第22話 放課後の寄り道

 俺と猛は同じ中学なので最寄り駅は当然同じなのだが、どうやら玲愛も同じ滝沢中央駅が最寄り駅だったらしい。


 明日からは一緒に行こうか? と聞いてみたのだが、猛も玲愛も遠慮してきた。どうやら俺たちに気を使っているらしい。


 別に登下校くらい、気にしなくてもいいのに……。


「気を使ってるんじゃなくて、登下校くらい心穏やかに過ごしたいのよ」

「同じく」


 入学式が終わってバーガー屋でそんな話をしていると、少しずつ人が増えてきた。


 中には俺たちと同じクラスの人たちも見え、どうやらあの後はそれなりにグループも出来たらしい。

 楽しそうに笑い合いながら話していた。


「こういうのって、最初はいいんだけどねー」

「玲愛ちゃん、どういうこと?」

「最初は話題が色々あるでしょ? 中学校時代に部活なにをしてたとか、学校の成績はどうだったとか、地元はここだとか。けどそういう話題が尽きた後って、困るじゃない?」

「……あー」


 なんというか、玲愛の発言に俺はわかると思ってしまった。

 だがそれと同時に、ちょっと達観してるというか現実的すぎやしないかなとも思う。


 これは結構敵を作りそうな性格だ。そう思っていたのだが――。


「まあでも、そういうのを乗り越えて、友達になるのかもしれないけどね」

「……」


 ちょっと格好いいかもしれない。


「玲愛ちゃんね、白泉女学院でもすっごいモテモテだったんだよ。色んな女の子から告白されたりとかもしてたし」

「あ、瑠璃! それは言わないでよ! 私はいちおうノーマルなんだから!」


 自分の親友を自慢するように瑠璃は笑いながらそう話す。


 たしかに凄く女の子からモテそうだと思った。


 女子校なら実際に女子から女子に告白というのもあると聞くが、お姉様とか呼ばれていたのだろうか?


 ところで、玲愛を見て気になっていたことがある。


「俺と玲愛ってさ、前に一度会ったことない?」

「え? なにクラスメイト相手にナンパ? しかも彼女の目の前で?」

「陽翔、それは節操なさすぎないか?」

「そ、そうなのハル君⁉」

「ち、違う違う! というか玲愛も分かっててそういうのやめてよね!」


 瑠璃が少し悲しそうに見てくるので、慌てて訂正を入れると、玲愛が笑っていた。


「冗談よ冗談。えーと、会ったことがあるかって? 多分ないと思うけど……あ」

「「あ?」」


 玲愛が一瞬なにかを思い出したように声を上げる。そしてジーと俺を見つめながら、「やっぱり」と小さく呟く


「あのとき、助けてくれたの草薙君よね?」

「助けた……? あ、ああ! あのふらふらしてた子」


 思い出すのは、瑠璃と結婚を約束したあの日。


 坂道で倒れそうになった少女は、たしかに金髪で髪の毛を両括りにして、こんな感じの少しハーフっぽい感じだった。


「なんだ陽翔。お前短い春休みでなに色々とやってるんだよ」

「いや、色々ってほどでもないんだけど……そっか、あのあと大丈夫だった?」

「ええ、おかげ様で。あの日はちょっと体調が悪くてね、結構危なかったんだけど助かったわ」

「いやいや、どういたしまして。怪我がなくて良かったよ」


 あれは瑠璃の家に行く途中だったらしく、あそこで出会ったのも必然だったのかもしれない。


 なにはともあれ、瑠璃の親友が傷付くことなく助けたあの時の自分を褒めてやりたいくらいだ。


「そっか……あの時の人が瑠璃の恋人か……うん、それなら仕方ないから許してあげる」

「え? それってどういうこと?」

「本当はね、瑠璃が悪い男に騙されてるんじゃないかって疑ってたのよ。だからこう、化けの皮を剥いでやろうって」


 そうニカっと笑う仕草はどこか男前で、ちょっと格好いい。

 こんな仕草を当たり前にするから女の子にモテるんだろうと思った。


 それと同時に、まさか自分がそんな風に思われてるだなんて思わずちょっと驚く。


「玲愛ちゃん、私騙されてなんかないよ?」

「そうね、そうみたい。ふふふ、私ちょっと早とちりしちゃったわね」


 玲愛は不思議そうな顔で首を傾げる瑠璃の頭を撫でる。

 そのやり取りだけで、普段から彼女たちの仲の良さがわかるというものだ。


「ところで、貴方たちはどこまで進んでるかしら?」

「至って健全なお付き合いだね」

「へぇ……本当、瑠璃?」

「え⁉ えっと……その……ハル君にはすべてを受け入れてもらったから……」


 玲愛に問い詰められて、瑠璃は動揺するように視線をキョロキョロとさせる。


 明らかにやましいことがありますよと言っているようなものだ。


「……ねえ草薙君? これはどういうことかしら?」

「ちょっとタイム」

「残念ながらこの死合にタイム制度は導入してないわ」


 なんか今、漢字が違った気がする……。


「あのね、この子見た目こそ凄いお嬢様って感じだけど、本当に世間知らずなのよ」

「せ、世間知らず⁉」

「うん、それはよくわかる」

「ハル君まで⁉」


 驚いているが、これまでの付き合いで彼女が少し世間からずれている部分があるのは否めないのだ。


「はいはい話が進まないから瑠璃はちょっと静かにしててね」

「うぅ……」


 イチゴのシェイクを両手に抱えてチューとやる仕草は可愛いが、今はこっちの方が重要だ。


 まるで肉食獣のような鋭い視線で、射抜くようにこちらを見る玲愛に、まずは誤解を解かなければならない。


「すべてを受け入れたってどういうことかしら?」


 にっこり笑う玲愛を見ると、笑顔が最大の威嚇行動だということがよくわかる。


 正直言って、超怖い。


 だがここでまさか瑠璃が吸血鬼ですよと言うわけにはいかない。だからこそ、俺は違うことを考えた。


「えーと、なんというか、瑠璃のちょっと特殊な性癖をね、受け入れたというか」

「特殊な性癖?」

「うん……瑠璃って実は血見るのが凄く好きみたいで、普通なら引かれるけど俺はそんなこの子も可愛いと思ったから……」

「血を……あー」


 どうやら思い当たる節があるのか、玲愛は納得したような表情を思う。

 

 やっぱり、そうだと思った。


 玲愛は小学校時代、そして中学時代を知っている。当然その中で怪我の一つや二つをしたことはあっただろう。


 そうなったとき、まだ子どもの瑠璃がいつも通りでいられるとは思わない。多分、ちょっと怪しい目で見ていたはずだ。


「は、ハル君。なんで言っちゃうの⁉」

「だって言わないと俺、このまま顔の皮を剥がれてドラム缶にコンクリ詰めにされて海に流されそうな雰囲気だったし」

「そこまではしないわよ!」


 いや、多分俺が瑠璃と最後までしたとか言ったら、それくらいしてた。


 なんか黒いサングラスに黒服の集団を引き連れて、首をクイってやってそうなってた。間違いない。


「……はぁ、それじゃあ本当に、なんもないわけね」

「うん。至って健全なお付き合いをさせてもらってるよ?」


 俺が笑顔を見せると、凄く胡散臭そうな目で見てから瑠璃を見る。


「瑠璃、ちなみにどこまでいった?」

「え? えと、手を繋いで公園を散歩して、一緒にお弁当食べたよ? あとは……ぎゅっとしてもらった」

「……ぎゅっと、ねぇ」

「言葉の通りだからね? それ以上やましいことはしてないからね?」

「もししてたら、明日の教室の黒板に草薙君はケダモノだって大きく書かないといけないところだったわ」


 その瞬間、俺の高校ボッチ生活が決まってしまうじゃないか……。


「まあとりあえず、ちゃんと瑠璃のことを考えてくれてるみたいだし良かったわ」

「そこは信頼して欲しいな」

「瑠璃も、いい男を見つけたわね」

「玲愛ちゃん……うん! ハル君はこんな私と結婚の約束までしてくれた、凄くいい人なの!」


 その瞬間、ギギギと錆びたブリキ人形のような動きでこっちを見る玲愛。


 ……瑠璃、余計なことは言わなくていいんだよ。


 そう心の中で突っ込むと同時に、玲愛が再びニッコリ威嚇してくる。


「さて、それじゃあもうちょっとお話しましょうか?」

「タイムで」

「残念ながら陽翔、この死合いにタイム制度は導入されてないそうだぞ」

「雨水君の言う通りよ。さあ、キリキリ白状してもらおうかしら」


 なんて無慈悲なルールだろう。

 そう思いながら、俺はセットで付いてきたドリンクを口に含むのであった。

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