第27話 クラス投票

 初めて出会ってからまだ間もないクラスメイトたちと打ち解けるには、切っ掛けがいると思う。




 四時間目の体育が終わり、クラスには男子生徒しか残っていないこの時間、クラスは異様な空気に包まれていた。

 理由は今、壇上に立っている二人の男性生徒が発した言葉のせいだ。


「さて、それじゃあ授業終了までまだ時間があるから、今のうちに決めようぜ」

 

 ――クラスで一番可愛いのは誰だと思う?


 まだ高校生活が始まってから十日も経っていない。そのせいかこれまでクラスの空気はどこかギクシャクしたような、微妙なものが残っていた。


 しかし今、俺たちはまるで長年組んできたスポーツチームのような一体感とともに、きちんと自分の席に座り壇上の二人――鈴木と田中に目を向ける。


「高校生活が始まったっていうのに、いつまでもお互い様子を伺うような日々にもううんざりだ」


 さっきの身体測定の授業でもかなりの成績を残したスポーツマン系メガネの鈴木が言う。


「僕たちは一度、男同士腹を割って話し合わなきゃいけないと思う。きっとそれが、お互いを知るきっかけになるから」


 さっきの身体測定で全然記録を残せなかった、文科系メガネ田中が言う。


 ちなみに身体測定で一番凄い成績を残したのは、俺の隣の席に座る雨水猛。文武両道系メガネだった。欠点は会長しか見えないこと。


 鈴木と田中は同じ中学同士らしく、最初のころから良く話をしていた印象だが最近は微妙な距離感となっていた。

 おそらくお互いタイプが違うので、そこまで話が弾まなかったのだろう。


 これが玲愛の言っていた、最初はいいけど話題が尽きた後が困るということなのかもしれない。


「さて、幸い早く終わった体育のおかげで授業が終わるまであと二十分。さらに言えばこれから昼休みに入るから、まだまだ時間に余裕はある」

「ちなみに、扉の外には男子着替え中の紙を張ってきた。いきなり女子が入ってくることはないから安心して欲しい」

「やるな田中」

「任せてよ鈴木」


 お互いが眼鏡を光らせて頷き合う。

 ちょっとイラっとくるやり取りだ。


「ということで、もう学校が始まって十日間だ。そろそろこの女子いいなと思うやつも出てきたと思う。というか、出てるのは間違いないので、男だけで三組の可愛い女子投票を始めたいと思う」

「拒否権はないよ」

「その通り」


 鈴木と田中が流れるように説明をするのだが、実は相性いいんじゃないかなこの二人。

 まあそれはそれとして、たしかにこういうのは面白いと思う。


 正直まだ顔と名前が一致してる女子はほとんどいないけど、男子ならクラスのこの子が可愛いとかは思うだろうし、その子なら名前と顔も一致するだろう。


 こういうイベントは中学時代にはなかったもので、しかもある程度クラスメイトの関係性が整ってくるとやり辛い。


 今みたいに、まだみんながフラットな関係のときだからこそ出来ることだなと思うと、鈴木と田中は中々出来る男たちなのかもしれない。


「とはいえ、いきなり立候補しろって言われても困るだろうから、とりあえず俺たちが思う順位で名前を書くから異論があったら言ってくれ」


 そうして鈴木が黒板の方を向いて、白いチョークで最初に書いた名前は『黒崎玲愛』で――。


「意義あり! たしかに玲愛は美人だけど瑠璃が一番に決まってるでしょ!」


 俺が立ちあがってそう叫んだ瞬間、クラスの男子全員が一斉にこっちを見る。


「……あ」


 やってしまった。そう思った時はもう遅く、クラスメイトたちの視線を一身に受ける。そして戸惑っていると、教壇に立つ鈴木が睨みながら口を開く。


「……このリア充野郎……じゃなかった。えーと草薙、ぶっ殺……じゃなかった。たしかに夜明さんはめちゃくちゃ可愛い! お前を八つ裂きにして奪い取りたいくらい可愛いが! だからってクソ野郎……じゃなかった。クラスメイトの彼女を一番に上げられるわけないだろうが!」

「この糞リア充野郎八つ裂きにしてぶっ殺すぞ!」

「おい田中。それはちょっと口が悪過ぎる。言っちゃいけないことがあるからな、落ち着けって、なっ?」

「ハァーハァー! うん、ごめんね鈴木」


 いや、鈴木もほとんど同じこと言ってたけど。

 というか田中が野生の獣みたいに荒い息を吐きながらこっちを睨んでくるんだけど、めちゃくちゃ怖いぞこいつ。


 そうして田中を抑え終わった鈴木は、にっこりと俺に笑いかけてくれる。


「まあとにかく、お前はクラスの男子の敵だから」


 言葉と表情が全然一致してない。あと周りの男子たちもうんうんと頷かないで欲しい。


「……冗談だよね?」

「ん?」

「……」


 メガネの奥に光る本気の笑顔を見て、俺は黙って座り込んだ。


「お疲れさん」

「猛、俺もうこのクラスでやっていける自信ない……」

「とりあえず、あとで夜明に慰めてもらえ」

「うん……」


 そうして撃沈した俺を満足げに見ながら、鈴木は改めて黒板に女子の名前を記載していく。


「さてさて、とりあえずこんなところかな」


 そうして並べられた女子の名前は五人。瑠璃はもちろん、玲愛の名前もある。

 あと三人は、まだ話したこともない女子で、正直名前と顔が一致しない状態だった。


「あと追加して欲しいって女子いる? 俺もまだ全員の顔と名前が一致してるわけじゃないけど、とりあえず目立つ五人だとは思うんだよな」


 鈴木がそう言った瞬間、隣に座っている猛が手を上げた。


「会長は?」

「……だれ?」

「会長は会長だろう」


 鈴木が困った顔をする。田中にお前わかる? と聞いているが首を横に振られて、さらに困惑状態。

 

 ちなみに猛のいう会長というのは、俺たちの中学時代の会長であり、副会長である桜木先輩のことだ。学年は一つ上、つまり当たり前だがクラスメイトではない。


 もちろんそれを知っているのはこの場には俺以外にいないわけだが、先ほどの件を少し恨んでるので助けてやらない。


「俺は会長以外の女に興味はない」

「なるほど。わかった」


 そうして鈴木は女子五人の名前の横に『会長』と記載した。

 明らかに誰のことか理解出来ていないのだけど、どうやら考えるのをやめたらしい。中々良い判断だ。


「よし、それじゃあこれでいいだろ。そしたら順番に名前を呼ぶから、この子が一番可愛いと思ったら手を上げてくれ」

「言っておくけど、絶対に誰かに手を上げてよ。上げなかったら他に好きな子がいるんだって判断して、吊るし上げるからね」


 ちょくちょく田中が怖い。


 そう思っていると、扉が開く。当然俺たちはそれに気づくが、壇上に立って前を向いている鈴木と田中は気付いていないらしい。


「よし、じゃあまずは黒崎玲愛が一番可愛いと思うやつ手を上げてくれ」


 しかし誰も手を上げない。それどころか、顔を俯かせて黙り込むだけである。もちろん、俺も。

 そんな俺たちの様子に気付かないまま、鈴木と田中は楽しそうに実況を始めていく。


「ツンデレっぽい超美人だよー。胸も良い感じに大きいし、スカートから伸びる太ももは最高にエロいよねー」

「おお、田中わかってるな。絶対黒崎って彼女になったらエロいし色々させてくれると思うんだよなー。って、え? お前ら黒崎玲愛だぞ? 誰も手を上げないの?」


 俺たちはまるで長年組んできたスポーツチームのような一体感とともに、きちんと自分の席に座り壇上の二人――鈴木と田中に目を向ける。


 ――ご愁傷様。


 そう念を込めて。


「中々面白そうなことしてるわね、鈴木くと田中くん」

「……」

「……」


 にっこりと、最大級の笑顔を向けながら、鈴木一押しの美少女『黒崎玲愛』は二人を見ていた。

 その背後では、女子たちが怒りの表情。

 

 扉はもう、開かれた。


「色々と聞きたいこととか言いたいこととかあるけど、とりあえず黒板のこれ、消してくれるかしら?」


 どうやらこれから一年間の、彼らの立ち位置が決まったらしい。


 やっぱり、一緒に学ぶ友人に対して順位とか付けるのよくないよね。

 

「俺は会長が一番だがな」

「まあ俺も瑠璃が一番なだけで」


 お互い一番が決まっているのはいいことだ。そう思って、涙目になっている鈴木と田中を見ながら、今度少し優しくしてあげようと思った。

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