レオン③
★18日目★彡
次の日、あたしは医者やヤイコさんの言いつけ通り、カミーノは歩かずに、レオンに滞在していた。……というより、膝の痛みが微妙に残っている状態で無理やり前に進むのがヤバいことは、自分でもよく分かっていたんだ。
幸いレオンは結構な大都市で、しかも歴史的な建造物とかもある観光地だったので、一日くらいなら時間はつぶせそうだ。
ちなみに昨日と今日は、ヤイコさんがとってくれた安ホテルに泊まっていた。巡礼者用のアルベルゲでも、怪我人とか病人だったら同じ場所に連泊することもできるみたいなので、あたしは別にそこでもよかったんだけどね。でも、せっかく用意してもらったわけだし、しかもなぜか宿泊費までヤイコさんが払ってくれたみたいなので、普通にそれに甘えることにした。
っていうか、昨日のレストランの代金もあたしがおごるって言ったのに……あたしがヤイコさんのあとに帰ろうとしたら、「既にお代はいただいてます」とか言われちゃったし。
あの人、ケチかと思ってたらこんなところでは気前がよかったりして……本当に、謎な人だ。
ヤイコさんは同じホテルに泊まっているわけではなさそうだったので、今はどこにいるのかは分からない。多分、もう先に進んでいるんだろう。今日も天気はあまりよくなさそうだけど、昨日みたいな日でも自転車に乗っていたのなら、普通に問題ないんだと思う。
なので、あたしは今日は完全に一人でレオン観光をすることになった。
レオンの大聖堂は、カラフルなステンドグラスが有名だ。
ブルゴスの大聖堂にもステンドグラスの窓はあったけど、ここはその数が桁違いだ。大聖堂側でもそれが売りだってことは分かっているらしく……堂内を薄暗くして、ステンドグラスから入る色のついた光が一番きれいに見えるように、ちゃんと計算されているらしかった。
こういう教会にあるステンドグラスというのは、文字が分からなくて聖書が読めない人にも神話やキリスト教の教えを伝えようとして作られた、と何かで聞いたことがある。確かに普通に紙に絵を描くよりも、こういうふうに神秘的で綺麗な感じで見せられたら印象にも残りやすいし、宗教心も芽生えやすいのだろう。もしかしたら現代でも、カミーノの途中で見たこのステンドグラスをきっかけにキリスト教徒になった、なんて人も多いのかもしれない。ただ……生まれてから今日までずっと無宗教だったあたしは、その美しいステンドグラスでもあんまり心が動かされるようなことはなかった。
フェリシーさんとか、他にキリスト教に詳しい人がいれば……もう少し何か感じることがあったのかもしれない。歴史とか、それぞれのステンドグラスに描かれたモチーフの意味とかを聞いて、理解が深まったのかもしれない。でも、そのときのあたしはただ、「わー、きれいだなー」くらいの感想しか持つことが出来なかったんだ。
多分、世間知らずのアキちゃんとかがいたとしても、同じようなことを言ってたんだと思う。……いや、あの娘だったらもっと空気の読めないことを言って、あたしをヒヤヒヤさせていたかも。神父様とかキリスト教関係者が聞いているかもしれないのに、「色のついたガラスを見て、何が楽しいの? 室内が薄暗くなるだけですわ」とか言ったりしてさ……。
それからあたしは、建築家のアントニ・ガウディが建築したっていう、カサ・ボティネスっていう建物にも行ってみた。ガウディ建築なら、普段あたしが魔法を使って小銭を稼いでいたバルセロナの、サグラダ・ファミリアが一番有名だけど……ここのはそれとは結構違っていて、割と普通の建物だった。今も銀行として使われているらしいけど、まあそれもうなづける感じで、周囲の普通の建物とも割と違和感なく溶け込んでいる。
すごいガウディが好きって人でもないかぎりは、多分サグラダ・ファミリアのほうが好きっていうんじゃないかな。もしかしたら、エルフのアキちゃんとかだったら感性が全然違ってて、「サグラダ・ファミリアって……なんか、ワタシの実家の近くにある鳥の巣に似てるのよね」なんて言っちゃうのかもしれないけど……なんて。
それからもあたしは、こまごましたレオンの観光地とかに行って、適当に時間をつぶした。
例えば……スペインには、パラドールっていう国営の星付きホテルが何個もあって、このレオンにも五つ星の有名なやつが一つある。昔の修道院を改装してホテルにしたらしいそこは、カミーノの通り道にあるパラドールの中でもかなり豪華で雰囲気良いいらしい。ネットとかのカミーノ旅行記だと「つらいカミーノを歩いてきた自分へのご褒美として奮発して一泊しちゃった」なんて人も、結構いた。お師匠様から旅行費をもらってきているとはいえ、そこまで贅沢はできないあたしが、そんなところに泊まれるわけはないんだけど。まあせっかくだから、そのパラドールもちょっと冷やかしで見学してみた。
でも、結局……。
薄々思っていた通り、宗教にも建築にもそれほど興味のないあたし一人だと、そういう歴史的観光地の見学は、それほど楽しめなかった。
だから、途中からは大都市ならではのオシャレな服屋とか、雑貨屋とかをブラブラするという作戦に変更したんだけど……それも、正直微妙。
やっぱりこういうのは、誰か友達と一緒に回るから楽しいんだろう。
……っていっても、捨て子で学校に行ってないあたしには、もともとあんまり友達なんていなかったんだけど。基本、こんなふうに旅行して観光地を回るなんて、今まで滅多にしなかったんだけど。
でも……。
ここ最近は、それに似たような経験をしていた。世間知らずで、何を見ても面白い反応をするエルフの娘と一緒に旅をしてきた。だから……友達のいないあたしでも、観光とか旅行とかの楽しさみたいなものが、ちょっとは分かってきたような気がしていた。
……ああ、そうだ。
確か、あたしから少し遅れて、ヒジュちゃんたちがカミーノ歩いているんだっけ? じゃあ、ここでもう少し待って、彼女たちと合流しようか? そうすれば、また友達と一緒の旅の楽しさが味わえるかもしれないし……。
そんなことを、考えていると。
昨日の夜、ヤイコさんに言われた言葉が、きまって頭の中にリフレインしてきてしまうんだ。
「チカちゃんは、頭が良くて……ずるい娘だね」
結局、それが何を意味するのかは、今日一日考えてもよく分からなかった。
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