第7話 初めてのメッセージ
母さんには簡単に事情を説明したのだが、中々納得してくれなかった。
彼氏彼女という過程をすべて吹っ飛ばしていきなり結婚の約束。俺が母さんの立場でも同じように追及するだろう。
とはいえ、瑠璃が吸血鬼であることなどはさすがに言える話ではない。
それに、吸血行為さえ無ければただの可愛い女の子なのだ。
「とりあえず、今度のその子を家に呼びなさい」
それだけ言って、一旦話は保留となった。
母さんとしては、さすがに結婚に関してはただの口約束としても、単純に息子に出来た彼女を見たいという思いだろう。
子ども特有の思い込みとか、勢いだとか思っているに違いない。
俺は自分の部屋でスマホを見ながら、悩んでいた。もっと言うと、食事をしている間も、お風呂に入っている間も、日課の軽い筋トレをしている間も悩んでいた。
「……どうしよう」
メッセージアプリ『
今の学生のほとんどが使っている連絡ツールなわけだが、そこに夜明瑠璃という名前がある。アイコンは夜空に小さな満月が映ったもの。
彼女らしいなと思いつつ、俺が思うのは一つ。
「今日初めて出会って、お互いの連絡先を交換したはいいけど、いきなり送ってもいいものなのか……」
そしてなにを送ればいいのか……。
端から見たら、俺は凄く真剣な表情でスマホを睨んでいることだろう。
そして内容を知れば、はよ送れやと突っ込みが入るかもしれない。
しかしである、一般的に中学生とは多感な時期であり思春期であり、こうした一挙一動が人生の重要な選択肢に思えるものだ。
ここで失敗してしまえば、後々の将来まで引き摺りかねないほどのダメージを負う。
そんなことを、俺は本気で思っていたし、きっと中学時代の友達も同じ思いのはず。
「……こんばんわ? いやそれを送られてどうしろと」
それだけ送ってしまうと、今度は相手側になにを送ればいいかを投げっぱなしにしてしまう。それはちょっと失礼というか、あまり良くないと思った。
そして改めて思えば、俺はこの十五年の人生は初めて『彼女』が出来たことになる。いや、実際の関係で言うと婚約者か。
たしかに母さんではないが、いきなり過ぎる話といえば話だ。
どちらにしても、今後も付き合っていく関係な以上、やはり最初のメッセージは非常に重要な役割を果たす気がした。
とりあえず、思いついた文章をポチポチと打っていく。
「今日はいきなり結婚しろなんて言われて驚いたけど……いやこれは駄目だ! もしかしたら瑠璃を傷つけるかもしれないし却下!」
何度もメッセージを打っては消して、打っては消してを繰り返しながら、そういえば俺の友達の中で彼女が出来たのは俺が始めてかもしれないと思う。
自慢でも出来ればいいのだが、そんなしょうもないことを考えるよりもメッセージをどうするかの方が重要だと思い出した。
初彼女が出来た俺だが、こういうときにどうすればいいのか、まるでわからない。ベッドに俯きながら、色々なことにずっと悩んでいた。
時刻はすでに夜十時を回っている。そもそもこんな時間にメッセージを送って、迷惑だったらどうしよう。
「どうしよう」
スマホを開き、mineを開き、そして一度閉じてまた開く。
こうして俺の行動はループするのだが、世の中の男子はみんなどうしているんだ本当に。
こんなことをしているのは俺だけなんだろうか? 教えてゴッゴル先生知恵袋。
「……よし!」
そうして三十分ほど無駄な時間を過ごしたのち、俺は覚悟を決めて文章を打ち始める。
とりあえず……初めてのmineなんだからやっぱり無難な文章で行こう。
「えっと……こんばんわ。なにしてる? ちなみに俺は初めてのメッセージで緊張してました。っと」
これであとは送信するだけ、と思うと急に指が動かなくなる。
なんで? と思っているとどうやら緊張しているらしい。
「……文面、本当にこれでいいのかな? やっぱりもう遅いし……明日にした方が……」
そんな風に送信を躊躇っていると、ピロンとスマホから聞き慣れた着信音が鳴った。
「うわっ――⁉」
驚き、緊張で力が入っていなかった手から、スマホが落ちる。
この春休みの間、中学時代の友人からmineが来たことはない。つまり、今このタイミングで来るとしたらそれは――。
「瑠璃から、だよね」
いったいどんな内容なのか……。
ついこの間まで中学生だった俺は女子とメッセージなどほとんどしたことないし、まるで未知の領域だ。
とりあえずスマホを手に取り、パスワードを開く。そうすれば画面に一文だけ文字があり――。
『夜明舞でーす。今日はいきなり拉致っちゃってごめんねー』
「アンタかよ!」
思わずベッドにスマホを投げてしまう。こっちの緊張を返して欲しい。
そもそも舞さんとは連絡先を交換してないのに、なんでこっちにメッセージ送れるんだ?
「……いや、とりあえずそれはいいや。なにか重要な話かもしれないし」
メッセージの全文を見る
簡単に言うと、瑠璃が今部屋で色々悩んでるみたいだから、相談に乗ってやって欲しいという内容だった。
『瑠璃、なにか悩んでるんですか?』
『ええ、今ベッドでうーうー声を上げながら、困ってるわ。なんでも、陽翔くんになんてメッセージを送ればいいか悩んでるらしいの』
『……なんで分かるんですか?』
『そりゃ瑠璃の部屋には盗聴――姉の勘よー』
そうして悪い笑みを浮かべている牙の鋭いウサギのスタンプが送られてくる。
どうやら今の状況を楽しんでいるらしい。
わざわざ盗聴器、なんて単語を入れてるあたり本当に人をからかうことが好きな人だ。
「あの人は本当に……」
まだ出会ってわずかな時間しか経ってないけど今の舞さんの表情は目に浮かぶ。きっとこのスタンプと同じ顔をしてるに違いない。
この人相手だったら全然緊張しないでメッセージを送れたのは、やはり異性として認識していないからだろう。
「でもそっか、瑠璃も同じ風に思ってくれてるんだ」
俺が初めてメッセージを送るのに緊張しているように、瑠璃もまた俺に対して緊張しているらしい。
なんだかそう思うと、少しだけ勇気が湧いてきた。先ほどまで震えていた手はもう止まっている。
「よし、まずはこっちから一個送ってみて、それから他愛のない話をしていこう」
俺たちはまだまだお互い知らないことばかりだし、聞きたいことはたくさんあるのだから、話題にはきっと困らない。
そう思って送信ボタンを押すと、すぐに既読となり、返事も返ってきた。
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