第15話 二人きり

 コンコン、と控えめに扉がノックされたので、瑠璃がやってきたのだと思い俺はすぐに部屋を見渡した。


 ……大丈夫。別に変なものは転がってないな。


 エロ本などは持っていないが、しかし少々際どいラノベなどは実は持っていた。


 たまに本屋で見かける明らかに成人向けなものに比べれば比較的マシなものだが、あまり女子に見られたいものかと言われると……微妙なものだ。


「入っていいよー」

「お、お邪魔しまーす……」


 恐る恐る、といった様子で中に入ってくる瑠璃は、部屋に一歩踏み出すと辺りをキョロキョロと見渡す。


「これが、ハル君の部屋……」

「あんまり見られるとちょっと恥ずかしいんだけど」

「ご、ごめんなさい!」

「あ、別に謝らなくてもいいよ。うん、なにもない部屋だけど、ゆっくりしてね」


 そう言って俺はベッドに座り、瑠璃を軽く手招きをする。

 彼女もそれに続くように隣に座ってくれたのだが、少し緊張した様子で身体が固まっているようだ。


「母さんとは結構長く話してたね」

「……あ、うん。ハル君のお母さん、とってもお話上手だから」

「最初はすごく緊張してたんだけどね。多分瑠璃のこと、相当気に入ったんだと思うよ」

「そうだと……嬉しいな」


 本当に嬉しそうに微笑む瑠璃を見ると、つい見惚れてしまう。


「……」

「ハル君?」

「あっ――な、なんでもないよ」


 まさか本人を前にして見惚れていたなんて言えるはずもなく、少しどもったように声を上げてしまう。


 さあ、なんとか誤魔化さないと、そう思って少し視線をずらすと、自分の部屋の本棚が目に入る。


 出来るだけたくさん入る方がいい、そう母に強請り、結構大きい本棚だ。

 そこには昔買った漫画が並んでおり、上段にはラノベが並んでいた。


 いずれは壁一面にラノベや漫画を並べてみたい、などという野望もあるが、そのためには自分でお金を稼がなければならない。


 高校に入ったらバイトを頑張ろうかな。


「そうだ、瑠璃にこれ貸そうと思ってたんだ」

「え? あ、この間言ってたやつ?」

「うん。ちょっと待ってね」


 俺は自分の本棚から、本屋で話した二シリーズを取り出して、部屋の中央にあるミニテーブルに置く。


 一つは警察モノ、もう一つは一般的な現代ファンタジーモノ。

 自分がラノベに嵌る切っ掛けになった作品なので、久しぶりに見ると少し感慨深い。


 どちらも十巻を超えてかなりの長期シリーズだ。さすがに全部持って帰らさせるわけにもいかないだろうし、どうしよう。


「何冊くらい持っていく?」

「そしたら一冊ずつ借りてもいいかな?」

「うん……あ、でもある程度纏めて持って行った方が何回も取りに来ないで済むし、楽じゃない?」

「……一冊一冊借りた方が、ハル君と会う理由になるから……あと、ハル君と感想話せる回数も増える……」


 瑠璃は少し小さな声で恥ずかしそうにそう言う。


 可愛すぎかよ。


「……一冊ずつ貸すね」

「うん……」


 理由は可愛すぎだが、そもそもライトノベルを纏めて貸すこと自体、良く考えたらあまりいいことじゃないかもしれない。


 自分にとって面白い物が相手にも面白いとは限らないし、そもそも瑠璃は結構気を使う方だから、無理やり渡しても困るかもしれないと思ったのだ。


 これまで一緒にライトノベルを楽しもうとしてくれる友人もいなかったので、つい推し進めてしまった。


「……私も今日持ってくればよかったなぁ」

「あ、この間言ってたやつだよね? それなら次また見せてくれる?」

「うん!」




 それからしばらく俺の部屋で雑談をしていたのだが、よく考えるとこの状況、結構凄いことなんじゃないだろうか?


 だって女の子が自分の部屋にいるのだ。


 小学生のときは仲の良い女友達もいたが、やはり四年生辺りからはお互いなんとなく意識をし始めてしまい、自然と離れるようになってしまった。


 それ以降は男友達とばかり遊んでいたし、こうして部屋にやってくることなどなかったのだ。


「……」

「ハル君、どうしたの?」

「あ、いや……なんでもない」


 ヤバイ、少し緊張してきた。


 もちろん瑠璃は自分の彼女さんなわけだから、自分の部屋に呼ぶのは自然なことだろう。

 だがしかし、それでも緊張するものは緊張する。


 まあしかし、家には母さんもいるのだ。

 部屋で二人きりだとはいえ、よく考えればそんなに緊張することもないはず――。


『陽翔ー、ちょっとお母さん出掛けて来るわねー』

「……」

「お返事しなくていいの?」

「ああ、うん。いいんじゃないかな」


 マンション自体は大きい家ではない。そもそも母と二人暮らしなだけなので、大きい部屋など不要だ。


 しばらくして、母さんの声と共に扉の閉まる音が聞こえてきた。


 これで、本当の意味でこの家で瑠璃と二人っきりとなる。


「……」

「ハル君?」


 ドクドクドクと、心臓の鼓動がうるさいくらいに鳴っていた。


 これは、どういう風に考えればいいのだろうか……。


 はっきり言って、瑠璃はかなり俺に無防備だ。それこそ俺が色々とお願いしたら、きっと受け入れてくれるくらいには。


 深い夜空のような紺色の髪の毛は枝毛一つなく綺麗で、丸い瞳はまるで星のように輝いていている。

 同年代よりもスタイルはよく、腰や足などはスラリと伸び、正直これまで見てきたクラスメイトに比べてもすごく女の子らしい。


 改めて瑠璃を見ると、どうしても色々なことを意識してしまうのだ。


「ちょっと、ジュース取ってくるね」


 頭を冷やそう。

 そう思って立ち上がり、顔を洗ってすっきりさせれば少しはこの邪な考えをどこかにやれるはず。


 リビングに向かうと、テーブルの上に一枚の紙が置いてあった。


『二人きりだからって変なことをしないように。母』

「……」


 もし瑠璃に見られたらどうしてくれるんだこの母は……。


 クシャクシャに丸めてゴミ箱に入れつつ、頭の中がピンク色に染まりそうだった俺はある意味ですっきりさせられた。


 そもそも、瑠璃だってそんなことを意識して俺の家に来ているはずがない。


 最初から母さんに紹介するって名目で来てもらったんだから、余計なことを考えるのは止めにしよう。


 母さんにはトマトジュースを買ってきて、というメッセージを送りつつ、とりあえず俺はコップとジュースを持って部屋に戻る。


「え?」

「あ……」


 部屋の扉を開けると、瑠璃が座りながらベッドに顔を埋めていた。

 一瞬体調が悪いのかと思ったが、俺が部屋に入ってきたのに気付いて慌てて顔を上げたので、どうやら違うらしい。


「えーと、なにやって――?」

「は、ハル君! これは違うくて……その、えと……」


 かなりテンパっている瑠璃を見ながら、俺は頭の中で考えていたことをいったん全て忘れることにする。

 そして、先ほどは見なかったことにして、お盆を机の上に置いた。


「……瑠璃ってさ、中学時代はどんな感じだったの?」

「え?」

「だから中学時代。あの白泉はくせん女学院中等部でどんな感じだったのかなって」

「あ、えと……そんなに目立たない方だったと思うよ?」

「えー、本当にぃ?」


 どうやらこちらの意図は理解してくれたらしく、瑠璃は俺の無理やりな話題転換にもちゃんと付いてきてくれた。


 しかし、たしかに瑠璃は控えめな性格ではあるが、目立たない方、というのは絶対に嘘に違いない。


 この間のデートでさえ、ちょっとすれ違った男たちが何度も見返していたのを俺は覚えている。


 だからきっと、中学時代は相当モテていたはず……と思って女子校でモテるってなんだ?


「ほ、本当だよぉ」

「だって瑠璃、めちゃくちゃ可愛いし……」

「う、ぅぅ……あ、そうだ。あのね、私よりもずっと明るくて、みんなからすっごい慕われてる子がいたの! 三年生のときは生徒会長もしてたし、その子の方がすごく目立ってたの」

「へぇ……」


 さすが名門女子校。この瑠璃をしてそこまで言わせるとは……。


 しかし瑠璃の態度はどこか他人事ではないというか、まるで自分のことの様に嬉しそうに語る。


「その子、友達なの?」

「うん! 一番の親友だよ! だけど……」


 普段は自己主張をあまりしない瑠璃には珍しく、はっきりとそう言い切った。


 そのあとに示す少し困惑した様子。それが少し気になり瑠璃の言葉を待つ。


「玲愛ちゃん……白泉女学院の高等部に進学しないんだって」


 どうやら瑠璃はその一番の親友が離れてしまうことに対して、思うことがあるようにそう呟いた。

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