第31話 一緒に料理
昨日の約束した通り、料理を教えるために瑠璃が家にやってきた。
「よ、よろしくお願いします!」
「うん。頑張ろうね」
紫色のエプロンを着用した瑠璃は、少し緊張した様子だ。ただ多分、これは俺から料理を習うことに対する緊張。
そしてそれに対して、俺もめちゃくちゃ緊張していた。理由は、母さんがいきなり遊びに出掛けて二人っきりになってしまったから。
つまり今、俺たちは家の中で二人きり。
今日の瑠璃の服装は料理をするためか、普通のTシャツに膝丈までスカートでシンプルなものだが、これにエプロンを着用するとそれだけで不思議といつもと違う非日常感が出る。
なんというか、自分の家にこの姿の瑠璃がいるだけで新妻のような雰囲気になり、緊張してしまうのだ。
「……可愛い」
「え?」
「あ、いやなんでもないよ」
恐るべし、エプロンの魔力。
ついポロっとこぼしてしまった言葉が聞こえなかったらしいが、俺の理性はいつまで持ってくれることだろうか。
「とりあえず始めよっか。いちおう昨日話した通り、今日は一緒に作っていこう」
「うん! 頑張るね!」
元気にそう笑うが、よくよく考えれば瑠璃はちゃんと料理が出来るはずなのだ。というのも、春休み最後の日、瑠璃は俺にお弁当を作ってくれた。
そのときの内容も、ハンバーグとか卵焼きとかだったが、どれも美味しかったのをよく覚えている。形だって綺麗だったし、あれはこれまで料理に触れてきたことのない人には作れないものだ。
「それじゃあ今日は肉じゃがを作ろうか」
そうして俺は順番に材料を出していく。昨日買ってきた牛肉に、じゃがいも、人参、糸こんにゃく、玉ねぎ。今回は二家族分まとめて作るので、いつもに比べてだいぶ量が多い。
とりあえず瑠璃と半分に分けて、自分の分の材料を順番に切っていく。
「……」
「ん? どうしたの?」
「ハル君、どうやったらそんなにパパッと切れるの?」
俺が一通り切り終えた辺りで瑠璃がそう聞いてくるので、見ればまだ彼女はジャガイモの皮むきが終わったくらいだった。
「早いのは慣れだから、あんまり気にしなくてもいいんじゃないかな?」
「うー……でも」
「それより、丁寧に作る方が大事だからさ。無理はしちゃ駄目だよ」
「……うん」
そう言いながら瑠璃は少したどたどしい様子で他の材料を切っていく。たしかに手際がいいとは言えないが、だからとって見ていて不安になるほどでもなかった。
「俺は包丁で皮を剥くのに慣れちゃってるからこうしてるけど、普通はピーラー使った方が早いし安全だからそっちにしよっか」
「でも、ハル君とお揃いがいい」
「……」
上目遣いでそんなことを言われて、否定など出来るはずがなかった。
そしてこんな悪いことをどこで覚えてきたのか知らないが、俺も男だしもう止まってなんてあげない。
「そしたら、皮を剝くときはこうやってね」
「わっ――」
俺は瑠璃の背後から抱き締めるような体勢で彼女の手を握る。そして包丁の持ち方、材料の持ち方を自分がしているような風にしてあげた。
「わ、わ、わ」
「ほら、そんなに動揺したら危ないよ?」
「で、でも……これ……あぅ」
瑠璃が慌てたように声を出すが、先に仕掛けてきたのは彼女の方だ。
そもそも、この家に二人っきりでこんなシチュエーションの時点で俺も限界一杯だというのに、そこにこんなクリティカルヒットな攻撃をされて、思春期の男子が止まれるはずがないじゃないか。
――こうなったら、めちゃくちゃ恥ずかしがらせてやる。
「ハル君……は、恥ずかしい」
「ほら、料理に集中して」
「あぅぅ……」
そう心に誓いながら、俺は瑠璃と一緒に料理を作り続けるのであった。
「で、出来た……」
少し疲れた様子の瑠璃。きっと慣れない料理に戸惑った結果だろう。決してそれは俺のせいじゃないと思う。
「うん、美味しいね」
出来上がった肉じゃがの出汁を軽く味見して、俺は満足げに頷く。
醤油や砂糖とみりんなどで味付けをするため、家によって味付けはだいぶ変わるのが肉じゃがだろうと思う。
俺の家では少し砂糖多めで甘めな感じだが、瑠璃の舌には合うだろうか……。
「すっごく美味しい!」
「……良かった」
満面の笑みを浮かべてそう言ってくれているから、お世辞というわけではないだろう。
「これ、持って帰ってもいい? お姉ちゃんにも食べさせてあげたいんだけど……」
「もちろんいいよ。元々そのつもりだったしね」
ついでに、切るだけ切って余った食材もそれぞれタッパーに詰めていく。
肉じゃがとカレー、それにシチューあたりは先に食材だけ切って準備しておけば、それだけで次の料理に使いまわせるから重宝していた。
出来立てのご飯を装い、瑠璃が一生懸命作っているうちに用意したほうれん草のおひたしをテーブルに置いていく。
「あれ? いつ作ったのそれ?」
「瑠璃が困ってるとき」
瑠璃は料理とか色々なことで頭もパンクしてたみたいだし、真横で茹でていても気付かなかったらしい。
まあこれくらいならちょっと目を離しているうちにさらっと作れる。
あとは冷蔵のに入れている、以前から作り置きしているたくわんを置けば準備万端だ。
「さて、これでとりあえず準備は万端だし、時間も丁度いいから食べよっか」
「うん!」
時計を見れば午後六時。少し早いが、これ以上遅くなれば瑠璃の帰りが遅くなってしまう。いくら吸血鬼だとしても、女の子を遅い時間まで連れまわすのは男として良くないと思う。
そうして俺たちはテーブルに向かい合って、ご飯を食べ始める。
「はぅ……」
「どう?」
「美味しいよぉ……ハル君は天才だよぉ……」
美味しそうに食べてくれる瑠璃を見ていると、心がほっこりした。
ちょっと持ち上げすぎなところもあるが、好きな女の子にそう思ってもらえるのは男としてやはり嬉しい。
「そういえば、いつもは舞さんが作ってるの?」
「うん。だけどお姉ちゃんもなにかやってるみたいで忙しいから、コンビニとかお弁当屋さんが多いかも」
「……なんだって?」
瑠璃の言葉に俺はつい声を低くしてしまう。
――年頃の女の子が、普段から食べてるものがお弁当?
それは、とても良くないと思う。たしかに最近のコンビニ弁当はクオリティも高いし、味も美味しい。だからってそれをメインにしていいかと言われると、それは駄目だろう。
「決めた」
「え?」
「今日から瑠璃の分のご飯は俺が作る!」
ついでに、舞さんの分も。
「え、えぇぇぇぇ⁉」
そんな俺の宣言に、瑠璃は驚いて声を上げるのだった。
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