第20話 自己紹介
瑠璃が可愛いのはもちろんだが、この黒崎さんはとても目立つ。
たしかに以前瑠璃が言っていたように、あのお嬢様学校の白泉女学院でも普通に目立っていたことだろう。
俺たちくらいの年齢だと、美人というよりは可愛いという表現をされることが多いと思うが、おそらく十人中十人が彼女のことを『
美人』と、そう表現すると思う。
瑠璃が夜空と月が似合う少女だとしたら、彼女は青い空と太陽が良く似合う。そんな対比的な二人であるが、こうして並ぶとそれはもう良く目立つ。
「周りの視線が凄いな」
「そうだね」
始業式までまだ時間がある中、俺たちはすでにクラスメイトたちから遠巻きに見られていた。
理由は明白だ。この美少女二人の圧倒的存在感と、そして俺の隣に座る男のせいである。
運動部というわけではないのだが、それでも同年代に比べて高い身長にキリっとした掘りの深い顔。
スポーツマンのように短く刈られてワックスで立てられた髪は清潔感もあり、少し小さめな眼鏡が知的な印象も与える。
まあこいつを一言で表すと、早々お目にかかれないレベルのイケメンだった。
「さて、とりあえず自然な流れで一緒に教室に来たが、実はまだ自己紹介をしていない俺たちだ。こうして同じクラスになったのもなにかの縁。まずは互いのことを紹介し合うというのがいいと思うが、どうだ?」
「そうね」
「よし、それなら言い出しっぺということもあるので俺からいこう」
猛は当然だという風にこの場を仕切る。中学時代は生徒会長もしていて、この滝沢北高校でも生徒会をするつもりだと言っていた。
ただ一つだけ言うと、別に優等生というわけではない。
あ、いや全国模試でもトップクラスの成績だし、運動神経も抜群なので優等生なのは間違いないが、結局のところこいつの生き方というか目的は一つだけなのだ。
「滝沢西中学出身の雨水猛という。好きなものは会長、嫌いなものは媚びる女。呼び方は猛でいい。以上だ」
「……えーと」
困った様子で女子二人が俺を見る。その反応は見慣れているので、俺はいつも通りの言葉を言う。
「こいつはこういうやつだから、あんまり深く考えない方がいいよ」
「そう、そうね。人それぞれだものね」
「う、うん……あんまり深く考えないようにするね」
そして若干変な空気が流れてしまう。
なぜこの男はこうなることが分かっていて、自己紹介の先陣を切るのだろうか?
「まあ、こんなのだけど悪いやつじゃないから仲良くしてあげて」
「こんなの扱いとは酷いな。俺がどれだけお前の尻拭いをしてやったと思ってる」
「猛の尻拭いは、その十倍はしてるけどね」
この男、言動こそ少し怪しいが見た目はイケメン、学業優秀、運動神経抜群と神によって二物も三物も与えられているので、モテる。とてつもなくモテる。
だがしかし、先ほどの自己紹介であるように基本的に女嫌いなうえに、歯に衣着せぬ物言いを平気でするタイプなので告白してきた女子を散々泣かせてきた。
そのフォローをするのは決まって俺だ。多分、俺がいなかったらこいつは十回くらい刺されてると思う。
とりあえずこの空気の中、女子二人に自己紹介をさせるわけにはいかないので、今度は俺がやろう。
「えーと、草薙陽翔です。猛と同じ滝沢西中学出身で帰宅部だったよ」
さて、ここまでは普通の自己紹介なんだけど、この後どうしよう。
なんとなく、瑠璃の彼氏ですって答えるのも恥ずかしい。
そもそも、これまでは俺たち二人で完結していることが大きかったが、これからはこの学校というコミュニティの中で生活をする中で、ずっと見られているのだ。
正直、俺たちは自分で言うのもあれだが結構ワキが甘いというか、少し周囲が見えなくなる時がある。
だから気を付けないとと思い瑠璃を見ると、彼女は楽しそうにこちらを見ていた。
ああ、可愛い……癒される……。
「貴方、まさか入口であれだけイチャイチャしておいて、まさか黙り込むつもり?」
「い、いちゃいちゃなんてしてないよ!」
「いや陽翔、さすがにそれは無理だと思うぞ。もうお前たちは学校中の噂になってるはずだ」
「え、えぇぇ⁉」
驚く俺と瑠璃を見ながら、なに驚いてんだマジかお前ら、という目で猛と黒崎さんが見てきた。
いや、たしかにクラス分けを見るときに軽く抱きしめてしまったが、あれは不可抗力だ。
そう思って周囲を見ると、クラスメイトたちも猛たちと同じような目でこちらを見て頷いている。
いや君らも近くのクラスメイトと話しなよ。じっとこっち見すぎだって……。
「……瑠璃とはこの春休みに会って、それで俺が一目惚れをして付き合うことになりました」
俺は観念したようにそう呟くと、黒崎さんは首を傾げていた。
「おかしいわね。瑠璃は自分が一目惚れをして付き合ってもらうようになったって聞いてるけど」
「れ、玲愛ちゃん! それは内緒だって言ったじゃない!」
瑠璃が焦って黒崎さんに抗議をするが、彼女はにやにやと笑うだけ。どうやら確信犯らしい。
しかしそっか。瑠璃もそう思ってくれてたのか。そう思うと、ちょっと嬉しいな。
「……中々面白いな。つまりお前たちは両方とも一目惚れだったということか」
「ちょっと猛! いきなりそういう恥ずかしいことを改めて言うのやめてくれる⁉」
「俺は事実を言ったまでだ」
「瑠璃、私は事実を言っただけだから」
二人揃って俺たちをからかってくる。瑠璃に至っては、もう顔を真っ赤にして涙目だがそれがちょっと可愛い。
「さてっと、あんまり瑠璃を苛め過ぎてたら時間ばっかり過ぎちゃうし、次は私かな」
さっと髪をかき上げて不敵に笑う姿は、普通なら格好つけてると思うが、黒崎さんがやると一流モデルの仕草に見えるから不思議だ。
「私は黒崎玲愛。白泉女学院の中等部で生徒会長をしていたわ」
「おおー」
「普通ならエスカレーター式なんだけど、ちょっと家の都合で公立の学校に来たの。瑠璃とは昔からの腐れ縁ってところかしら」
「え、親友……」
「これからよろしくね、二人とも。あ、私の呼び方は玲愛でいいから」
そう言いながら笑う仕草は本当に太陽のようだ。もし俺に瑠璃いなかったら見惚れていたかもしれない。
瑠璃が何度も「私たち親友だよね? ね?」と横で聞いてるのをあえて無視してる様など、彼女を可愛くからかう術を知っている。
さすがは幼馴染、今度色々教えてもらおう。
「というわけで、次は瑠璃の番なんだけど……」
そのタイミングでチャイムが鳴ってしまう。
「それじゃあ、席の離れた瑠璃はここで一旦お別れね」
「な、なんでそんなことを言うの⁉ 酷いよ玲愛ちゃん」
「そんなの決まってるじゃない」
――そういう風に困る瑠璃が可愛いからよ。
そう瑠璃に聞こえないように小さく呟いた声を拾った俺は、やはり彼女とは仲良くやれそうだと、心からそう思った。
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