~ フォンセバドン①
★22日目★彡 ~ フォンセバドン(26km)
アストルガを出発して、人間の生活を感じさせる街並みを通り抜けてしばらくすると、また自然が支配する田舎道に戻る。カミーノの順路の左側には、かろうじて、車用の細い舗装道路がずっと走っている。けど……反対の右側には、畑や森なんかが広がっていて、野生なのか放し飼いなのかもよく分からないような牛とか羊がたくさんいる。まあ、この旅ならよくある光景だ。
この先には、「フランス人の道」で最高の標高千五百メートルまで上る、イラゴ峠が待っている。峠道はまだ本格的には始まっていないけれど、傾斜としては微妙に上っているっぽい。なんだか、歩いていても疲れやすい気がする。今日の天気はまた少し悪くなっている。気温もぐっと低くなっていて、休憩なんかしていると、汗で湿った体が普通に寒さを感じる。
歩いている途中、ふと頭上から話し声が聞こえて見上げると、すぐ後ろを馬に乗った巡礼者の集団がいた。砂利が散らばる歩行者用のカミーノでも、気にせずに悠々と進んでいる。明らかにあたしより進行速度は速いので、道を譲って先に行かせてあげた。
馬での巡礼は基本的に自転車とかと同じような扱いで、ちゃんと認められた移動手段だ。ゴール地点のサンティアゴでも、自転車と同じ判断基準で証明書を発行してもらえるらしい。でも、アストルガくらいならギリ何とかなるかもだけど……パンプローナとかブルゴスとかの大都会では、馬はどうしてたんだろう? 馬と一緒に泊まれるアルベルゲとか、そんなにたくさんあるもんなのかな?
馬集団が通り過ぎていくのを見ながらそんなことを考えていたけど、よく見ると彼ら、あんまり荷物を持ってない。もしかしたら、レクリエーション的にこの辺の短い期間だけを移動しているだけなのかもしれない。
やがて、アストルガを出発してから二十キロくらいで、ラバナル・デル・カミーノという町に到着した。本当は、この町で今日は泊まろうかと思っていたのだけど……正直ここまでそれほど大変でもなかったので、少し迷った。
現時点で、標高は千メートルくらい。まだまだ峠の頂上にはほど遠いし、ここからはさらにどんどん傾斜がキツい上りになる。でも、あと五キロくらい進めばフォンセバドンという町があって、そこで泊まることもできる。五キロなら、いくら峠道とはいっても、一時間半もあれば十分に到着するだろう。でも、この前倒れちゃったこともあるし、あんまり無理したくはないような……。
とりあえず、休憩がてらバルで昼食をとりながら、どうしようか考えることにした。
あたしが入ったバルは、一階が食事スペースで、二階にアルベルゲが併設されているような、よくあるタイプのものだった。店先にパラソルを並べたテラス席があって、中にもカウンターとテーブル席がある。今日は湿度が高くて日も出ていないから少し寒くて、外よりは室内のほうが人気みたいだ。あたしも、室内のテーブルにした。
メニューは、よくある肉料理とか魚料理とかの他に、珍しくハンバーガーとポテトなんかもある。バルセロナではそういうジャンクな物ばかり食べていたので、ちょっと懐かしくなってそれを注文した。
食事がくるまでの間、退屈しのぎに周囲を見回す。
老若男女、国籍もバラバラの、一見するとまるで共通項なんてなさそうな人たちが見える。でも、こんなへんぴな町のバルにいるのなんて、ほぼ全員が、あたしと同じカミーノ巡礼者だ。そういう意味では、このバルの中自体が、まとまった一つの
はたしてこのうちの何人が、「自分だけの理由」を持ってカミーノを歩いているんだろう。もしかしたらあたしと同じように、誰も深い理由なんて持ってないのかもしれない。みんな、特に意味もなく、誰かに言われたからとかそんな理由で、ここにいるのかもしれない。
だけど、あるいは……そんなのはあたし一人なのかもしれない。
そこで、注文したハンバーガーが届いた。付け合わせのポテトと、一緒に頼んだ体を温めるための野菜スープも。
うーん……。
バルセロナではよく食べていたはずなのに、なんだかあんまり食欲がわかない。どうしてだろう? 割と、好物だったはずなのに。そういえば、この前のレオンで倒れる前も、こんな感じであまり食欲がなくなっていた気がする。いや、食欲がなくなるというか、食べること自体にあまり興味がわかなくなるっていうか……。
そこで、隣のテーブルから若い女の子巡礼者の声が聞こえてきて、ふとそちらに視線を向けた。
彼女が食べているのも、あたしと同じハンバーガーだ。特別珍しい食材が使われているってわけでもない。でも彼女は一口それを食べるたびに、すごくおいしそうに顔をクシャクシャにして、声を上げている。田舎道が多いカミーノ旅では、あんまり普通のファストフードとかに行くことも少ない。だから、たまに食べると何倍にも美味しく感じてしまうものなのかもしれない。
「ふふ……」
思わず、一人なのに笑い声を漏らしてしまった。でも別に、その女の子のことを見て笑ったわけじゃない。思い出し笑いというか……ただの妄想みたいなものだ。
例えば、アキちゃんがこのハンバーガーを食べたら、どんな反応するかな、なんて……。だって、あの娘はただでさえ森の妖精のエルフで、ジャンクなファストフードなんて今まで一度も食べたことなさそうだし。それに加えて、彼女って相当に世間知らずで非常識だから、きっと隣の女の子どころじゃないものすごい面白いリアクションを…………。
あ…………。
ああ…………そっか。
そこで、あたしは気づいた。
あまりにも遅すぎたけど……やっと、気づいた。
最近、食べることに興味がなくなってしまっていたのは、それまで一緒に食べていた人がいなくなったからだ。どんな料理でも面白おかしくリアクションしてあたしを楽しませてくれた人が、今ここにいないからだ。
アキちゃんが、いないからだ。
届いたばかりのハンバーガーを無理やり口の中に詰め込むと、代金を払ってすぐに店をでた。
これ以上、そこにいられそうもなかったから。
あふれ出る涙が、止まらなくなっていたから。
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