第23話 おじさん
入学式からの帰り道、猛と玲愛は滝沢中央駅で降りてから反対方向だったため、今は俺と瑠璃の二人きりだ。
すでに太陽は沈み始めて紅く染まり、その光が瑠璃と俺の背後に大きな影を作っていた。
「ハル君、今日は楽しかったね」
隣で笑いかけてくれるので、俺もそうだね、と返した。
周囲には人影もなく、こうしてゆっくり歩いていると、世界に二人だけ残されたような、そんな不思議な感覚に陥ってしまう。
「玲愛ちゃんも一緒になれて良かった」
「凄く格好いい子だったね」
「うん! 昔から引っ込み思案だった私をね、日の当たるところまで連れて行ってくれたの!」
だから自慢の親友なんだよ、と言う瑠璃を見て、俺は少しだけ玲愛に対して嫉妬していた。
この子は俺の彼女なのに、という独占欲にも近いなにかが自分の心を占めているのははっきりと分かる。それと同時に、今の瑠璃があるのはきっと、玲愛のおかげなのだろうとも思う。
「こうなると、舞さんには感謝しないとね」
「うん……」
いったい何をどうやったのか知らないが、俺としては嬉しい以外にないのであえて追求しないようにする。
――藪を突いて、鬼や蛇が出ては堪らないのだから。
「瑠璃も一緒で、玲愛や猛とも同じクラスだし、明日からも楽しみだ」
「私も!」
そうして俺たちは帰路を歩きながら、そっと手を握りあう。ほっそりとした指はとても柔らかく、同じ人間のものとは思えないくらい自分とは違うなと思った。
「……ん?」
「あ……」
俺たちの目の前に、一人の男性が立っていた。
銀色の髪の毛を短くした、紳士然とした男性だ。とはいえその老齢な雰囲気とは違い、見た目はとても若々しい。
ただ、長いトレンチコートを着込み、手には杖。まるで海外の探偵のような格好でこちらを見ている姿は、少しだけ怖かった。
瑠璃を見ると、青年を見て驚いた顔をしていた。もしかして知り合いなのだろうか?
「おじさん……」
「おじさん?」
その呟きが聞こえて、おじさんと呼ばれるような年齢には見えず俺が疑問に思っていると、彼は凄い勢いで近づいてきて――。
「瑠璃ー! 相変わらず可愛いなぁ!」
「きゃっ⁉」
「ちょ――」
いきなり瑠璃に抱き着いた。
「いやー大きくなったねぇ!」
「お、おじさん⁉ は、恥ずかしいよ」
「あははははー! 昔はよくこうしたじゃないな! しばらく会っていなかったけど、うんうん! もうすっかり一人前のレディじゃないか!」
おじさんと呼ばれた青年は俺のことなど見えていないかのように、ひたすら瑠璃を抱きしめ続ける。
俺はというと、いくら男性とはいえ親戚に対して嫉妬するわけにもいかず、なんとなくどうすればいいか分からず戸惑っていた。
「は、ハル君が見てるから! もう放してよー」
「ハル君?」
瑠璃の言葉に反応して、おじさんはようやく俺のことを認識したようにこちらを見る。
「ふむ……君は?」
「えっと……」
とりあえず、瑠璃を溺愛しているような男性に彼氏です、といきなり自己紹介するのも少し憚れる。そう思っていたのだが――。
「ハル君は私の婚約者だよ!」
「……」
「……」
瑠璃の言葉に俺たち男性陣は黙り込みながら見つめ合う。
その隣でニコニコ笑う瑠璃。
「婚約者ということは当然、瑠璃の正体も知っているということだね?」
「……はい」
これが吸血鬼だということはすぐに分かった。だからこそ、このことに関しては絶対に逃げてはだめだと思い、まっすぐ彼の目を見てから頷く。
「ふむ……」
そうして男性はなにかを考えた様子を見せた男性は、にっこりと笑い始め――。
「それじゃあ、男同士でしっかり話し合おうか、ハル君?」
玲愛のときといい、最近はこういうことばっかりだと思う。
それだけ彼女が愛されているのだろう。そう思わずにいないと、怖くて仕方がなかった。
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