第14話 瑠璃と母
翌日の昼下がり。
瑠璃が来ることを楽しみにしている母さんを置いておいて、俺は三人分の昼食を用意していた。
「もうすぐ来るわねー」
「うん。だからってそんなにソワソワしないでよね」
「だって陽翔が初めて家に女の子連れて来るんだもの。楽しみだわ」
普段は休みの日は昼前くらいまでは起きてこない母が、今日はずいぶんと早起きをしていて、俺が起きる七時にはもう起きてたのだ。
なのに朝食の用意をしてくれてなかったのは、どうなんだろう?
まあ、その分きっちり身嗜みだけは整えてくれているので
「そういえば、三人分の料理を作るなんて初めてかも」
父さんが生きていたころは、まだ母さんがご飯を作っていた。母さんが友達を家に呼ぶことはなかったし、俺も母さんが休みの日は少しでも休んでほしかったから基本呼ばないようにしていた。
なんだかそれが少し新鮮で、楽しい。
「っと、そろそろ時間かな?」
時計を見ると、針が一時を指そうとしている。それと同時にマンションのチャイムが鳴る。
「あ、来た」
「――っ⁉」
チャイムの音に母さんが慌ててソワソワした様子を見せるが、俺としてはわかっていたことなのでそのまま玄関に向かう。
扉を開けると、春らしい少しフリルの着いたシャツに、明るい赤のスカート、その上から薄いスプリングコートを着た瑠璃が立っていた。
「いらっしゃい」
本当になにを着ても似合うなぁと少し見惚れていると、彼女はなにも言わずにこちらをじっと見ていた。
「えーと……」
「……ハル君のエプロン姿」
「瑠璃?」
「はっ⁉ ごめんね、ちょっとボーとしてた。えと、来たよ?」
来たのは分かるが、先ほどの様子がちょっと気になる。が、まあそんな彼女の態度も可愛らしいのでいいかと一人で納得しながら、彼女を家の中に入れる。
「今日は冷えてるね」
「うん。もう4月入ってるのに、寒かったからコート着てきちゃった」
「いちおう軽くだけど暖房はつけてるから部屋は大丈夫だと思うけど、もし寒かったら言ってね」
そう言いながら彼女をリビングに連れて行くと、ガチガチに固まった状態で身動き一つしない母さんがそこにいた。
いや、俺じゃなくてなんて母さんが緊張してるのさ。
母さんがまるでロボットのようにぎこちない動きで立ち上がり、瑠璃を見る。
「い、いらっしゃい……」
「は、初めまして……」
どうやら緊張しているのは瑠璃も同じようで、二人してお辞儀が固い。
これは俺がどうにかしないといけないと思い、二人の間に立つ。
「瑠璃、こっちが俺の母さん」
「は、はい!」
「で、母さん。この子が夜明瑠璃。俺の……恋人で結婚したい人」
「え、ええ! 話では聞いてたけど、本当に可愛い子ね! お母さんびっくりしちゃったわ⁉」
いやいや、本当になんで母さんがこんなに緊張してるんだ? あと余計なことは言わないで欲しい。
「話……? ハル君、家で私のことをなにか話してくれてるの?」
「あー……内緒」
ほら、瑠璃が変に興味を持ってしまった。たしかに家では可愛い可愛いと言い続けているが、だからと言って本人に聞かれるのはさすがに恥ずかしいのだ。
そう思って母さんを軽く睨むが、どうやらこちらに気付く余裕はないらしい。
「とりあえず、ご飯にしよっか」
多分、話している内に緊張も解れることだろう。
瑠璃の視線をあえて気付かない振りをし、俺は準備していた昼食をテーブルに運びに行くのであった。
なにかをしながら話すという行為は、緊張を和らげると誰かに聞いたことがある。
実際その通りで、お昼ご飯を食べながら話しているうちに母さんと瑠璃の緊張が解れたのか、お互い固かった表情に笑顔が見られるようになる。
「それじゃあ瑠璃ちゃんは、陽翔のどこを好きになったの?」
「え、えと……私の、自分が嫌だなって思ってたところも全部受け止めてくれて……」
「あらあら、あらあらあら?」
「……なにさ」
ニヤニヤと、まるで舞さんのようにこちらをからかう気満々の笑みで見てくる。
元気になったらすぐこれだ。
今後出来る限り、母さんと舞さんは近づけないようにしよう。絶対に俺にとって悪いことになる気がする。
「瑠璃は二人みたいになっちゃ駄目だからね」
「えーと」
本人を目の前にしてるせいか、瑠璃は少し困った様子で母さんと俺をちらちら見る。
それを見て母さんがニマニマと笑っていた。多分、これからからかう気なんだろう。
「もういいよね?」
「えー、まだまだこれからじゃない」
「今日は顔合わせだけ! 瑠璃だって困るじゃん!」
「えと……ハル君、私は大丈夫だよ?」
「ほらー! 瑠璃ちゃんもこう言ってるし二対一! むしろここからは女の時間だから、アンタは洗い物でもしてなさーい」
瑠璃という味方を付けたせいで、だいぶ母さんが調子に乗ってる。これは後でお仕置きしないと。
「ねえ陽翔、アンタ目がちょっと怖いわよ?」
「気のせいじゃない?」
とはいえ、今はなにもしない。仕方がないので言われた通り洗い物を持ってキッチンに行く。
ついでにジュースを出そうと冷蔵庫を開けるが、よく考えたら瑠璃の好きなトマトジュースを用意していなかった。
「とりあえず麦茶にしとくか」
今度から常にトマトジュースを常備するとしよう。そう決めて持っていくと、女性二人はだいぶ打ち解けたらしく、和気藹々と楽しそうにしている。
――見覚えのあるアルバムを広げながら。
「ほらー。これなんか面白いでしょー。おねしょしたのを必死に我慢する顔なんだけど。あとこっちは赤ちゃんプールからひっくり返って泣いてるやつ」
「ハル君……か、可愛いです!」
「ふふふー、まだまだあるわよー」
「ねえ母さん」
俺が声をかけても母さんは無視する。一瞬反応だけはしたから、聞こえているのは間違いないがこっちに対応する気はないらしい。
「いつか陽翔に彼女が出来たら見せるって決めてたのよねー」
「あああ、こっちのハル君、凄く笑ってます!」
「これはねー、誕生日に欲しかった玩具をもらったときなのよ。で、このスモッグ来てるのが幼稚園のときで――」
「はいそこまで」
どうやら止める気はないらしいので、無理やり二人からアルバムを奪い取る。
「あっ⁉ ちょっと陽翔なにするのよ!」
「人の恥ずかしい写真をばらまいておいて、なにするもなにもないでしょ。まったく……」
そして座っている二人の手が届かないように上に手を上げながら、呆れたようにため息を吐いた。
一人息子ということもあり、父さんと母さんが撮った写真は本当に多い。基本的に父さんが撮ったと思われるものはまともな物が多いが、母さんが撮ったものはちょっと恥ずかしい物ばかりだ。
「これ以上は駄目だからね」
「横暴よー。ねえ瑠璃ちゃんだってもっと見たいわよねー」
「まったく、そんなわけないじゃん」
だいたい、男の子どもの頃の写真なんて見て面白いわけがない。そう思っていると――。
「ハ、ハル君……あのね? もうちょっと見たいんだけど……その、だめかな?」
「……え?」
上目遣いでこちらを見上げ、懇願してくる瑠璃に俺は一瞬固まってしまう。
いや、それはずるくない?
「いいわよ瑠璃ちゃん、もっと言ってやって」
「ハル君の子どもの頃、知りたい。もっと、もっとハル君のこと知りたいの」
「い、いや……だからって」
「……だめ?」
下から見上げてくる瑠璃の瞳に耐え切れずに、俺は天井を見上げる。そして、力なく手に持ったアルバムをゆっくり下ろし――。
「……はい」
瑠璃に手渡した。同時に喜ぶ二人。
「やったー! 瑠璃ちゃんナイス!」
「ありがとうハル君!」
「せめて、俺のいないところでやって欲しいから、終わったら呼んで」
そうして、俺は自分の恥ずかしい写真を母親と恋人、二人に見られることを選び、部屋に戻る。
瑠璃が俺の部屋にやって来たのは、それから二時間後のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます