第13話 一歩前に
あの公園での一幕から二日経ち、俺と瑠璃の関係は一歩前に進んだと思う。
これまで遠慮がちだった瑠璃だが、俺が本当の意味で彼女を受け入れたことで心が軽くなったのか、遠慮がなくなってきた。
俺は俺で色々と考えていたことが解消されて、だいぶ気持ちが楽になったところだ。
母さんと晩御飯を食べながらも、彼女のことを思い出すとつい笑ってしまうくらいには、俺は浮かれている状態だった。
「ねえ陽翔、昨日もレバーだったんだけど……」
「実は一昨日買い過ぎちゃって、しばらくレバーの消化に付き合ってよ」
「別に嫌いじゃないからいいんだけど……レバーを買い過ぎるとかってある普通?」
あるのだこれが。買い物をしながら、瑠璃にいつ吸血されてもいいように血を増やさないといけないから。
「そういえば陽翔、あんたいつ彼女を紹介してくれるのよ?」
「え?」
「え? じゃないって。なんか結婚の約束したとかいうけど、まあそれは置いておいて……別にアンタが決めた子なら文句も言う気ないし連れてきたらいいじゃない」
「あー……」
どうやら母さんはまだ俺が結婚を決めたことを、思春期特有の思い込みだと思っているらしい。
とはいえ、普通ならそう思うのが当然だし、よく考えればこの思いは俺と瑠璃がきちんと分かり合ってればそれでいい話なので、これ以上の訂正はする必要もないだろう。
問題は、単純に自分の恋人として母さんに紹介することが、恥ずかしいことくらいだ。
「明日は私も休みだし、どうせなら家に招待したら? もちろん相手が都合もあるだろうけど」
そうしてカレンダーを見たら、たしかに明日は母の休みの証である赤丸が付いている。
「ちょっと聞いてみるよ」
俺はスマホでmineを開くと、瑠璃にメッセージを入れる。
『明日、会えるかな?』
すぐに返事は帰ってきた。
『会えるよー』
スタンプ一個、吸血鬼っぽい格好をした瑠璃が、嬉しそうに万歳してるスタンプだ。相変わらず可愛いスタンプだと思う。
「陽翔、あんた今すごい緩んだ顔してるわよ」
「……そんなことない」
そう言いつつ、多分指摘通りの顔をしている自覚があった。どうにもあの公園でのやり取りのあとから、彼女のことが愛しくて仕方ないという気持ちが抑えられない。
『母さんが瑠璃に会ってみたいっていうんだけど、大丈夫かな?』
とりあえず事情を説明するためにそう送ると、既読になった割に返事が来ない。
もしかして、相手側の母に会うって結構ハードルが高いことだったんじゃ……そう思っていると、しばらくしてから一言。
『だ、大丈夫!』
それと一緒に送られてくる、吸血鬼の瑠璃が慌てた様子でバタバタしているスタンプ。
彼女の内心がわかるものだが、なにもわざわざスタンプで表現しなくてもいいのにと笑ってしまう。
きっと今頃、大慌てで舞さんに相談していることだろう。
とりあえず一時に来てもらうことにして、一旦スマホを閉じる。
「明日大丈夫だってさ」
「よかったわ。どんな子なのか楽しみね」
「凄くいい子だから楽しみにしててよ」
俺の言葉に母さんは意外そうな表情でこちらを見てくる。
「なに?」
「アンタがそこまで言うとねぇ……猛くんのお母さんから聞いたけど、中学じゃ結構モテたのに誰とも付き合わなかったんでしょ?」
「いや、別にモテてないし」
「でも告白されたの、一度や二度じゃないでしょ?」
俺はイエスともノーとも答えない。母さんの目が完全に弄りに来ているからだ。
猛のやつ、そんな余計なこと言わなくてもいいのに……。
「そんなアンタがそこまでのめり込むなんて、気にならないわけないじゃない」
「別にのめり込んでなんて……」
ない、とは言い切れない。
これを言うと不快に思う人もいるかもしれないが、たしかに俺は瑠璃に一目惚れをしたと言っても過言じゃない。
初めて会ったあの瞬間に俺は目を奪われたのは間違いないのだから。
もちろん、こうして彼女と直接話をして、一緒に出かけて、その性格も可愛らしいと思うようになった。
だが、切っ掛けは間違いなくあの公園での一幕だったのは、否定できない事実だ。
「子どもが成長するのって、早いわねぇ……」
「なに年寄臭いこと言ってんの?」
「アンタがそんな切なそうな表情するからよ。せっかくお父さん似のイケメンに育ったんだから、そんな顔を見せたら高校で大変よ?」
そんなわけあるはずがない。たしかに記憶の中の父は格好良かったし、自分がそれに似ている自覚はあるが、周りを見ればもっと格好いいやつなんてごまんといる。
中学でそうだったのだから、高校になればもっとそうだろう。
「これは、その子も気が気じゃないかもね」
「そんな冗談はいいから。明日はちゃんとシャキっと起きててよ。一時になってもいつもみたいなだらしない格好してたら怒るからね」
「別にだらしない格好なんてしたことありませーん」
「よく言えるねそんなこと⁉」
正直、母さんに瑠璃を紹介するよりも、瑠璃に母さんを紹介する方が不安だった。
仕事場ではかなりキリっとしているという噂だが、家では本当にグダグダしてるのだこの母は。
「さーて、久しぶりにちょっとおしゃれでもしよっかなぁ」
「そんなに気合入れないで、いつも通りでも……」
「陽翔がいつも通りじゃ駄目って言うんじゃないー」
「……そうだね。ちょっとくらいはオシャレ頑張ってね」
よく考えたら、母はまだ三十代。若いうちに夫を亡くした未亡人として職場で医者からもかなりウケがいいと、昔職場の人から聞いたことがある。
今更父さんに操を立てる必要はないと思っているし、俺も母さんが幸せになれるなら別に構わないのだから、もっとおしゃれに気を使ってくれたらいいのに。
「なによその目……」
「いや、俺も結婚を決めたことだし、母さんもいい人がいたら俺に紹介してくれていいからね」
「……生意気!」
こんな風に、これまで母と二人でやってきたが、これからは家族が増える。
もちろん母さんからすれば、ただ初めて出来た恋人に浮かれている十五歳にしか見えないだろうが、俺は本当に結婚する気でいるし、瑠璃だってそう思ってくれているだろう。
不意に、ピロンと聞き慣れたスマホの着信音が鳴ったので確認すると――。
『……緊張するけど、楽しみ』
瑠璃からそんな文面と共に嬉しそうに笑うスタンプが送られてきていて、俺はこっそり笑うのであった。
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