ラ・リオハ州
~ ログローニョ①
★7日目☆彡 ~ ログローニョ(28km)
今日のロス・アルコスから、ようやくあたしたちも朝早く起きて出発することが出来るようになった。
というか……あたしは別に、前日に夜更かししなければ早起きは出来るんだよ。初日のサン=ジャン=ピエ=ド=ポールからの出発のときだって、ちゃんと六時くらいに出発したし。だから、今日からは「放っておくと平気でいつまでも起きてこない眠り姫を無理やり起こすようにした」っていうのが正しい言い方だ。
ただ、下手にアキちゃんの体をゆすって起こそうとすると、ロンセスバリェスのときみたいに痴漢疑惑をかけられてしまう――実際、今朝も寝ぼけた彼女からキツいビンタをもらってしまった――ので、その辺は、これからいろいろと試行錯誤が必要だと思った。
まあ何にせよ。今日、早起きできたのは良かった。
今日は、目的地のログローニョまで、ちょっと長めに歩かなくちゃいけないし。何より、ログローニョに着いた後に、そこを楽しむための体力も残しておきたかったしね。
ログローニョは、今までいたナバラ州を出て、ラ・リオハという比較的小さい州にある都市だ。州と州の境目にあるんだけど一応ラ・リオハ州の州都で、リオハワインが有名。まあ、そっちのアルコール関係はそこまで興味があるわけじゃないんだけど……でも、ワインが美味しい町は、それに合わせる料理も自然と美味しい物が集まってくる。ログローニョのバルは、なかなか美味しい
せっかく巡礼路のルート上にあるんだし、それを楽しまない手はないでしょ? っていうか、カミーノなんて基本歩いて寝るだけなんだから、あとはもう食べることぐらいしか楽しみがないんだよ、実際。
「……と、いうことで。今日は、なるべくログローニョまでにお腹を空かせるために、途中のバルとかレストランには寄らないことにします!」
「は、はぁーっ⁉」
出発して間もなく。そんな提案をしたあたしに、アキちゃんは目が飛び出るくらいの衝撃を受けた表情でリアクションした。
「バ、バカなこと言ってんじゃねーですわよっ⁉ いくら、夜にたくさん美味しい物を食べれるからって……何も食べないで、二十キロも三十キロも歩けるわけねーでしょーがっ⁉ 途中で、のたれ死ぬに決まってますわっ!」
あたしに掴みかかって、悲痛の叫び声をあげるアキちゃん。この娘、食べることになると人格かわるな……。
でも、そのときのアキちゃんが言ったことは何も間違ってはいない。もちろんあたしだって、彼女が言っていることはよく分かっていた。
「まあまあ、慌てないでよ。何もあたし、ログローニョまで何も食べないで行こう、なんて言ったつもりはないんだから。そうじゃなくって……バルとかレストランに寄って料理を食べるのは我慢しようね、って言ったの」
「な、何よ、それ……。レストランとかに寄らないのに、でも、料理は食べるって…………はっ! ま、まさか⁉」
「うん」
周囲を見渡すと、近くの道端に、ちょうどよく腰掛けられそうなくらいの平たくて大きな岩があった。今朝はまだ出発してから何も食べてないし、そろそろ朝食にしてもいい時間だ。
「今日は、途中の食事も自炊で済ましちゃおうってこと!」
なんて言って、あたしは手際よく準備を始めた。
今日の朝食は、昨日ロス・アルコスのスーパーで買っておいた、チーズに
「はい、これがアキちゃんの分。あたしの分は、ちょっとマヨ多めにしちゃおっかなー。……うん、うまい!」
ボカディージョは、スペイン人なら誰でも食べたことがあるような、ソウルフードだ。シンプルだけど、何を挟むかによって結構奥が深いし、いろいろとバリエーションもある。今回はあえて一般的なイギリスのサンドイッチのほうに寄せた、「クラブハウス風ボカディージョ」って感じかな! まあ、レストランとかのいつものプロの料理には敵わないかもだけど、アキちゃんだって気に入ってくれるはず。きっと、一口食べるなりいつもみたいな「んんんーっ!」なんてリアクションを……。
「え、ええ……パサパサしていて、とても美味しいわ」
……あ、あれ?
「本当に……何も食べないよりは、よっぽど……美味しいわ……よ」
おいおい……。
「こんなものを食べなくちゃいけないくらいなら……生まれてくるんじゃなかった」
ウ、ウソでしょ……? この娘、泣いてる……。
それからアキちゃんは、静かに涙を流しながら、あたしの作ったボカディージョを黙々と口の中に詰め込んでいた。
その様子は……風の噂で聞いたことがある、「嫌いな給食を食べ終わるまで休み時間をもらえない、日本の小学生」みたいだ。そんな彼女を見ているあたしの心も、すごく痛んだんだけど…………よく考えたらこれ、けっこう失礼じゃね? あたし、怒っていいよね?
ムカついたので、そのあとしばらく歩いた後の昼食も、引き続きボカディージョにしてやった。
まあ、途中のバルで
それからあたしたちは午後三時前には、目的地のログローニョに到着した。
★☆★☆★☆★☆★☆
「チカっ! チカっ! さあ、着いたわよっ⁉ 早く夕食に行きましょうっ!」
「ちょ、ちょっと待って……」
「なんでよっ⁉ 朝昼と、あんなパサパサした残念料理を我慢したのだから、夜くらいは美味しい物を食べていいのでしょうっ⁉ さあ、早く町に繰り出しましょうっ! 今、すぐにっ!」
「いや、もちろん夜は外食するつもりなんだけどさ……でも、ちょっと待ってってば。今から、洗濯だけしちゃうから…………っていうか、また失礼なこと言ってなかった? 今日のバゲット、そんなにパサパサだった?」
アルベルゲにチェックインするなり、あたしをバルに誘うアキちゃん。今日の自炊ご飯が、相当お気に召さなかったらしい。なんだよ……。結構自信無くすんだけど……。
とりあえず、今日中に洗濯を済ましておかないと明日以降困ってしまうので、無視して仕事をしてしまうことにする。
いつもは手洗いで済ますこともあるけど、今日は洗濯機を使おう。たまには機械でしっかり洗っておかないと、綺麗になった気がしないし。それに、なるべく早く夕食に行かないと、このままじゃあアキちゃんが何するか分からないから……。
で。服や下着を入れた洗濯機に、筐体に書かれていた一回分の代金三ユーロを投入したところで……、
「あーっ! 待って待ってーっ! その洗濯、ちょっと待ってーっ! 私の分も、一緒に入れさせてーっ!」
なんて言って、あたしたちの後ろから誰かが飛び出してきて、素早く自分の洗濯物を、その洗濯機の中に入れてしまった。
「ちょ、ちょっとあなた……いきなり何すか⁉」
アルベルゲの洗濯機は割と大き目の物が多くって、一人とか二人分だと持て余すことが多い。だから、たまたまタイミングが一緒だった人と料金をワリカンして、一緒に洗濯することも少なくない。あたしだって、その時飛び出してきた誰かが、ちゃんとお願いしてくれたなら、断ったりするわけなかったのに……。
そんなふうにこっちの都合も聞かずに勝手に洗濯物を入れられたことに少しムカついて、睨むようにその人物をのほうを見てしまった。そうしたら……、
「……え? え、えぇぇぇぇーっ⁉」
「あれー? 誰かと思えばチカちゃんと、エルフのアキちゃんじゃーん? おっひさー」
そこにいたのは、ロンセスバリェスであたしにアキちゃんを押し付けた張本人。自転車巡礼しているはずの、日本人のヤイコさんだった。
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