第21話 運命

 高校の入学式は、俺が思っていたほど代わり映えのすることはないものだった。


 体育館に集められ、祝辞やらなんやらを色々と聞いた後、今度は新入生代表の挨拶。


 これに玲愛の名前が呼ばれたことは驚いたが、元々白泉女学院は名門校。そこの生徒会長をしていたくらいだから、成績もいいのだろう。


 広い体育館に凛とした声が届き、まるで緊張した様子もなくスラスラと出てくる言葉にはとても新入生とは思えないくらいの貫禄があった。


 ……まあ、貫禄といえば現生徒会長の貫禄の方が凄かったが。


 そして特に問題などないまま入学式は終わり、今は教室に戻って各自の自己紹介タイム。


 ほぼ初対面同士の自己紹介だ。さすがに独特な自己紹介をする者はほとんどおらず、こちらも荒波も立たずに終わることになる。


「それじゃあこれで入学式は終わりだ。明日から各種授業のオリエンテーションなどがある。お前たち、もう中学生じゃないんだから羽目を外さないようにな」


 教壇に立つのはパンツスーツを着こなし、キリっとした表情でいかにも仕事が出来そうな雰囲気、かつ眼鏡が良く似合う女性。


 そんな三組の担任である松井先生の言葉によって、俺たちの入学式は終わることになる。




 教室の空気は少し気まずいものだった。


 というのも俺たちのようになんとなく関わりがあったのとは違い、ほとんどが初対面。


 そんな状態で小さな部屋に固まっていると、お互いなにかを話さなければと思いつつも周囲を伺ってしまって中々言葉を発せられない。


 かといって、ここで教室を出てしまえば今度は自分がいないうちに話が盛り上がり、気づけばグループが出来ている可能性もあるせいで、中々抜け出せない状況でもある。


 俺とて、隣に猛がいるからと簡単には声を掛けられない。なんとなく、かけた瞬間にこいつは空気を読まないやつ的に思われそうな感じなのだ。


「さて、それじゃあどっかで話しましょうか」


 だがそんな中、先陣を切るのはやはり玲愛だった。


 彼女はこの教室の空気などなんのその、普通に言い辛いことをはっきりと言いながら立ち上がると、俺たちに声をかけてくる。


「そうだな。全員で自己紹介も終わったし、今ここで黙ってたって仕方ない」


 そうしてそれに追従するのは俺の中学時代からの友人である猛。


 こいつも中学のときから一切空気を読まずにズバズバと言うタイプだったが、高校になっても変わりそうにない。


 まあ、おかげで俺も動きやすい。二人について行く形で立ち上がると、少しおどおどとした様子で困っている瑠璃の所に近づいていく。


 瑠璃はというと、俺たちが近づいてきたのを見て嬉しそうな表情を見せた。


「行こっか」

「うん」





 俺たちは『欲望の坂』を下りながら、日本一有名なバーガー屋であるマッグに入った。


「さーて、それじゃあ色々と聞かせてもらいましょうか」

「そうだな……俺としてはまず、恋人が出来たことを教えてくれなかったことに対して思うこともあるが……」

「うっ」

「あぅ……」


 明らかにこちらをからかう気満々の玲愛と、そして地味に精神的に攻撃してくる猛。

 すでにバーガーも飲み物も用意しきった状態の俺たちには、逃げ場がなかった。


「瑠璃から好きな人が出来たって聞いたときは驚いたけど……」

「ちょっと玲愛ちゃん! いきなり恥ずかしい!」

「でも本当のことでしょ? ほら」


 そう言って玲愛は瑠璃とのメッセージのやり取りをするように、俺にスマホを見せてきた。


 そこには凄く嬉しそうに俺のことを語る瑠璃のコメント。

『ハル君が今日ね!』『ハル君と一緒にお出かけしたんだ』『ハル君とお弁当食べてね』『ハル君……高校行ったら絶対モテるから、心配……』


 そして玲愛の『ああ、そう』『良かったわね』『へぇー』『そうなんだ』そんな短文コメントの連発。


 ……これ、玲愛の返信適当じゃない?


 そう思って俺が彼女を見ると、呆れた様子でため息を吐いた。


「毎日夜にmainでメッセージを連発してくるのよ。そりゃこっちだって返事適当にもなるわ」

「ああ、そう……」

「たしかに、これを毎日だと相当きついかもな」


 瑠璃を見ると、自分の送ったメッセージをいきなり俺たちに見られて恥ずかしがっている。

 いや、そうしてるのも凄く可愛いんだが、これはさすがに俺も恥ずかしい。


「だいたい朝はそんなに強くない癖に、夜になったらこれだけ元気になるとか、吸血鬼かアンタは」

「きゅ、吸血鬼じゃないよ⁉ 人間だよ!」

「わかってるわよ」


 玲愛は当然冗談で言ったのだろうが、瑠璃からしたら気が気じゃない発言に焦った様子を見せる。


「ところで陽翔、こんな子とどこで出会ったんだ? 少なくとも中学卒業のときにはまだ付き合ってなかったんだろ?」

「えーと……それは」


 そういえば、猛と会うのは中学卒業式以来だ。

 腐れ縁に近い友人同士だが、お互い普段からマメに連絡を取るようなタイプではないので、春休み中もまったく遊ぼうという話にならなかった。


 そのせいで報告が遅れてしまったのだが、いつもより声のトーンが少し低く、意外なことに少し不満があるらしい。 


「俺の家の近くに、結構大きな公園あるよね」

「……あそこか」

「四月一日の深夜にさ、ちょっと寝付けなくてあそこを徘徊してたんだ。そしたらそこに瑠璃がいて、綺麗だなって」

「……そんな出会い方、あるか普通?」

「普通じゃないけど……運命っていうのはもしかしたら本当にあるのかなって」


 そう言った瞬間、玲愛が凄い顔をしていた。嫌そうな顔というわけではないみたいだが、どうにもむず痒いというか、恥ずかしそうというか、とにかく複雑そうな顔だ。


「なに?」

「いや、運命とか真顔で言っちゃうのがちょっと」

「こいつは中学時代からこういうことを平気で言うやつだぞ」

「うわぁ……ロマンチストぉ」


 猛と二人してもの言いたげなこの表情。ないわぁという雰囲気がひしひしと感じられる。


「なにさ二人とも」


 ……運命と思って何が悪いというのか。実際、瑠璃との出会いは奇跡的なものだったし、運命なのは間違いないと思うのだ。


 瑠璃を見ると、キラキラした表情で俺を見ていた。


「運命……そうだよね。ハル君と出会ったのは運命だよね」

「だってあんなタイミングでお互いがあそこにいるなんて、あり得ないもんね。やっぱり運命だよ」

「うん! 私もそう思う!」


 俺らがそう言って笑い合っていると、玲愛がバーガーのセットに付いていたコーヒーを飲みながら小さな声で「ないわぁ……」と呟いていた。

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