第8話 待ち合わせ

 そして翌日――。


 俺は瑠璃と一緒に美味しいと評判の喫茶店に行くため、滝沢中央駅で待ち合わせをしていた。


 ここから電車で十五分ほど出れば、県で一番大きな街である滝宮たきのみやに着く。


 ショッピングはもちろん、カラオケやボーリング、映画と一通りの物は滝宮に行けば揃っており、若者も年配の人もみんなが集まる街だ。


 街自体がかなり綺麗なため、他県からもよく観光やデートスポットとしても有名な場所でもある。


 時刻は九時半。

 待ち合わせは十時なのでだいぶ時間に余裕があった。

 そうして緊張したまま待ち合わせの時計の下で思うのは――。


「展開早くない⁉」

 

 辺りに誰もいないことを確認してから俺は一人突っ込みを入れていた。


 たしかに昨夜はメッセージのやりとりは盛り上がった。

 同じ街に住んでることもあって色々共通の話題もあるし、逆に同じ街にいるのに知らないことも多い。


 昨日の昼間に話したことはお互いの根本的なところくらい。

 それこそ瑠璃が吸血鬼としてどんな特性があるのかとか、趣味とかそんなものだ。


 太陽に関しては普通に問題ない、ニンニクはちょっと嫌い、十字架は可愛いよね。

 そんな吸血鬼らしからぬ物言いを聞いて、伝承は当てにならないなと思ったくらいのものである。


「今思うと、メッセージのやり取りと直接話すことって全然違う」


 夜のmineは最初こそ緊張していたが、実際にやり始めてしまえばお互い顔を合わせないで済むこともあり、緊張もどんどん解れて和気あいあいとした雰囲気になった。


 それに、一回送れば次にいつ帰ってくるのかソワソワしてしまい、ピロンと返ってくる度に嬉しく思う。


 すぐ送り返したらずっと待ってるみたいで恥ずかしいという気持ちもあった。


 だがそれ以上に彼女のメッセージをすぐ見たいという気持ちの方が強く、つい早くメッセージを送ってしまう。


 試しに俺がスタンプだけで会話を始めると、瑠璃も負けじとスタンプで返してきた。


 途中でお互いスタンプだけで会話をしているのがおかしくて、俺は一人部屋でニヤニヤ笑ってしまったものだ。


 もし母さんにあの姿が見られていたら、多分気持ち悪いとか言われたに違いない。


 スタンプの応酬。


 瑠璃は俺が知ってる女子たちよりもお淑やかだから、あまりこういうことはしないと思っていたが、そんなことはなかったらしい。


 俺は無料のやつしか持っていないのだが、彼女は結構色んなスタンプを持っていて、それも意外な一面だなと思ったものだ。


 可愛かったのは、瑠璃に似た吸血鬼少女が色んな表情をするスタンプ。


 舞さんも自分に似ているスタンプを使ってきたから、もしかしてオリジナルなのだろうかと思って聞いてみると、やはり舞さんが作ったスタンプらしい。


 どうやら彼女の趣味らしく、色々なスタンプを作っているそうだ。


 そんなやり取りをしていると、本当に楽しかった。


 たまに悪戯をするように舞さんがmineでメッセージを差し込んでからかってきて、その度に若干イラっとしたものだが、それも楽しいと思えてしまうくらいには、浮かれていた。


 そうして気付いたら深夜を回っており、それでもメッセージのやり取りは終わらないまま、俺のテンションは少しずつおかしくなり――。


 明日のお昼一緒に食べようか、なんて言葉が自然と出てきて、今に至るという訳だ。




「これって、デートだよな……」


 昨日はどんどん楽しくなっていって、変なテンションでメッセージのやり取りをしてしまっていたせいか、気付いたときには後の祭り。


 送った後に気付いて凄く後悔したが、しかしすぐに瑠璃から食い気味に『行く!』という返信と、可愛らしい吸血鬼の少女が喜んでいるスタンプが来たのでホッとした。


 これで一時間くらい待っても返ってこなかったら、多分俺は緊張と不安で体調を崩してたと思う。


 メッセージアプリ、恐るべし……。


 大げさかと思うが、中学生以上高校生未満で初彼女が出来たばっかりの男のメンタルなんてこんなもんだ。


 待ち合わせの駅前には満開の桜が咲いていて、今は花見のシーズンだからか、ここに来るまでも多くの人が河川敷や公園に集まっているのが見えた。


「俺の格好、変じゃないかな?」


 まだ春先ということもあって太陽があっても意外と冷える。


 薄い長袖パーカーの上から黒のジャケットを羽織ってデニムのジーンズという定番の格好で来たが、よく考えたらもっといい格好があったんじゃないだろうか?


 そんな不安を抱えていると、少し離れたところからこちらに近寄ってくる少女が見えた。 


 長い紫紺の髪をウェーブさせて、初めて出会った時と同じく白のワンピースに紺色のカーディガンという格好は、全体的に統一感があって自然と目で追ってしまう。


 どこまでもお淑やかな雰囲気で落ち着いた様子なのに、彼女とすれ違う男たちはほぼ全員が見直そうと振り返っていた。

 目を離せない存在感というのは、たしかにあるのだ。


 今は太陽が爛々と輝く午前中。それでも傍に寄ってくる彼女を表すなら、満天の星空のようだと思った。


 そんな彼女は傍に来ると、俺が先に来ていることに気付いて驚いた表情をする。


「ハル君、もう来てたんだ……ごめんね、待たせちゃって」


 待ち合わせ場所にもなっている時計を見ると、時刻はまだ九時四十分。遅刻どころか、完璧に早く来てる状況だ。

 それなのに申し訳なさそうにされると、早く着すぎた俺の方が申し訳なく思う。


 ……この雰囲気だと、次は一時間前には来そうだなぁ。


 そうなっては時間を約束する意味がないと思い、説得にかかる。


「……実は、また瑠璃と会えるのが楽しみ過ぎて、凄く早く家出ちゃったんだ」

「え?」

「だから、謝らないで欲しいかな。じゃないと、次から早く家を出るのを我慢しなくちゃならないし」

「ぁぅ……」


 言ってて自分でも気障なセリフを吐いたものだと思うが、瑠璃はそれで納得してくれたのか顔を赤らめてコクリと頷いた。


 そんな仕草一つがとても可愛く、本当にこんな子が自分の婚約者なのだと思うと今更ながらにドキドキする。


「それじゃあ、行こうか」

「うん……あ」

「うん? どうしたの?」

「ハル君、その服似合ってて格好いいね」

「っ――⁉」


 満面の笑みでそう言うのは不意打ち過ぎる。身体中の熱が全て顔に集まっているような錯覚を覚えるくらい、顔が熱くなった。


 彼女は自身の容姿をもっと自覚するべきだと思う。そうじゃないと死人が出る。そう、俺だ。


 そんな混乱の中、不思議そうな表情でこちらを見ている彼女になにか言わなければと、思ったことを素直に言うことにした。


「瑠璃のその恰好も……凄く似合ってる。正直、めちゃくちゃ可愛い」

「はぅ⁉」


 今度は彼女が顔を真っ赤に染めて、うつむいてしまう。

 二人揃って同じ状況に陥った俺らはしばらくの間、金時計の下で黙りこんでしまった。


 周囲からは微笑ましいものも見る目で見られているが、それも含めて恥ずかしさは倍増だ。


「……行こっか」

「うん……」


 そうして、俺たちは地下鉄に乗って、この県で一番大きな街へと繰り出すのであった。

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