第9話 初デート

 俺たちが住む県で一番大きな街の名前は滝宮たきのみやという。最寄り駅も同じ名前だ。


 南には海があり、そして北には山が広がっていて、自然豊かな良い街だと思う。

 実際、観光地としては全国でも屈指の街だし、俺は変に大都会に行くよりもこの街の方が好きだった。


「お昼まで時間あるし、少しブラブラしよっか」

「うん。ハル君はなにか見たいところとかある?」

「えーと……」


 そういえば最新のラノベが発売してるはずだから本屋に行きたい、と思ったがよく考えたら初デートでいきなり本屋というのもどうだろう。


 瑠璃も読書が趣味だから良い気もするが、やっぱり最初くらいはちょっと格好つけたい、と思っていたのだが――。


「……本屋行く?」


 結局、色々考えた結果デートに相応しいところなど思いつかないまま、ついそんなことを口にしてしまった。

 これは幻滅されるかも、そう思っていたが瑠璃は嬉しそうな顔をしてくれた。


「私もちょうど、本屋で買いたい物があったから」

「そっか」


 こういうのを、波長が合う、というのかもしれない。

 お互いが行きたい場所が一致するというのは、凄くありがたいことだ。


 滝宮には大きな本屋があるので、そちらに向かう。

 俺の買いたい本はラノベなので四階だが、普通の小説は一つ下の階だ。


「瑠璃はどんな本が買いたいの?」

「……ハル君が好きなライトノベルが……知りたいな」

「あ……」


 少し恥ずかしそうにそう言うので、彼女が本屋に行きたいという理由を理解した。どうやら俺の趣味に合わせようとしてくれているらしい。

 ちょっとだけ、それが嬉しく思う。


「それなら俺が持ってるの貸すから、買うなら好きなの買いなよ」

「うん……ただハル君がどんなのが好きか知りたいから、一緒に見に行ってもいい?」

「わ、わかった」


 なんというか、その態度一つが妙にいじらしい。

 こんな可愛い子にこんなことを言われて、俺はどうすればいいんだ。


 デートの初っ端から彼女にはドキドキさせられまくりである。


 とりあえず瑠璃と一緒にラノベコーナーに一緒に行くと、周りから視線を感じた。

 なんだろうと思っていると、嫉妬混じりの視線だったからなるほど、と思う。


 彼らからしたら、同じラノベ趣味の女の子と買い物に来るなど羨ましいのだろう。

 もし俺も逆の立場だったら同じことを思う。


 だが瑠璃はそんな視線は気にならないらしく、楽しそうに本棚を見ていた。


「わぁ。やっぱりこうして並んでるのを見るの楽しいね」

「うん。俺もそう思う」


 正直言って、俺はこのラノベコーナーが大好きだ。

 棚一面にずらりと並べられた作品は、どれもこれも面白そうに見えるし、どんな物語なのか期待しかない。


 小学生のときは漫画を集めていたが、中学に入りラノベを知ってからはかなり嵌った。


 その時思ったのは、漫画は二十分くらいで終わってしまうが、ラノベは二時間は楽しめるということ。


 しかも一巻で物語がきっちり終わり、中途半端にならないことが、凄く良いと思ったのだ。


 俺の友人たちの中でラノベが大好きだと公言してくれる人がいなかったので、あまり学校では公に話が出来なかったのだが残念だった。


 だが瑠璃もラノベは読むということなので、俺としてはいつも以上にこの場所が楽しいものに思える。


「これがハルくんの好きなシリーズなんだ」

「うん。現代ファンタジーものって今はあんまり流行ってないんだけど、俺は凄く好きだなぁ」


 俺がラノベに嵌る切っ掛けになった作品は二つある。


 一つは、警察官の主人公が妖対策本部の所属になって戦うバトルファンタジー。だがラノベらしく恋愛要素も結構しっかりある。


 こちらはヒロインが妖で、しかも年下だけど上司という、今の流行とはだいぶ離れたものだ。


 妖に両親を殺された主人公と、人でありたい妖のヒロイン。

 最初はすれ違う二人の心が徐々に近づいていく様はなんというか大人の恋愛であるはずなのに、妙にじれったく甘酸っぱいものでドキドキさせられる。

 

 結構描写がグロく、それまで少年漫画とかしか見てこなかった俺には衝撃的な話だった。

 それと同時に、妙に引き込まれてしまい、気付いたら十巻以上の物語を一気読みしていたほどだ。


 そしてもう一つは退魔師モノ。

 こっちは今の流行にもだいぶ近く、幼い頃に才能がないからと言われて日本最高の退魔一族から勘当されて追放されてしまう話だ。


 だが実は主人公には別の属性の才能が眠っていて、成長して最強の退魔師になった主人公が実家を見下しながら、強敵たちを圧倒していくストーリー。


 主人公は過去の出来事からひねくれてしまうが、それでも圧倒的な強さを発揮してヒロインや他の仲間たちを何だかんだ助けていくシーンどれも胸が熱くなる。


 それに、主人公の過去に実はとある少女と色々なやり取りがあって今に至るというシーンは、涙なしには語れないものだった。


「だから、俺は特にこの二作がオススメかな!」

「……どっちも妖怪がやられちゃうお話なんだ」

「……はっ⁉」


 思いっきり勧めていたが、よくよく考えれば瑠璃は吸血鬼だった。

 どっちもまだ吸血鬼は出てきていないとはいえ、これではお前をやっつけてやると言われていると思われても仕方がない。


 あまりにもデリカシーのない選択に俺は思わず焦ってしまう。


「ち、違うんだ! ただ俺はこの辺が好きなだけで……」

「ふ、ふふふ……そんなに焦らなくても大丈夫だよ」


 瑠璃は少しおかしそうに笑う仕草を見せる。どうやら俺をからからっていただけらしい。


「……けっこう、いやだいぶ焦った」

「ごめんね。でもハル君がいきなり退魔師モノとか勧めてくるんだもん。凄く好きなのは伝わってきたから、本当にただオススメしてるんだってわかったけど」

「うっ……それはごめん。全然考えなしに勧めちゃってた」

「ううん、いいの。ハルくんの好きなもの、もっと知りたいから」


 なんというか、瑠璃の言葉はいつも真っすぐだ。そこに嘘が混ざっていないことが凄くよくわかる。


 彼女なりに、俺との付き合い方を真剣に考えているのだろう。

 だから、俺ももっと彼女のことを考えて、知っていかないといけないと強く思う。


「そういえば瑠璃はどのあたりのラノベを読むの?」

「えーと、私はこれが好きかな」


 そうして彼女が指さしたのは、とても綺麗なイラストのものだった。

 ただ、暗い夜空に一人ぽつんと立つ少女が少し寂しさを思わせる、そんな作品だ。


「普通と少し違う女の子が、普通に生きようと一生懸命頑張る話なんだ……凄く好きで何度も読んじゃった」

「へぇ……」


 読んだことはないが、ネットでは泣けるとか、歴史に残る名作とか色々言われているのを知っていた。


 たしか全四巻のはず。凄く人気がある作品のはずだが、ここで終わらせたから神作とまで呼ばれているのだと見たことがある。


 ラノベというよりはファンタジー文学に近い感じの雰囲気で、これまで手に取ったことはない作風だ。


 ただ、彼女が好きだというなら読んでみたいと思う。

 瑠璃はこの本の少女と自分を重ね合わせている。そんな雰囲気を出しているから尚更だ。


「今度貸してもらってもいいかな?」

「うん、ハル君のオススメも貸してくれると嬉しいな」


 これまで自分の本を貸し合う相手などいなかったので、ちょっと嬉しい。


 そんなやり取りをしていると、周りの男性客たちの視線がさらに厳しいものになった気がした。

 

 それからしばらく本屋をグルグル歩き回りながら、今度は瑠璃が気にしていた文学コーナーに向かう。

 そこでも瑠璃の好きな本を教えてもらって、今度はイメージ通りだなと思う一幕があった。


 午前中の僅かな間だが、瑠璃のことをまた一つ知れて良かった。

 これからも一緒に色んなところを回って、もっともっと知っていきたいと思う。


「それじゃあそろそろ行こっか」

「うん。ハルくんがオススメしてくれたカフェ、楽しみだよ」

「あんまりハードル上げないで欲しいなぁ……」


 瑠璃とメッセージのやり取りをしながら、母さんから聞いたカフェに向かう。

 そのカフェは自然との調和をテーマにしているらしく、ネットで調べても評判の喫茶店だ。


 中学生が来るにはちょっと大人っぽいが、俺たちはもうすぐ高校生。少しくらい背伸びしたってきっと大丈夫。


 しばらく歩くと、『Nature House フェアリー』という看板が見える。


「あ、あれだね」

「わ、凄い人」


 結構早い時間だと思ったが、やはり有名店だけあってかなり並んでいた。


 木で囲まれたそのカフェはテーマ通りだと思うし、とても街の中のお店とは思えない。


 まるでファンタジーアニメに出てくるログハウスは、俺が想像していた以上におしゃれだ。


「すごくおしゃれで可愛い……」


 瑠璃も同じように感じてくれたらしく、感動した様子でカフェを見ている。


 俺はというと、正直これまでの人生で一度も踏み入れたことのないレベルのおしゃれさに、一歩踏み出すのを躊躇ってしまっていた。


 だけど隣で瑠璃が嬉しそうにしているから、覚悟が決まった。

 

「それじゃ、並ぼっか」

「うん!」


 前に並ぶのは大学生とかそれ以上の大人ばかりだ。

 少しだけ場違いな雰囲気があるかもしれないが、だけど構わない。


「えへへ……楽しみだね」


 こうして笑ってくれる女の子が隣にいると、見栄を張ってでも頑張れるのが男というものだから。

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