瑠璃色の吸血鬼に恋をした

平成オワリ

第1話 月夜の公園

 中学を卒業したばかりで今は春休み。


 中学生以上で高校生未満という中途半端な立場にある俺こと草薙くさなぎ陽翔はるとはその日、なぜか寝付けず公園を散歩していた。


 時刻はすでに零時を回っており、多くの家では光が消えている。

 その代わり、空を見上げるとうっすらだが星が多数見受けられ、明るい満月が夜空を照らしていた。


 特に今日の月は普段見ているものよりもずっと大きい。別にスーパームーンだとか特別な日ではないはずだが、異常とも思える大きさだ。


 ――これはなにかが起きるかも。


 そんな自分の厨二的な思考に苦笑しつつ、こうして深夜を徘徊する行為自体、厨二病と呼ばれても仕方がないことだろうとも思った。


 近場とはいえ大きな公園だ。


 昼間は近所の人たちが犬の散歩をしたり、子どもが遊んだり、夕方くらいになると仕事終わりのサラリーマンがランニングを始める場所だが、今はうるさいくらい蝙蝠が飛んでいるだけだった。


「夜の公園って、こんなに蝙蝠がいたんだ」


 近所の公園だというのに、知らないことが多い。


 公園で煌々と光るライトに群れるは虫たちが焼かれては再びぶつかりにいく。


 柔らかな風が靡くたびに木々が揺れ、その音が妙に心地よく、それと同時に自分の知っている公園との違いに少し怖いとも思った。


 だけど俺は足を止めない。ライトに群れる虫のように、なにかに誘われるようにただただ歩いていた。


 公園の中央は少し大きな山になっており、そこを上ると朝日がよく見える場所が広がっている。


 子どもの頃は母さんとよく一緒に初日の出を拝んだものだが、中学に上がる頃から恥ずかしくなって行かなくなった。


 当然、こんな暗い時間帯では太陽など見えるはずがない。

 それでも不意に行ってみようと思ったのは、そこになにかがある気がしたから。


「……は?」


 山の上には木で出来た屋根とベンチがある。

 どこの公園でもあるそれの名前がパーガラだと俺が知ったのは、実はここ最近の話。


 驚いたように声を出してしまったのは、そこに先客がいたからだ。


「……だれ、ですか?」


 白のワンピースの上から蒼色のカーディガンを着た、自分と同年代の少女からこぼれる、細々とした小さな声。


「う……あ……?」

 

 満開の桜が月明りに照らされて、柔らかい風が流れるその場所に少女が立つ。


 それだけで近所の公園がまるでファンタジーな世界に迷い込んだような錯覚を覚えてしまい、目を奪われて身体が動かなくなる。


 目の前の少女は、ただひたすらに美しかった。


 腰まで緩やかに伸びた瑠璃色の髪も、柔和な雰囲気をした青みがかった瞳も、その立ち振る舞いも。

 満月と満開の桜、そして美少女。まるで物語のワンシーンだと思ってしまう。


「貴方は……?」


 か細いが、透き通るような声が風に乗って聞こえてきた。

 向こうもこんな時間に誰かが来るなど想定していなかったのか、驚いた様子を見せる。


 その声が聞こえた瞬間、心臓が跳ね上がった。まさか声をかけられるとは思わなかったのだ。


 彼女は幻想世界から現世に迷い込んだ妖精か女神に違いない。

 そんな妄想をしてしまうくらい、今この瞬間は、俺にとって非現実的な出来事だった。

 

「えっと……俺は」

「……」


 なんとか声を出そうと思い、しかし緊張でうまく声が出ない。

 そうしてお互いの間で無言の時間が続くと、不意に少女がゆっくりとこちらに歩いてきた。


 一歩、二歩、三歩。


 最初は十メートルほどあったその距離も、どんどんと縮まっていく。

 彼女が近づくたびに、俺の鼓動は速さを増していき、緊張が高まっていた。


 それが少女に対する懸想から来るものではなく、動物が持つ本能的な恐怖だと気付いたのは、お互いが触れ合えるほど近づいたときだ。


「ごめん……なさい」

「え……?」

 

 少女の言葉の意味が分からずにいると、彼女はいきなり俺に抱き着いてきた。


「――⁉」

 

 あまりにも驚きすぎると、人は声を出せなくなるらしい。


 鼻孔をくすぐる甘い香りと、少女の柔らかくも暖かい身体。

 抱きしめられると、このまま彼女に身も心も任せてしまいたい衝動に駆られてしまう。


 身体は、動かない。本能的に危険だと分かっていてなお、俺の身体と心は言うことを聞いてくれなかった。


 そして、突然走る首元の痛み。


「っ――ぁ……」


 少女に噛まれていると理解するよりも早く、全身の力が抜けていった。

 耳元ではまるでストローで飲み物を飲む様な小さな音が聞こえてくる。その後に続く、ゴクリと喉の鳴る音。


 少女が俺の首から顔を離すと、彼女の唇にはまるで口紅を塗ったかのような紅いルージュがはっきり残る。


 瞳も先ほどの青と違って緋色に輝き、彼女の傷一つない乳白色の肌との対比でとても映えていた。


「あぁ……美味しい……」

 

 月明りの下、涙を流しながら、それでも恍惚とした表情でこちらを見るその少女が、薄れゆく視界の中でとても、とても美しく思う。


 彼女はいったい何者なのか。

 俺はいったい今、なにをされたのか。


 そんな思いは、この光景の前に全て吹き飛んでしまう。


「綺麗……だ……」


 ただ、心の底からそう思った。

 そして……俺の視界は、そこで閉じることになった。

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