第19話 黒崎玲愛
いつもと違う電車の雰囲気の中、俺たちは高校の最寄り駅である滝沢北駅に到着した。
ここから一キロも離れていないところに滝沢北高校はあるのだが、通り道に商店街やカラオケなど、寄り道できそうなところがあるので、つい目移りしてしまう。
「これは、気付いたら寄り道しちゃいそうだね」
「うん……今は閉まってるけど、放課後とかは色々活気がありそうだね」
シャッターが閉まっているとは、看板は残っている。いわゆる老舗っぽい店が多く、昔ながらの街並みが残っていて少し風情があると思った。
商店街を抜けると、あとは五百メートルほどの坂道があり、その先に滝沢北高校がある。
この坂道のことを猛は『欲望の坂』と呼んでいたが、言いえて妙だと思う。
ラーメン屋、カラオケ、ラーメン屋、ボーリング場、ラーメン屋、古本屋、雀荘、ラーメン屋と遊ぶところにこと欠かず、学生を誘惑する店が多いのだ。
「というか……ラーメン屋多くない?」
「多いね……」
どの店を見てもこってり系のラーメンで、どう考えてもターゲットは部活帰りの高校生たちだろう。
一つだけ綺麗な感じのラーメン屋は女子ウケを狙っているのだろうが、男子生徒たちのいる前でラーメンをガツガツ食べる女子はそう多くない気がした。
そうして坂道を登り切り、校門を潜り抜けると広い中庭のような場所に大きなホワイトボードがいくつも並んでいるのが見える。
隣には垂れ幕で『新入生クラス分け表』と書かれており、少し早い時間に来たにも関わらず、人で溢れていた。
「凄い人……これ、みんな私たちと同じ新入生かな?」
「そうだね。うん、今あそこにあんまり近づきたくないかも」
同じ中学の生徒同士が一緒にやってきたのだろう。お互い話し合いながら、笑い合ったり困った顔をしている姿は初々しい。
きっと笑い合っているのは仲の良いの同士が同じクラスだった者たちで、困った顔をしているのは知り合いがいない人だろう。
出来れば瑠璃と一緒のクラスがいい、そう思いながら近づくと、周囲の生徒たちが一瞬こちらを向いて、少し驚いた様子を見せる。
……瑠璃、見られてるなぁ。
周囲を見ても、断トツで可愛いから仕方がない。男女ともにこちらを見ているのは、きっとそういうことだろう。
「……ハル君、見られてる」
「いや、見られてるの瑠璃だから」
そんなことを話しながらホワイトボードを見ると、どうやら全部で六クラスあるらしい。
自分と瑠璃の名前を探していると――。
「あ……」
「……あった」
俺たちは二人同時に声を上げる。そこには、紛れもなく同じクラスである証明である、俺たちの名前がそこにはあった。
「一緒のクラス……良かったよぉ」
「ちょっ⁉」
よっぽど不安だったのか、瑠璃が倒れ込みそうになるので俺は慌ててその身体を支えてあげる。
「「……」」
柔らかく、暖かく、そして軽い。ふと瑠璃を見ると、彼女は顔を紅くしてこちらを見ていた。
正直、いつまでも抱きしめておきたい気持ちにかられるが……。
「陽翔……こんな公衆の面前で、すごいなお前」
「瑠璃……あんた、ちょっと合わないうちに大胆になり過ぎじゃない?」
「「え?」」
聞き慣れた男の声に俺が顔を上げると、そこには中学時代からの友人である猛と、見覚えのない金髪の少女が立っていた。
そして気付く。
周囲にはまだ多くの生徒たちがいる中、俺たちはさっそく抱きしめ合うような形になってしまい、その視線の嵐が凄いことになっていたことに。
「…………」
「…………あぅ」
そうして俺たちは、この事態に脳の処理が追い付かず、固まることしか出来なかった。
俺は瑠璃や猛たちと一緒に教室に入ると、すでに中に入っていたクラスメイトたちの視線が一斉にこちらに向いてくる。
小学校の知り合いがほとんどそのまま上がる中学と違い、高校は色々なところから集まってくるせいか、見渡してみても知らない顔ばかり。
数人だけ同じ中学だった人もいるが、これまで喋ったことがないため初対面みたいなものだ。
なんというか、様子見をしている状態で教室の空気は少し居心地が悪かった。
「さて、とりあえずカバンを置いて適当に固まるか」
「そうね……さっきのことももう少し聞きたいし」
そう言ってささっと黒板に張られている紙を見る二人。
一人は俺の友人である雨水猛。そしてもう一人は瑠璃の親友である黒崎玲愛。
国内有数の大企業であるクロサキの令嬢だったが、お家問題で追い出されてしまった悲劇の少女――のはずだが、第一印象はずいぶんと力強い感じだった。
今もこの誰もが様子を伺っている中、まったく気にした様子を見せずに、堂々と先陣を切る。
「陽翔、隣だな」
「え? あ、本当だ。丁度いいね」
「私は貴方の後ろみたい。よろしくね、色々と」
名前順になっているため草薙陽翔は黒崎玲愛の一つ前だった。そして丁度隣は雨水猛という文字がある。
俺たち四人のうち、三人がくっついた席。そして――。
「……うぅ」
恐らく『夜明瑠璃』という名前は多分どのクラスでもそうだろうが、一番教室側の最後尾。席的にも一人だけかなり離れており、瑠璃は悲しそうに席順を見上げていた。
「もう、そんな顔しなくても大丈夫だから。荷物だけ置いてすぐこっちに来なさい。ちゃんと待っててあげるから」
「玲愛ちゃん……うん、待っててね!」
なんとか慰めないと、そう思っている間に黒崎さんが一歩前に出て瑠璃に笑いかける。
きっと、中学時代もこういうことがたくさんあったのだろう。少しへこんでいた瑠璃も、すっかり元気になっていた。
「……なに?」
「いや、なんか慣れてるなって」
「まあ、あの子とも付き合い長いからね」
まるでお姉ちゃんのようだと少し思った。
多分生まれつきだろう綺麗な金髪を紅いリボンでツインテールにして、少し吊り上がった鋭い瞳。
背筋をピンとして強気な性格を隠さない様は相手を威圧しかねないが、今のやり取りをみると優しい性格なのはすぐにわかる。
「さてっと」
黒崎さんは瑠璃を見送った後、にっこりと可愛らしい笑顔でこちらを見てきた。
「それじゃまだ時間はあるっぽいし、色々と聞かせてもらうわよ。ハル君?」
その呼び方をされた時点で、きっと瑠璃は色々と話してるんだろうなぁという思いと、からかい混じりな声と、その奥に見え隠れしている真剣な瞳に気押されて、俺は黙って頷いた。
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