ガリシア州

~ パラス・デ・レイ

★26日目☆彡  ~ トリアカステーラ(21km)



 オ・セブレイロのアルベルゲを出発してから、しばらくはアップダウンの道が続いた。標高のせいで、朝は凍えるほど寒い。でも、冬になると雪だって降るらしいから、六月の今は、それに比べたらまだだいぶマシなんだろう。

 しばらく峠道を進んだところで、広場のようなところに、大きな一人の巡礼者の銅像があった。それは、強い風に吹かれながらも、頭の帽子を押さえつつ頑張ってサンティアゴに向かっている姿を現しているらしかった。きっと、信仰心か何かは分からないけれど、この巡礼者にはそこまでして進まなくちゃいけない目的があったってことだ。

 でも……今のあたしにも、それはある。それは、隣を歩いているアキちゃんだ。

 もう二度と、彼女と離れないこと。自分の気持ちに、正直になること。

 それが、あたしの目的だから。


 峠を進む間は、前のイラゴ峠のように周囲にすごい霧が広がっていた。

 それでも、足音を聞いてすぐ近くをアキちゃんが歩いているということが分かる……。声をかけて、彼女がそれにすぐに返事を返してくれる……。そんな簡単なことで、霧なんて何でもなかった。あたしの心が不安定になって、この前にみたいに魔法が暴発することもなかった。

 それに、しばらく進んでいくうちにそんな霧も段々晴れてくる。一日で六百メートル近くの高さを下りて、今日の目的地のトリアカステーラに到着したころには、霧はほとんどなくなっていた。




★27日目☆彡  ~ サリア(18km)



 ここまで来ると、もうほとんど平坦と言っていい道が続く。車道に沿うように続いていた細い巡礼路は、やがていくつかの集落を越えていくうちにだんだん広くなっていく。道幅が広がって行って、周囲に民家がいくつも出現れてきて……。気づくと、サリアという割と大きな街に到着していた。


 この街は、アルベルゲや、巡礼者をターゲットにしたホテルがすごく多い。

 なんでも、ここからサンティアゴまで歩くとちょうど百キロくらいになるらしい。サンティアゴの巡礼事務所で巡礼証明書を発行してもらうためには、徒歩の場合は最低でも百キロ以上歩かないといけない。もっと具体的にいうと、持っているクレデンシャルに、このサリアより前からのスタンプが押されていないといけないらしい。

 だから、長い期間の休みが取れない人なんかは、このサリアから歩き始めることが多くて、自然とそれをターゲットにした店が増えたらしい。

 たしかにそう考えて見てみると……巡礼路や途中のアルベルゲには、割と小ぎれいで荷物の小さな巡礼者をたくさん見かけた。そういう人たちは、このサリアまでは飛行機とかバスでやってきて、ここから歩きでゴール目指し始めた人たちってことなんだ。


 すでにかなりの長距離を歩いてきていて、明らかにくたびれて小汚い――っていうか、単純に汚い――あたしは、なるべくそういう人たちとは別になるようなアルベルゲを選んで、チェックインした。




★28日目☆彡  ~ ポルトマリン(22km)



 本当に、巡礼者の数が増えているって実感する。

 巡礼路には数十メートル間隔で誰かが歩いている。その途中にも、巡礼者用の店とか移動販売とかも増えてきた。しかもそういう店の多くは、カミーノ巡礼の疲れを休めるための食事とか水分とかの、旅の必需品を提供してるわけじゃない。ホタテ貝のキーホルダーとか、ポストカードとか……明らかに、観光地のお土産ショップだったりするんだ。

 ヤイコさんじゃあないけど、「皆さん、ちゃんと巡礼の意味わかってる?」、「この歴史あるカミーノに対する敬意、ある?」とか聞きたくなっちゃいそうだ。

 まあ、ついこの前まで何の意味もなく消化試合気味に歩いていたあたしには、そんなこと言われたくないだろうけど。


 でも何より困るのは、道中の巡礼者が増えたことで、あたしがアキちゃんと真面目な話がしづらくなっちゃったってことだ。

 歩いていると、やっぱりアキちゃんは目立ってしまう。ただでさえ、――黙ってれば――普通に美人の彼女は、他の人の目を引くのに。そのうえ生で見るのは珍しいエルフと来れば、どうしたって興味を持たれてしまうのは仕方ない。通りすがりに彼女に話しかけてくる人が途切れなくて、大変だった。

 最初のうちは、アキちゃんもそんな人たちにもある程度相手をしていたみたいだけど……。最後のほうはもうめんどくさくなっちゃったのか、不機嫌そうに「はいはい、ブエン・カミーノですわ!」って返すだけで、無視することが多くなってしまっていた。


 天気はだいぶ良くなっている。途中雲が太陽を完全に覆うこともあるけど、雨は降りそうにない。天気予報も、今日からはしばらく降らないって言ってたし、もう、天候面での心配はなさそうだ。



 しばらく田舎道を歩いていると、突然大きな川と、そこにかかる綺麗な橋が現れた。それを渡った先が、今日の宿のポルトマリンだ。

 その水属性っぽい名前の通り、水にまつわる言われがある街らしい。

 なんでも、ここの大きな川は貯水用のダムで、昔からあった元々の街は既にそのダムの底に沈んでしまっているらしい。今あるのは、沈む前にダムの外に移転して作った新しい街なんだそうだ。

 街自体は貯水ダムのほとりの斜面の上にある。だから、アルベルゲにチェックインしたあと、そういうのを考えながら川を見下ろしていると……あたしも少ししんみりしてしまった。


 と、思っていたら……。

「チカ! チカ! このレストランで、プルポ料理が食べられるんですって! プルポっていうのはよく分からないけど……なんだか、響きがすでに美味しそうじゃない⁉ それに、精霊もワタシを呼んでいる気がするわっ! 行きましょう⁉」

「え……? プルポって、タコのことだよ? 精霊がタコ食べさせようとして、アキちゃんのこと呼んでるの?」

「そ、そうよ! タコの精霊が、ワタシを呼んでいるのよっ! 『食べて、食べて』って……」

「いやいやいや……タコの精霊とか、聞いたことないし。絶対嘘だし。……っていうか、プルポなら明後日くらいに通る予定のメリーデっていう町が有名らしいよ? そこに美味しいタコ料理屋プルペリアがたくさんあるらしいから、実はあたしも、最初から行く予定だったんだよ。だから、それまではタコプルポは我慢して、別の料理に……」

「ちょっと、そこのウエイター! タコプルポ・ア・ラ・ガリシア風ガジェーガっていうやつ、二つ! 大至急ね!」

「あ、ちょっと⁉ ……ああ、もう」


 相変わらずアキちゃんは、綺麗な風景よりも、食事のほうに目がないらしい。

 いつの間にか近くにあったレストランのテラス席に座って、勝手にあたしの分まで注文を済ませていた。

 そして、それからすぐに、茹でたタコを一口サイズに切って、オリーブオイルと塩とパプリカを振っただけのシンプルな料理が出てくると、

「な、何よ、この気持ち悪いのは⁉ こ、これがプルポ⁉ 気高いワタシが、こんな軟体動物そのものの、気色悪い料理を食べるわけが…………ん? んんん? プリプリとした食感と歯ごたえを残しながらも、歯でかみ切ることのできるこの絶妙な茹で加減は、さながらソーセージのようで……。しかも、かみ切った途端に口の中に広がるタコの味にパプリカと塩の味付けが加わって……オイルが風味を加えつつ、のみ込みやすくもしているという……この、計算されつくした最小限にして既に完成形のこの料理は…………んんんんーっ!」

 とか言って、いつものように身もだえるんだから……。一体、彼女は何を目指しているんだろう……?

 まあ、来る前にあたしが調べておいたメリーデの有名タコ料理屋プルペリア情報は結局無駄になっちゃったわけだけど……でも、それ以上に楽しかったから、そんなの全然気にならなかった。




★29日目☆彡  ~ パラス・デ・レイ(26km)



 ガリシア州に入ってから、レストランやバルなんかで、地元民の言葉が少し分からないことがあった。それはきっと、その人たちがガリシア州で公用語のガリシア語を話していたからなんだろう。

 あたしは、バルセロナで使われているカタルーニャ語と、いわゆるスペイン語って呼ばれているカスティーリャ語は使うことが出来る。でも、ガリシア語を話す人とはほとんど交流はなかったから、よく分からなかったんだ。

 まあ、全然違うってわけでもないし、若い人ならガリシアの人でもカスティーリャ語が使えるから、それほど困らなかったけど。


 あと、これもガリシア州に来てからの話だけど、道を歩いている途中でちょいちょい不思議な小屋のようなものを見るようになった。

 石壁みたいに、大きな石を横長に積み重ねた段があって、その上に、やっぱり石で作ったような直方体の箱が乗ってるんだ。その箱のサイズがちょうど人が横になったくらいなこととか、その箱に小さな十字架がついてたりすることから、あたしは最初、もしかして棺桶かな……とか思っちゃったんだけど、それはどうも違うらしい。

 途中で会った人に聞いたところ、それは、オレオって呼ばれているガリシア州特有の高床式穀物庫なんだそうだ。

 精霊の声を聞くことのできるアキちゃんは、とっくにそれに気づいていたらしくて、あたしが棺桶だって思ってたことを聞いたら、めちゃくちゃ笑われてしまった。でも、知らなかったんだから、仕方ないじゃん!


 そんな風に、世間話や他愛もないことで笑い合いながら、あたしたちはカミーノを進んでいった。

 気づけば、もうあとサンティアゴまで六十キロとちょっと。少し頑張れば二日、普通に進めば三日でゴールしてしまう。


 結局、あたしはまだちゃんとアキちゃんと話せていない。彼女に自分の気持ちを伝えられていない。

 もう、時間は無くなってきている。


 ゴールする前に……あと三日のうちに……。

 あたしは彼女に、気持ちを伝えなくちゃ……。

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