第32話 想い合う
翌日。
土曜日ということもあり、俺は昼から瑠璃の家にお邪魔していた。
そして舞さんを呼んでもらい、やってきた彼女は若干戸惑った様子を見せる。
どうやら普段の俺の様子と違うことに気付いているらしい。
「ねえ瑠璃、なんか陽翔くんが私に話あるっていうから待ってたんだけど、私なにかしたっけ?」
「えーと……」
「舞さん……瑠璃から聞きましたよ」
「……なにをかしら?」
ソファを挟んで座る舞さんは、真剣な表情でこちらを見る。
それは一番最初に出会って、吸血鬼の話をしたときくらい真剣だ。
あの時のことを思い出すと今でも少し恐怖を感じるが、今は負ける気がしなかった。
「普段からコンビニとかのお弁当ばかり食べてるらしいですね?」
「さーて、それじゃあお姉さんは用事があるからあとはお若い二人で楽しんで――」
自然な動作で立ち上がり、背中を見せる舞さんの首根っこを俺は掴んだ。
「逃がしませんよ」
「ちょっと陽翔くん? なんだか目がとても怖いんだけど?」
「怖くないです。さて……とりあえず、お話しましょうか?」
そして俺は舞さんを再びソファに座らせて、笑顔を向けるのであった。
「コンビニ弁当ばっかりでごめんなさい……」
「あ、ははは……」
俺とのお話を終えた舞さんは、ぐったりした様子でテーブルに俯き、意気消沈としていた。
そしてその様子を眺めていた瑠璃はそんな姉の姿に苦笑している。
別にコンビニ弁当が悪いとは言わないが、限度という物がある。
やはりどうしても脂っこくなってしまうし、食生活が偏ってしまうのは避けられないから、出来るだけ健康面も考えた献立が必要だ。
「本当は血さえあれば生きていけるから、健康面とか気にしなくてもいいのに……」
「は?」
「ごめんなさい」
ボソっと呟く舞さんを睨むと、すぐに顔を背け謝罪する。
たしかに舞さんの言う通りなのかもしれない。だが、それとこれとはまた話が違うのだ。
「いいですか。食事は健康面はもちろんですが、精神的な面も支えてくれます。好きなものだけ食べていても生きていけるかもしれませんが、それでは心身ともによくありません」
「はい……」
「お姉ちゃんが素直に謝ってるところ、初めて見たかも……」
瑠璃が隣で驚いているが、いったい今までどんな人生を歩んできたんだこの人。
本当は保護者枠としてヨハンさんにも色々とお話がしたいと思っていたのだが、どうやら危険を察知して逃げたらしい。この辺りは舞さんよりも厄介かもしれない。
まあ、そのうち絶対に捕まえるけど。
「とりあえず、これからは俺が作りますよ。どうせ自分と母さんの分も一緒に作るから、手間は変わらないですし」
「え? いいの?」
「瑠璃には出来るだけちゃんとした食事をしてもらいたいので」
「へぇ……」
俺がそういうと、舞さんはまるで捕食者のような瞳でこっちを見てくる。
「そっか……陽翔くんはいい子ねぇ。前から興味持ってたけど、ちょっと欲しくなってきちゃった。ねえ瑠璃、陽翔くん私にくれない?」
「だ、ダメ! 絶対ダメ! そんなことしたらお姉ちゃんの血全部吸うからね!」
「あら怖い」
吸血鬼ジョークだとは思うが、中々ブラックだなと思ってしまった。
瑠璃は慌てた様子でこちらにやってくると、そのまま俺の腕をぎゅっと掴んで絶対に渡さないという意思表示を見せる。
それはそれで可愛い行為なのだが、今はだいぶ気温が温かくなってきたこともあって瑠璃の服装はだいぶ薄い。
そして、彼女は同年代に比べても中々に発育がいい。つまり、その感触がモロに俺の腕に当たっており、色々と不味い。
「あ、あの瑠璃? ちょっと離れて」
「……ハル君」
甘えたような声を上げて見上げて、不安を隠せない様子。
俺が離れてと言った瞬間、さらにぎゅっと力を込めてくるので余計に色々と……。
――いや、これはちょっとズルいって。
俺は思わずそんな彼女の頭を撫でながら、されるがままにしておく。ついでに、こっちを見てニヤニヤしている舞さんを睨みつけるのを忘れない。
「うふふー。まあ二人の仲が良好なのは良いことねー。ところで陽翔くん? 本気で私のところに興味があったら、いつでも言ってね? お姉さんが大人のことを色々と教えてあげるから……ね」
そういってウィンクをする仕草はあまりにも扇情的で、きっと男だったら誰でもあっさり陥落してしまうことだろう。
ただ、俺にはすぐ傍で必死に抱き着いてくる可愛い婚約者がいるので、まるで興味が持てなかった。
「とりあえず、舞さんは一度痛い目見た方がいいと思います」
「あら酷い。でも、そこまで言われたらちょっと本気で試してみたくなってきちゃうわねー」
「……え?」
そう言う舞さんの瞳が紅く染まる。
その瞬間、彼女の雰囲気が一変した。それは前に一度だけ見た、吸血鬼としての姿。
あの時は訳も分からず本能的な恐怖だけを感じたが、少し落ち着いて吸血鬼のことを知った今、彼女のなにが怖かったのかを理解した。
――記憶を消せるなら、記憶を操ることも出来るんじゃないか?
前にヨハンさんが言っていた言葉だ。そしてそれはきっと、本当にそう出来るだけの力がある。
人とは異なる存在――それが吸血鬼で、だからこそ人間は恐怖を覚えるのだ。
「お姉ちゃん!」
「瑠璃は黙ってなさい!」
「っ――⁉」
姉が吸血鬼としての力を使おうとしていることに気付いたのだろう。
瑠璃が慌てて声を上げるが、その力に差があるのか、それともこれまでの人生で培われてきた環境故か、舞さんの一言で瑠璃が黙らさせられる。
そして、俺はそんな舞さんをじっと見ていた。
「ほら陽翔くん? 瑠璃よりもずっと大人な身体、体験してみたいと思わない?」
自身の着ているTシャツの胸元を引っ張り、瑠璃以上に大きな胸の谷間を見せつけてくる。
「……なんというか、舞さんって吸血鬼っていうよりサキュバスって感じですね」
「……なんで効いてないのかしら?」
「なにを、と言いたいところですけど……もしその目が魔眼とかそんな感じなら、効いてますよ?」
さっきから舞さんの瞳から目が離せないのだ。それに、脳がやたらと彼女に従えと言っている気がする。
だけど――。
「そんな本能的なモノに負けて瑠璃を悲しませるなんて、出来るはずないじゃないですか」
「ハル君……」
「……」
じっと、舞さんがこちらを見つめてくる。元々彼女がなにかをしていて目が離せないので、まっすぐお互い見つめ合う形だ。
しばらくそんな時間が続き、その間じっくり彼女を見続けていると、瞳の奥に少し動揺した様子と共にホッとした感情が見え隠れしていることに気が付いた。
「ふぅ……本当に、瑠璃はいい子を見つけてきたもんねぇ」
舞さんが視線を逸らす。それと同時にずっと脳内で響いていた彼女に従えという声が無くなった。
「ねえ瑠璃。陽翔くんのこと、好き?」
「うん。大好き」
「そっか」
それは妹を心配する、姉の表情。つい先ほどまで妹の婚約者を奪おうとした女性と同じとは、到底同じとは思えないほど優しい瞳。
「それなら、絶対に離しちゃ駄目よ? こんないい男、他にきっといないからね」
「……舞さん?」
いつものふざけた様子とはだいぶ異なる雰囲気。いったい彼女はなにを考えて、今回のようなことをしたのだろうか?
「陽翔君。瑠璃のこと、なにがあっても嫌いにならないであげてね」
「……俺が瑠璃のことを嫌いになることなんて、ありえませんよ」
「そっか……」
そう、なにがあっても瑠璃のことを嫌いになることはあり得ない。
俺がそう決意をしっかり伝えると、舞さんは優しく微笑んでから、いつもの軽い感じに戻る。
「あーあ、瑠璃より先に見つけてたら私のモノだったのになー」
「それはないですね。舞さんは俺のタイプじゃないので」
「はっきり言う義弟だ……瑠璃ー、陽翔くんが虐めるよー」
俺から瑠璃を引き離そうとするが、瑠璃は抵抗していて離れない。
「お姉ちゃんの自業自得だよ」
「妹が冷たい……こうなったら、二人ともまとめてハグしてやるー!」
「「うわぁ⁉」」
舞さんがダイブしてきたせいで、俺たち三人はソファに埋もれるように倒れ込む。
「あーはっはっは!」
「……ふふ」
「……はは」
そして嬉しそうに高笑いする舞さんに、俺たちはつられて笑ってしまった。
吸血鬼のくせにどこまで明るくて、この人を見ているととても夜の住人だという気がしない。
だからだろう。先ほど少しだけ覚えた不安も、完全に吹き飛んでいた。
「ハル君……」
「うん?」
「本当の私を知っても……」
そこまで言って、瑠璃は言葉を切る。そして笑顔を向けて――。
「なんでもない! 大好き!」
「……うん、俺も」
きっとなにがあっても大丈夫。
だって俺たちは、こんなにも想いあっているのだから……。
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