第30話 お買い物

 部活動見学は、当初想像していたようなものとは大きく違う展開になっていた。


「来たな部活荒らし……野球部はやられたらしいが、俺たちサッカー部はそう簡単にいかないぞ!」

「いや、別に勝負する気とかないんですけど……」


 どうやら野球部でのやり取りがSNSで広まっていたらしく、俺たち四人は行く先々で勝負を仕掛けられるようになる。

 そして――猛と瑠璃の圧倒的な身体能力と玲愛の運動センスに敗北していくのであった。


「これは酷い……」


 いちおう言っておくが、俺は確かに自分で言うのもなんだが運動神経はかなりいい方だ。部活動経験者にだって、そこそこいい勝負ができる。


 ただ、それはあくまでも中学レベルの話。野球部の時は相手が油断してくれたから打てたが、多分本気だったら打てなかったと思う。

 そんな俺に対し、この三人の能力は完全に高校の先輩部員たちを圧倒していて――。


「中々楽しかったわ!」

「うん! みんな上手だったもんね!」


 美少女二人がにっこり笑い合う姿は眼福なのだが、しかしその背後には死屍累々となった部員たちの山。


 サッカー部、テニス部、バスケ部、卓球部、陸上部……おおよそ高校にありそうな運動部は一通り回ったのだが、後半などは「待ってたぞ!」と声を大にして待ち構えられていたのを見て、俺は帰りたくなった。


 ついでに、俺たちに付いてくるような行列が出来ていたのを見て、俺は振り返るのを止めた。


「んー、満足満足。それじゃあ私と雨水くんは生徒会の方に顔出しに行くから、ここで解散しましょうか」

「そうだな。お前たちはまだ部活見て回るのか?」


 時刻は午後五時を回っている。そろそろ帰らないと夕飯が遅くなる時間だ。あと、これ以上学校にいたら運動部どころか文化部からまで仕掛けられそうで怖い。


「瑠璃、俺たちはそろそろ帰ろうか」

「うん。それじゃあ二人とも、また明日ね」


 小さく手を振りながら、俺たちは一緒に帰ろうと校門の方に向かう。

 俺たちに付いてきていた生徒たちもこれでお終いだと分かったらしく、解散していった。


「ハル君ハル君。楽しかったねー」

「うん、あんなに運動したの久しぶりだし楽しかった……かな?」


 言い切れないのは当然、他の部員たちにどう思われるかと、明日以降どうなることやらという不安があるからだ。


 とはいえ、そんなことが些細に思えるくらい、瑠璃の笑顔に癒される。


 本音を言えばこのまま二人っきりでデートでもしたい気分だが、今日は夜に母さんも帰ってくるしご飯を作らないと。


「あ……そういえば材料色々ないんだった」


 昨日の夜、冷蔵庫を見て今日買わないといけないと思ったのを思い出した。

 とりあえず滝沢中央駅に降りたら目の前にショッピングセンターもあるし、そこで買うか。


「お買い物?」

「うん、晩御飯の材料ほとんど残ってないんだよね」

「……私も一緒でもいい?」

「いいけど、面白いものなにもないよ?」

「ハル君と一緒にいるだけで楽しいよ?」


 ……多分、今俺の顔がにやけてると思う。それくらい不意打ちで、嬉しい言葉だった。


「それじゃあ……一緒に買い物しよっか」

「うん!」


 そうして俺たちは一緒に電車に乗り、そして改札を出てすぐなるショッピングセンター『ラグーンタウン』に入る。


 三階建てのここは、俺がまだ生まれる前からずっとある地元のショッピングセンターだ。


 そこまで大きくはないが、二階はファッションフロア、三階に本屋や雑貨屋など色々揃っていて地元の人は大抵ここか、近くにある百貨店のどちらかに集まることが多い。


「わ。あんまりこっちは来ないんだけど、結構人多いんだね」

「この時間は仕事終わりの主婦とかが集まる時間だからかな」


 一階の食料品フロア。

 俺たちはカートを押しながら慣れた通りの順番で歩いていき、次々とカゴの中に食材を入れていく。


「人参はたしかまだあったな。あ、タマゴがもうすぐ切れるんだった」

「……」

「いちおう、俺がいないときに母さんが食べる用のインスタント系も入れておくか。あ、ナス安い……けど母さんが好きじゃないし無理に食べさせようとすると拗ねるんだよなぁ……」


 必要な物を入れていくとすぐにカゴいっぱいになるので、カートの下に置く。そして通り道においてあるカゴを再び置いて、食材売り場を進んでいった。


「これで大体四日分……あと三日の献立はどうしよっかなぁ」


 出来れば一週間分の献立を決めてからまとめ買いをしておきたい。というのも、二人暮らしだと思ったより食料の減りが微妙になりがちで、最後に中途半端な残り方をしてしまうのだ。


「は、ハル君?」

「うん? どうしたの?」

「いつもこんな感じでお買い物してるの?」


 瑠璃が驚いた様子でこちらを見てくるが、いったいどうしたのだろうか? 普通に買い物をしていただけなんだけど……。


「どうしよう……ハル君の女子力が高すぎて追い付ける気がしない……」

「瑠璃?」

「あ、ううん。凄いなぁって思って」

「別に凄いことないよ。いつもやってることだしね。あ、そうだ。今週残った中途半端なやつは明日カレーでまとめて使っちゃうか」


 今日は金曜日だから、明日明後日の分はこれで確保できるだろう。

 それなら今足りない分を少し足すだけでいいから、三個入りの玉ねぎをカゴに入れる。


「なんでそんなに一気に買うの?」

「ここのスーパー、金曜日だとポイント五倍なんだよね」

「ぽ、ぽいんと……?」

「五倍は大きいよ」


 いちおう火曜日も二倍ポイントをやっているが、ポイントの倍率は大きければ大きいほどいい。

 あのレシートに溜まったポイントを見ると、ついにやけてしまうものだ。


「……ハル君」

「ん?」

「今度から毎週金曜日、一緒にお買い物してもいい?」


 ちょっと真剣な表情の瑠璃を見て、この買い物のどこにそんな雰囲気になる要素があったのだろうかと思わずにはいられない。


 だけど瑠璃と一緒にいる時間は少しでもないが方がいいので、俺は頷く。


「あと、あとね……お願いがあるの」

「いいよ」

「まだなにも言ってないよ⁉」


 少し恥ずかしそうに俯きながらそう言う瑠璃が可愛いから、俺はつい先に返事をしてしまった。


「瑠璃のお願いだったら、なんでも聞いてあげたいんだ」

「あ、う……うん。ありがとうハル君……」


 俺の言葉に顔を真っ赤にしていて、どうやら照れているらしい。


「それでね、えと……明日とか空いてる?」

「明日? うん、予定はないけど」

「そ、それじゃあね! 私に料理を教えて欲しいの!」


 予想もしないお願いに俺は少し驚くが、よくよく考えたら瑠璃も普段は舞さんと二人暮らしなので、料理を覚えたいというのは理解出来る。


 俺もいつも頑張ってくれてる母さんを楽させたいと思って始めたし、きっと瑠璃もそんな感じだろう。


「もちろんいいよ。そしたら明日から、作れるときは一緒にご飯作ろっか」 

「――! うん!」


 まるで綺麗に咲いた花のように満開の笑みを浮かべる瑠璃を見て、俺は一緒にいられる時間が増えて内心でガッツポーズをするのであった。

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