それからドラッグストアにも行って、日焼け止めと旅行用の洗面セット。自分用に、足に出来かかっていたマメをつぶす用の針と治療薬を買った。

 一通り買い物を終えたあとは、それを置くためにあたしたちは一旦アルベルゲに帰った。


 時間は、十九時を過ぎたくらい。スペインじゃあまだまだ日が出ていて明るい時間帯で、昼休みシエスタを長く取った分、これからが午後の仕事の本番だ、なんて人も多いだろう。でも明日も朝早くから歩くことになる巡礼者なら、そろそろ夕食にしなきゃいけない時間だと思う。

 あたしたちもそのパターンで、闘牛場から帰ってきたヒジュちゃんたちと合流してから、パンプローナ名物のピンチョス――パンの上にいろんな具材がのった、一口サイズのおつまみみたいなもの――が美味しいと噂のバルで一緒に夕食をとることにした。


 そのバルは、ちょっと人が多くて混んでいたけど、味は文句なしに美味しかった。

 生ハムとトマト、オリーブのオーソドックスなやつ。プリプリ食感がたまらない、ムール貝をワイン蒸しにしたやつ。野菜をムース状にした、ちょっとデザート感があるやつ。いろんなピンチョスを口にするたびに、相変わらずアキちゃんはお笑いみたいな「……んんんーっ!」っていうお約束のリアクションをとってた。おしゃべりなヒジュちゃんはもちろん、寡黙な彼女のお友達も、アルコールが入ると頑張っていろいろと話してくれた。

 だからあたしは、最初のロンセスバリェスの夕食のときのような、にぎやかで楽しい時間を過ごすことが出来た。


 だけど……。

 その夕食会の途中。たまたまヒジュちゃんと、同じタイミングでトイレに入ったときに……あたしはこんなことを言われてしまったのだった。


「ねぇ、チカちゃん。良かったら明日からも、一緒にカミーノを歩かない? アタシとアタシの友達とチカちゃんの、三人でさ……」

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