ブルゴス②
★12日目☆彡
その次の日、ついに……あたしとフェリシーさんプレゼンツ、「アミーナさんが奇跡体験でアンビリバボー大作戦!」の、決行の日となった。
昨日、歩きながらフェリシーさんが話してくれた作戦は、こうだ。
『カトリックの教義には、ゆるしの秘跡……すなわち、信者が神に罪を告白することで、その罪を許していただくという儀式があります。実際には、聖堂に設けられた告解場と呼ばれる専用のボックスで神父様に罪を告白して、神父様が、その内容を神様まで取り次いでくださる、という建前になっているわけですけれどね。
普通、告解場には信者用と神父様用の入り口が二つあり、中に入っても信者から神父様側の様子は見えないようになっています。当然ブルゴスの大聖堂にもそのような告解場はありますし、わたくしたちがそれを見学したり、中に入ってみることも可能です。
そこで、もしもアミーナさんがその告解場に入ったときに、誰もいないはずの神父様側から妹さんの声が聞こえてきたら……どう思うでしょうか? もしかしたらアミーナさんも、妹さんは今でも自分のそばにいてくれている、自分は一人ではない、と感じて、自ら命を絶つことを思い返してくれるのではないでしょうか……?』
フェリシーさんには事前に、あたしが魔法で何が出来て、何が出来ないかを伝えてあった。だから、フェリシーさんはそんなあたしの魔法で出来る範囲で、「偽りの奇跡」を起こす方法を考えてくれたんだ。
……っていうか、ぶっちゃけあたしが魔法で出来るのって、「コイン程度の小さい物を少しだけ動かす」だけ。しかも、動かす物は、あたしのすぐ近くにないといけない。必ずしも手で触れている必要はないけど……だからと言って、あまりにも遠くの物は動かせない。本当に、それだけなんだ。
気持ちが高ぶったり、調子がいいときはもう少しだけ性能が上がるときもあるけど……それだって、一ユーロコイン一枚しか動かせなかったのが、二枚動かせるようになるとか。一メートル遠くにある物しか動かせなかったのが、二メートル先まで大丈夫になったり。せいぜい、その程度だ。
そもそもあたし、魔法のセンスがないんだよね。もっとすごいことがバンバンできちゃうお師匠様の弟子のくせに、いつまでたってもこの程度しかできなくて……。その上、しまいには「カミーノ歩いてこい」なんて言われて、ていよく厄介払いされちゃって……。
……ま、まあ、そういうことで。
あたしやアキちゃん、フェリシーさんのパーティーメンバーたちとアミーナさんは今、ブルゴスの大聖堂の中の、告解場がある礼拝堂の前にいた。時間は九時過ぎ。今日はカミーノを歩かずにブルゴス観光するということにして、アルベルゲをチェックアウトしてからみんなで集合していたんだ。アミーナさんは、観光なんてせずに今日も先に進みたかったみたいだけど……フェリシーさんがどうにかして説得してくれて、あたしたちと一緒にきてくれたみたいだった。
実はあたしは、みんながやってくる前にすでに先回りしてこの告解場にやってきていた。そしてその「神父様側」に、音楽再生アプリを起動したスマホを置いておいたんだ。あとは、なんとかしてアミーナさんがその告解場の「信者側」に入ったところで、あたしの魔法で外からそのスマホのアプリの再生ボタンを押せば……。
フェリシーさんが計画した通り、「わー、誰もいないはずなのに声が聞こえる⁉ これは奇跡⁉ アンビリバボー!」というはずなんだけど……。
そんなに、うまくいくのかなあ……?
ちなみに、アミーナさんの妹さん役の声は、昨日の巨大アルベルゲでドイツ出身の女の子を探して、その娘にそれっぽいことを吹き込んでもらっておいた。
「あー、あんなところに、告解場がありますよー? 面白いですねー? そうだー。みなさん順番に告解場に入ってみてはどうですかー? 記念撮影してあげますよー?」
パーティーリーダーのフェリシーさんが、いつものように仕切ってみんなを告解場へと誘導する。……っていうかこの人、演技ド下手かよ。
「はーい!」
「オー! いいネ、いいネー! でもこれ、罪の告白だけなノ? 愛の告白は、どこですればいいノー?」
幸いにして、わざとらしすぎるフェリシーさんの様子をおかしく思った人はいないみたいで、一人ずつ順番にその告解場のボックスに入って行くパーティーメンバー。フェリシーさんは、慣れた様子でそんな彼ら彼女らの写真を撮っていく。でも……。
「……私は、いい」
肝心のアミーナさんはそうつぶやくだけで、告解場に入ろうとしなかった。
「え……」
「まあまあ、アミーナさん。そんなこと言わずにー」
「ホントに……いいから」
フェリシーさんが勧めても、アミーナさんは全然動かない。そもそも彼女は観光とか興味がないみたいだし、それはしょうがないのかもしれないけど……でもこのままだと、作戦が破綻しちゃう!
仕方ないので、あたしもフェリシーさんと一緒に、アミーナさんを説得にかかった。
「ア、アミーナさんっ! あたしも、ここは写真撮っといた方がいいと思いますよーっ⁉ 絶対、いい記念になりますって!」
「いや……だから私は、別にキリスト教じゃないし」
「で、でも、このブルゴス大聖堂は世界遺産なんですよっ⁉ やっぱり、世界遺産にきたら記念写真の一枚くらい撮っても……」
「別に。ドイツにだって、世界遺産の大聖堂くらいあるし」
「う……で、でも、キリスト教徒じゃないんなら、逆に、告解場とか珍しくないっすかっ⁉ せっかくだし、写真とか撮ってみたくないっすか⁉」
「いや、だから……ドイツにだって告解場がある聖堂なんていくらでもあるから」
「そ、それは……そうかもですけど………………でも!」
全然説得に応じないアミーナさん。
そんな彼女に焦ってしまったあたしは、ついつい言葉が走ってしまって……、
「じ、じ、実はさっきあたしは告解場に入ったとき、なんかドイツ語っぽい声が聞こえたんですよー! アミーナさんなら、なんて言ってるのか分かるんじゃないかなーって思ってー……」
なんて言ってしまった。
「……はあ? 何それ」
その瞬間、しまった、と思った。けど。
幸い、あたしのそんなあり得ない失言でも、アミーナさんはギリギリであたしたちの作戦には気付かないでいてくれたみたいだ。かなり怪しんでいる感じではあったけど……この場にドイツ語が分かる人間が他にいないということで、ようやく、しぶしぶながらもあたしたちの目論見通り動いてくれた。
「……そこに、行けばいいの?」
「は、はい!」
告解場に向かうアミーナさん。「信者側」に入って、「神父様側」とつながるメッシュ状のフタがついた窓に、耳を傾ける。
よし……。
これで、ようやく作戦の通りになった。
あたしはこっそりと「神父様側」のほうに回り込んで、その陰にあるはずの自分のスマホに向かって、精神を集中して魔法を使った。
魔法でスマホを操作して、音声の再生ボタンを押す。昨日、何回も練習したから、イメージトレーニングはばっちりだ。失敗するはずがない。
そして、その操作に反応して、録音した音声が流れだして…………。
……。
……。
……あ、あれ?
鳴らないんだけど……?
っていうか、スマホを操作したっていう、手ごたえもないっていうか……。
「はあ……」
アミーナさんも、いつまでたっても何も聞こえてこないことにイラつくように、こっちに視線を向けている。
ど、どうして……?
確かに、これでうまくいくはずだったのに……とか、思っていたら。
「あ、そういえばチカ。さっきそこに、アンタのスマホが落ちてたわよ?」
「え……?」
隣で、アキちゃんがそんなことを言って……あたしが告解場に隠したはずのスマホをこっちに差し出していた。
「あー……」
「まったく、おっちょこちょいなんだから! ワタシが拾ってあげたこと、感謝しなさい!」
「う、うん。ありがとね、アキちゃん……あはは」
な、なるへそー……。
アキちゃんが拾っちゃったから、告解場にはもう、あたしのスマホはなかったんだねー? それじゃあ、魔法使っても音声が流れないよねー……。
結局、あたしたちの作戦は失敗してしまったらしい。
その敗因は、アミーナさんにバレないように秘密主義を貫きすぎて、アキちゃんとの連携までとれてなかったことだ。せめて、放っておくとどんな動きをするか読めないアキちゃんにくらいは、作戦を伝えておくべきだった。
……仕方ない。
「アミーナさん、それじゃ写真撮りますよー? はい、カマンベール!」
何事もなかったかのように、告解場にいるアミーナさんの記念写真をとっているフェリシーさんに、あたしはアイコンタクトを送る。
彼女も、一瞬こちらに視線を返してから、小さくうなづいた。
こうなったら……プランBに移行しよう。
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