~ エステーリャ

★5日目☆彡  ~ エステーリャ(21km)



 アルベルゲ生活も、五日目ともなるとだいぶ勝手が分かってきた。

 チェックインして、クレデンシャルにスタンプをもらう。洗濯機代をケチるために洗濯物はシャワーを浴びるときに一緒に洗って、専用の干す場所か、なければ乾燥機で乾かす。

 寝室は、男女ごちゃまぜになって詰め込まれる二段ベッドが基本。消灯時間は夜の十時くらいで、普通なら眠るにはだいぶ早すぎる気がするけど……疲れてるし、特に他にやることがないからそれは別に大丈夫。問題なのは、そのあともそこら中から歯ぎしりやイビキや話声とかがバンバン聞こえてきて、十時に眠れることなんて滅多にないってことかな。

 あと、今までは出発時間はアキちゃんが起きる時間に合わせていたから、朝はチェックアウト時間ギリギリの八時くらいになることが多かった。でも、今日からはなるべく他の巡礼者の人たちと同じような、日が昇る前の時間に出発することを目指すことにした。そのほうが、暑くなる前にたくさん歩くことが出来るし。それに……今までって多分、あたしは少しアキちゃんに遠慮しすぎてたんだと思う。パンプローナでアキちゃんの装備を一式そろえて、あたしたちは一緒に歩くことを決めた。昨日は、「アキちゃんがカミーノを歩く理由」も教えてもらった。

 もうあたしたちは他の人たちと同じ普通の巡礼者で、対等の立場だ。だから、ちゃんと言いたいことは言って相談したうえで、どうやってこの長い道を歩いていくか決めることにしたんだ。

 そして、アキちゃんも早く出発することを了解してくれた…………んだけど。今日は相変わらずあの娘、日が昇ったあとの七時半くらいに起きてきやがった。


「だって、仕方がないじゃない? 森の妖精であるハイエルフのワタシが、木々が目覚める日の出の時間よりも早く起きるなんて、おかしいもの」

「はいはい。……明日は、無理やり起こすからな?」

「……むぅ」



 プエンテ・ラ・レイナを出発したあたしたちは、町を出るときにアーチで作られた石橋を渡った。実はそれが、この町で有名な「王妃の橋」だ。

 そもそも、プエンテ・ラ・レイナって言葉自体がスペイン語で「プエンテBRIDGE OFラ・レイナ THE QUEEN」。昔、この辺を収める王妃様がここに橋を作ってくれたおかげでだいぶ交通の便が良くなったらしくて、それに感謝して、そのまんま町の名前にしちゃったらしい。

 あと実は、サンティアゴを目指すカミーノには、今あたしたちが進んでいる「フランス人の道」の他にもいくつかルートがあるんだけど。このプエンテ・ラ・レイナって町は、その中の「アラゴンの道」っていうルートが「フランス人の道」と合流する場所でもある。だからか、町の近くにはこれまでよりも巡礼者の数が多かったような気がした。


 そこからの道は基本的に平坦で、歩きやすかった。見えてくるのはオリーブ、菜の花畑。それから……もうすぐ州が変わって、今までのナバラ州からワインで有名なラ・リオハ州に入るからか、ブドウ畑も目に付くようになってきていた。

 あたしたちは適度に休憩をはさみながら、午後の三時すぎくらいに、エステーリャっていう町のアルベルゲにチェックインした。



「こっちが寝室。ベッドは空いてる好きな場所を使っていいわ。トイレはその奥。それから……こっちの扉の先がキッチンね。使った食器はちゃんと洗っておいて。みんなで仲良く使うのよ?」

 市街に入って少し坂を上ったところにあるその小さなアルベルゲの女主人オスピタレイラが、施設の設備について、親切に説明してくれている。見た目的に大学生かそのくらいで、多分あたしとそんなに歳も違わないっぽいのに、なんだかお母さんとか学校の先生みたいな話し方だ。まあ、それだけこの女主人さんが、面倒見がいい人ってことなんだろう。

 それよりも、あたしの興味を引いたのは、そのアルベルゲのキッチンだった。

「おーっ! ここ、キッチン大きいっすねー⁉ そしたら、今日はぁ……」

 調理道具とかキッチンにある材料をチェックしたあたしの頭には、その日の夕食についてちょっとした「プラン」が浮かんでいた。


 カミーノ上のアルベルゲには、ここみたいに、結構立派なキッチンがついているケースが少なくない。食費を抑えたい人とかはレストランに行かずに、そこで簡単な料理を作ったり、スーパーで買ってきた食料をあっためて食べたりすることが多いらしい。

 その上ありがたいことには、そういう自炊をする人たちが、買い過ぎちゃった食料とか調味料を、後で泊まる巡礼者のために置いて行ってくれることも結構あるんだ。そのアルベルゲにも、パスタの乾麺と小麦粉。それに、塩、砂糖、コショウなんかの調味料一式が残されていた。


「ふむふむ……これなら、あとは生の材料だけ買えば、何とかなりそうかなー。むふふふ……」

 だいたいの「プランニング」が終了したあたしが、思わず声を出して笑っちゃっていると、

「また一人でニヤニヤして……き、気持ちわりーですわ……」

 隣で、そんなあたしを見たアキちゃんがドン引きしているのに気づいた。

「あー……」

 そんな視線を誤魔化すように、あたしは彼女に言う。

「アキちゃん! 今日の晩御飯は、あたしが、このキッチンで料理を作ってあげるね!」

「…………っ⁉」

 それを聞いて、アキちゃんは絶句する。

「マ、マジですの……? チカ、アナタに料理なんかできるの?」

「いやいやいや。これでも、バルセロナにいたころはズボラなお師匠様に毎日料理作ってたんだから! これだけ立派なキッチンがあるなら、全然よゆーよゆー!」

「はあ……。今日は、昨日までのようなまともな夕食は食べられそうもないってことなのね……」

「ふっふーん、言ったなー? アタシの料理食べて、驚いても知らないからなー? それじゃ、今から必要な物を買い出しに行くよ!」

「か、買い出し? って、一体何を……ちょ、ちょっとっ、チカっ⁉」

 それからあたしは、アキちゃんの手を強引に引っ張って、アルベルゲの女主人さんに場所を教えてもらった近くのスーパーへと向かった。




 ★☆★☆★☆★☆★☆




 鶏肉、玉ねぎ、ニンジン、キャベツ、ニンニク……それから、モッツァレラチーズ。スーパーで買ってきたものをキッチンに並べていると、アキちゃんが横から怪訝な顔でつぶやいた。

「なんか……あんまりパッとしない材料ね。やっぱりワタシ一人だけでも、外に食べに行こうかしら?」

 ……失礼なやつだな。


 まあ、とはいえ。

 確かにこれだけだと、あんまりパンチのある料理にはならないことは否めない。せいぜい適当に野菜炒めみたいなのを作って、前の宿泊者が残してくれたパスタを茹でて、あえるくらい? アキちゃんの言葉通り、ちょっとパッとしないかも。……これだけならね。

 あたしはそこでようやく……今日の料理の、隠し玉を取り出した。

「ジャジャーンっ!」

「……?」

 それは、小さな瓶に入ったドロッとした赤っぽい調味料。その瓶のフタを開けて、匂いを嗅いだアキちゃんは、

「……うわっ、クッサっ! クサいわっ! 変なにおいがするっ! な、何よこれ⁉ ま、まさかウン……!」

 なんて言って、それを放り投げてしまった。あたしは慌ててキャッチする。

「うわっとととっ! ああーもうっ! 乱暴に使わないでよっ! せっかく、ヒジュちゃんから貰ったんだからっ!」


 まあ、人間の世界にうといエルフのアキちゃんじゃあ、それを知らなくても無理はないと思うけどね。スペイン人のあたしだって、何も知らなかったらそれが料理に使う調味料ってことすら、分からなかったかもしれないし。

 それは実は、韓国人のヒジュちゃんからパンプローナで別れるときに餞別代りにもらった、韓国からのお土産。お米に唐辛子を混ぜて発酵させた……たしか、「コチュジャン」っていう名前の調味料だった。

「こ、これ……調味料なの? あの、この前のうるさい人間の? ……でも、アイツの国の調味料なんでしょう? そんなのどうやって使うのよ? チカだって、知らないんじゃないの?」

「それなら大丈夫。ちゃんと、ヒジュちゃんから聞いてあるから」

 そしてあたしはスマホを取り出して、そのコチュジャンをもらった時に一緒に教えてもらったURLにアクセスした。

 すると……、


『はぁーい、皆さんこんにちわぁー。ヒジュちゃんチャンネルの、ヒジュちゃんでぇーす。今日はぁー、コチュジャンを使った韓国料理……チーズタッカルビに挑戦してみよぉーと思いまぁーす』

 アプリが起動して、ヒジュちゃんのユーチューブチャンネルの動画が再生された。


 ユーチューバーを目指してる彼女は、カミーノを歩く途中で会った人に自分の国の調味料とか食材を渡して、「良かったら、韓国料理作ってみてねぇー? 作り方は、この動画を見れば分かるからぁー」なんて言って、自分のチャンネルに誘導しているんだそうだ。……ちゃっかりしてるよ。

 で、あたしもその作戦にまんまと引っ掛かって、キッチンが立派な今日のアルベルゲで、もらったコチュジャンを使ってチーズタッカルビって韓国料理を作ってみることにしたってわけだ。


「なんか、アイツの再生数稼ぎに利用されてるみたいで釈然としないわね……。まあ、ワタシは今日の夕ご飯にまともな料理が食べられれば、なんでもいいわ。その動画見れば作り方が分かるんなら、さっさと、その通りに料理を作っちゃいなさいよ!」

「え? なに他人事みたいなこと言ってるの? アキちゃんも、料理手伝うんだよ?」

「は、はぁーっ⁉ な、なんでワタシが、料理なんか手伝わなくちゃいけないのよっ⁉ そんなの、やるわけねーですわっ! だ、だいたい、さっきチカが『自分で作る』って言ったんじゃねーですのよっ!」

「だから、それを『手伝って』って言ってるんでしょ? ほら、作り方は動画見れば分かるんでしょ? 野菜を洗う! お肉を切る! ほらほらっ!」

「ちょ……あーもうっ! めんどくせーですわねっ!」

 そんなわけであたしたちは、韓国人のヒジュちゃんによる動画レクチャーに従って、本場韓国のコチュジャンとスペインの新鮮な材料を使った、「チーズタッカルビ、スペインナバラ州風」を作り始めた。


 材料とコチュジャンを合わせたものを炒め始めたくらいから、キッチン中に香ばしいいい匂いが充満した。すると……その匂いにつられるように同じアルベルゲに泊まる他の巡礼者の人たちもぱらぱらと姿を現しだした。

「わー、美味しそうね! 何かお手伝いできる事はある?」

「へー、韓国料理なんだ? じゃあ、お米を炊かなきゃですかね。だってアジア人って、どんな料理もお米と一緒に食べるらしいですからね」

「ちょっと味見。……ふーん、枝豆と野菜多めのスペイン風オムレツトルティージャと合いそうね。そっちのコンロ、一口借りるね?」

 なんて口々に言って、いつの間にか、いろんな人があたしたちの料理に参加してしまっていた。

「だぁー! いくら大き目のキッチンとはいえ、この人数は多すぎですわっ!」

 なんて、アキちゃんは怒っていたけど……。


 国籍も何もかもバラバラな人たちが、協力して料理を作っている様子は、なんだか騒がしくてゴチャゴチャしてて……。来る前に、ネットとかで調べたカミーノそのものって感じで、あたしはちょっと面白かった。


 そのうち、アルベルゲの女主人オスピタレイラもそこにやってきて、

「はーい、みんなー? 近くの川沿いにある知り合いがやってるバルを借りたから、出来た料理から、順番にそこに持って行くのよー? あー。飲み物は、お酒もノンアルも、そのバルに十分揃ってるから大丈夫よー?」

 なんて言って、仕切ってくれちゃったりして。最初はただ晩ご飯を自炊しようって思ってただけなのに、結局最後には、アルベルゲ全員を巻き込んだパーティーみたいになっちゃっていた。

 そして、料理を完成させたあたしたちは、女主人さんが用意してくれたバルに移動して、いろんな人が作ったいろんな料理を食べたり、いろんな話を聞いたり。楽器を持ち込んで演奏する人、それに合わせて歌い出す人、踊り出す人なんかもいたりして……。

 日が落ちて、あたりが暗くなるまで、楽しい夕食の時間を過ごすことが出来た。



 この町の名前のエステーリャ……スペイン語で「星」という名前の通り。その日は、見上げた空の星がとてもきれいな夜だった。

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