第29話 野球勝負
スパンッ、と鋭い音と共に白球がミットを揺らす。
「ストラーイク!」
「……なんで俺はここに立ってるんだろ?」
玲愛に一蹴された先輩は、そのままターゲットを俺と猛に絞ってきた。
最初は新入部員の確保というつもりで声をかけてきたみたいなのだが、俺が瑠璃と付き合ってる雰囲気を察してからは一転、急に打席を用意されて今に至る。
「ちっ」
俺の背後でボールをキャッチした男性が一瞬だけ俺を睨みながら、ピッチャーへとボールを返した。
ちなみに、このキャッチャーの先輩と俺は間違いなく初対面だ。学年すら違う。
そんな人に睨まれている理由は一つ――。
「草薙くん! 打てるわよー!」
「ハル君頑張ってー!」
美少女二人に応援されているからだろう。
ちなみに俺を睨んでいるのはキャッチャーだけではない。ピッチャーの先輩も同じように睨んでいる。
というか、よくよく周囲を見渡すと、男子生徒たちほぼ全員が俺を睨んできていた。
「あの、俺別に経験者でもなんでもないんですけど……」
「知るか」
キャッチャーの先輩に声をかけてみるが、取り付く島もないとはこのことだろう。酷すぎる。
『へいへいバッタービビってる!』
周囲のヤジが段々と大きくなってきた。
というか、この人たち俺に嫉妬するのは仕方ないとして、こんなことしてたら野球部に興味があって見に来た女子生徒たちも引いちゃうんじゃないだろうか。
実際、瑠璃たちの他にも結構多くの女子生徒たちがこちらを見ている。
その多くが、俺に同情的な視線と、他の男子生徒たちに対する呆れた様子だ。
「言っとくけど、手加減無用だぜ!」
「……ああ、もう!」
基本的に俺はあんまり怒らない方だと思う。
たまに突っ込み的な感じで声を上げるときはあるが、別に本気で怒ってなどいない。
ただ、なにもしてないのにこんな悪役にされるのは、ちょっとだけイラっとした。
「死ねやオラァ!」
とんでもない暴言と共に飛んでくるボール。さすがに俺に当たるような軌道ではないが、かなりの球速だ。
だが、それでも見えないというほどではない。
「――しっ!」
カキーンと、甲高い音がグラウンドに鳴り響き、二遊間を切り裂くように俺の打ったボールが飛んでいく。
「なぁ⁉」
驚くキャッチャーの声を聞きながら、俺は一気に駆け出して一塁を蹴り、そして二塁に入る。その頃になってようやくボールが二塁手に収まった。
呆然とした様子でそれを見るピッチャー。素人に打たれるはずがないと自信満々だったのか、スピードはともかく、コースはめちゃくちゃ甘かった。
ど真ん中ストレートなら、バッティングセンターでもっと早いのを打ってきたし、あれくらいならなんとかなるかな。
とはいえ、もし変化球なんかを投げられたら全然対応出来なかったとも思う。
「は、ハル君格好いい! 格好いいよー!」
遠く離れたフェンスの先では瑠璃が両手を上げてブンブン振っている。
それに応えるように手を振ると、周囲の女子からは暖かい視線が、男子からは突き刺すような殺気が飛んできた。
「ははは……とりあえず打てて良かった」
両極端だが、まだ女子に嫌われない方がありがたいのでホッとする。そう思っていると、打席に猛が立つ。
元々端正な顔立ちをしているため、女子生徒からもやや熱い視線が飛んでいた。
そして――。
「まあ、猛が本気を出したらこうなるよね」
ガンッ、と金属音にしては鈍い音と共に、ボールが遥か場外へと飛んでいく。それを俺は眺めながら、ゆっくりとホームまで戻った。
そもそもこの雨水猛という男、中学時代から運動神経抜群でどの部活からも引っ張りだこだった男だ。
会長以外に興味がないので、その能力の大部分を使う機会はなかったのだが――もし本気を出せばこれくらいは軽く出来るのを知っていた。
「珍しいね、猛があんな風に本気出すの」
「俺としても友人があれほど悪く扱われるのはムカつくからな」
ホームに戻ってきた猛はそう言うと、薄く微笑む。相変わらず決めるところは決めるイケメンである。
周囲の女子からちょっとした歓声が聞こえてきたし、きっとまたファンが増えたのだろう。
「ハル君、凄く格好良かったよ」
「貴方たちやるじゃない」
フェンスの奥にいた瑠璃と玲愛がグラウンドの中に並んでやってくる。
さっきまでと違うのは、スカートの下に学校指定のジャージを履いていた。しかもどこから持って来たのかバットも持っている。
「二人とも……その恰好は?」
「え? 次は私たちの番だから履いたのよ。さすがにこのスカートじゃ見えちゃうかもしれないし」
「なんというか……玲愛、似合ってるね」
「ありがと」
まるで漫画などに出てくるような、凄い野球少女のような貫禄が彼女にある。これでヘルメットまで被っていたら、完璧だろう。
「ねえハル君……私は?」
「瑠璃は……」
控えめに言って、運動が出来る雰囲気には見えない。だがしかし、俺は知っていた。彼女が、圧倒的に運動神経抜群なことを……。
「可愛いよ」
「わっ! あ、ありがとう……」
顔を紅くしてもじもじするのは本当に可愛い。
ところで気付いたら玲愛がバッターボックスに立っているのだが、素人に打たれて凹んでいた先輩バッテリーは正直戸惑っている。
「さーて、それじゃあやるわよー」
ブン、ブン、と明らかに素人とは思えない素振り。そして――。
カキン、と鋭い打球が飛び、フェンスにダイレクトで当たって跳ね返る。
彼女の見栄えの良さも合わさって、周囲から男女問わず凄い歓声が上がり、玲愛は三塁まで一気に走っていた。
「俺より鋭い当たりなんだけど……」
「黒崎も中々やるな」
「ハル君、私も頑張るね!」
今度は瑠璃がバッターボックスに。
そして――。
青空に向かって、目で追うことも難しいほど凄まじい勢いで高いフェンスを越えて、ボールは消えていく。
その飛距離は猛の打球よりもずっと凄く、誰もがただただ呆然とゆっくり走る瑠璃の姿を見ているだけだった。
「はぁー……相変わらず見た目にそぐわない、凄い運動神経」
瑠璃の打球によってホームに帰ってきた玲愛が、呆れたようにそう言う。おそらく、中学時代もこんな感じだったのだろう。
「お疲れ様。玲愛も凄かったよ」
「ありがと。中々気持ち良かったわ。野球も悪くないわね」
ニコっと笑う仕草は中々格好いい。女性ファンが出来るのも頷ける。
「ハル君ー! 打ったよー!」
そして走りながら一気にこっちにくる瑠璃は、満面の笑みだ。
「凄かったよ」
「えへへ……」
褒めて褒めて、と見上げてくる彼女の頭を撫でてあげると、さらに笑みを深くする。
そんな嬉しそうな彼女を見て心が弾み、同時にグラウンドで俯いている野球部の先輩バッテリーが見えてちょっと気まずくなった。
「あっちの自業自得だから気にしなくてもいいわよ」
「そうだな。先に喧嘩を売ってきたのはあっちだ」
この武闘派二人のように簡単に割り切れないが、言っていることはもっともだ。
とはいえ、まさか元野球部でもない人間に四連続で打たれて、しかも二本はホームランなんて想像もしなかったに違いない。
「とりあえず、周りの目も結構気になるし、もう離れよっか」
これ以上ここにいて、余計なトラブルに巻き込まれるのはごめんだと思い、俺たちはそのまま野球部を後にした。
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