第18話 高校生
四月十日――この日俺はついに高校生になった。
鏡に映る高校生になった自分の制服姿はまだ慣れないが、少しだけ大人になった気もする。
リビングに出ると、相変わらずだらしない格好の母さんがいた。今日は昼から出勤らしいが、だからってちょっとだらけ過ぎだ。
今日は仕事なので入学式には来ないらしいが、高校生になってまで親同伴というのも少し恥ずかしいので丁度良かったと思う。
「陽翔ー、準備出来たー?」
「うん」
「瑠璃ちゃんが迎えに来るんでしょ? いいわねー、青春だわぁ」
「いちいちからかってこないでよ」
瑠璃を紹介して以来、頻繁に次はいつ来るんだと尋ねてくるので、母さんが仕事でいない日だよと言うと、いやらしいと返された。
酷い誤解もあったものである。
「さて、それじゃあ行ってくるね」
「はいはい、いってらっしゃーい」
皺のない真新しい制服を身に包み、エレベーターを降りる。
公立である滝沢北高校は電車で四駅離れている。そのため電車通学をすることになるのだが、俺の住むマンションは瑠璃の住む屋敷と駅の丁度真ん中くらいにあった。
そのためマンションを降りたところで瑠璃と待ち合わせることになり、 自動ドアを出て、ポストが並ぶエントランスを抜けると――。
「あ……ハル君!」
「え? 瑠璃、もう来てたの⁉」
「うん、楽しみ過ぎて早く着ちゃった」
約束の時間までまだあと二十分ある。さすがに俺は降りるだけなので先に待っていようと思っていたら、まさかの展開だ。
そして、俺はそんな嬉しそうに笑う瑠璃を見て、言葉を失う。
公立というだけあり、滝沢北高校の制服は至ってシンプルなものだ。
紺色のブラザーに白シャツ。学年ごとに決まった色のネクタイとリボン。男子はこれにズボンを、そして女子はチェックのスカートと着ることになるのだが……。
「……可愛い」
「……格好いいよぉ」
「「っ――⁉」」
同時に呟いた言葉は、至近距離なのだから聞こえないということはあり得ない。
俺と瑠璃はお互い顔を真っ赤にしながら、思わず顔を逸らしてしまう。
そしてチラっと瑠璃を見る。
柔らかく波打つ紺色の髪が肩越しに流れ、紺色のブレザーとマッチしていて、まるでこの制服が彼女のために作られたのではないかと思わずにはいられないほど似合っていた。
白のシャツはそんな彼女を際立たせるように光り、ワンポイントの赤いリボンがおしゃれさを増している。
「……その、似合ってる」
「ありがとう……ハル君も、凄く似合ってるよ」
もう学校に行かないでこのままずっとこうしていたい。
そう思ってしまうほど、今が幸せだった。
俺たちはじっとお互いを見つめながら、いつまでもこうしてるわけにはいかない意識を切り替える。
「……そろそろ行こっか」
「うん……」
そうして瑠璃と並んで歩きだしたのだが、正直俺は未だに緊張しっぱなしだった。
この春休みで何度も見てきた瑠璃だが、制服姿の破壊力はあまりに凄すぎる。
実際、俺たちと同じように今年から高校に入学するであろう初々しい男子たちの羨む視線をひしひしと感じていた。
同じ制服ではないので違う高校だろうが、瑠璃ならこの周囲の学校でも噂になりかねない。
「そういえば、ハル君はお友達と一緒じゃなくて良かったの?」
「うん? ああ、猛のことね。いいのいいの、別にいつも一緒ってわけじゃないから」
瑠璃に玲愛ちゃんという子がいるように、俺にも中学時代で仲の良かった友人はいる。
その中でも一番長く付き合いがあるのが猛なのだが、まあちょっと変なところがあるやつだ。
他にも友達はたくさんいたが、腐れ縁という言葉が一番合う友人でもある。
「瑠璃こそ、前言ってた玲愛ちゃんと一緒じゃなくて良かったの?」
「うん……誘ってみたんだけど、自分がいたら邪魔だからって」
そんなことはない、と言えたら男前なのだろうが、正直二人きりで登校したい気持ちもあったので、心の中で感謝する。
瑠璃が言うには凄い美少女らしいので、そんな女の子二人と初日から登校したら俺の高校生活はきっと大変なことになるだろう。
それこそ、いきなり他の男子生徒にはぶられることから始まりかねない。
「そういえば、俺のこともう話してるんだ」
「あ、駄目だった?」
「いや、どうせ学校ですぐ知れ渡ることだしいいだけど……」
俺は猛になにも言っていないから、つい同じように思ってしまっただけだ。
そう思っているうちに、駅に着く。
「なんか、定期って使うの初めてだから緊張するね」
「わかる……これで何回でも電車に乗れるって、すごいよね」
「うん、すごい」
多分、世の中の学生や社会人にとって定期など慣れ親しんだものなのだろう。俺らもきっと、これからすぐに慣れてしまうに違いない。
だがそれでも、こうして初めて使うのはドキドキするし、手にした物が凄いアイテムに思えるのだ。
すでに来ている電車に乗ると、学生と社会人がそれなりにいた。
「結構人いるね」
「うん、あ……あそこ空いてるから座ろっか」
俺たちが乗る滝沢中央駅は始発駅になるため、タイミング次第では座ることが出来る。たった四駅程度なので立っていてもいいのだが、座った方が落ち着いて話せるので丁度いい。
それに、混雑した電車には痴漢も出る可能性がある。特に瑠璃は可愛いし、標的にされてしまうかもしれない。
座っていれば安心だが、もし彼女に触れるような不届き者がいたら絶対に殴り飛ばす自身がある。
そうしてすべての椅子に人が座り、立つ人が増えたころに電車は動き出した。
「なんだか、凄く新鮮だね」
流れる景色をぼうっと眺めていると、肩の触れ合いそうな距離で座る瑠璃が小さく呟く。
「たしかに、瑠璃とこうして同じ制服を着て、一緒に登校するって新鮮だ」
「いつも乗ってる電車なのに、胸がふわふわして、とっても不思議な感じ」
口には出さなかったが、俺も同じ気持ちだった。
こう、胸のあたりがフワっとしてるのだ。これは初めてデートをしたときも、俺の家で一緒だったときも、そして公園を歩いた時もいつも感じているもの。
それでいて一人の時はなにもないのだから、やはり瑠璃と一緒にいるからこそだろう。
中学のとき、女子と一緒にいてもこうはならなかったから、彼女は俺にとって特別な存在なのだ。
「高校、楽しみだね」
俺がそう言うと、瑠璃も嬉しそうに微笑んだ。
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