第10話 カフェ

 店内は外観から予想できるとおり、自然をテーマにしただけあっておしゃれな内装だ。


 木のテーブルに木の椅子。それでいて、奥には外の木々に囲まれたスペースもある。

 クッションなども可愛らしく、女性に人気そうな店だなぁと思う。


 実際、店内はカップルか女性客ばかりだ。


 最近はよく女性をターゲットにした女子会割なんてものを良く見かけることも多いが、この店もやっているらしく所々でそんなお客さんが見受けられた。


 中に入ると店員に一階と二階どちらがいいかと聞かれた。

 景色の良いと言われている二階を選ぶと、ログハウスのテラス席を案内される。


 上を見上げると大きな木が空を覆っていて、太陽が隠れているのが凄いと思った。


「わ、見て見て。私たちが並んでいたところが見えるよ」

「ほんとだ。うわ、さっきより凄い並んでる。俺ら結構タイミングが良かったのかもね」


 テラスから見下ろすと凄い人が並んでいた。たしかにここは評判の店だが、まさかここまでとは思わなかった。


 メニューを見ると、名前のわからないものが多い。

 あとドリンクもワインの欄にぎっしり埋まっている。こういうのを見ると、大人の店だなと思う。


 ただ、ランチメニューは比較的良心的な値段だった。


 さすがに大手ファミレスチェーンほどじゃないにしても、ハンバーガー屋を全力で食べる程度の値段で食べられるので、俺のお小遣いでも大丈夫そうだ。


 ふと、瑠璃を見ると真剣な表情でメニューとにらめっこしていた。


 そんな彼女を見ていると、まつ毛も長いなぁとか、真剣な顔もめちゃくちゃ可愛いなぁとか、ただ見ているだけなのに一生飽きる気がしない。 


 俺の視線がわかりやすかったのか、瑠璃がメニューから顔を上げて不思議そうな顔をする。


「ハル君、どうしたの?」

「いや、俺はこのボロネーゼのセットにしようかなって」

「あ、それ美味しそうだよね……私もそれにしようかなぁ。でも……」


 どうやら瑠璃は他にも気になる料理があるらしい。

 むむむーと口を閉じながら悩む仕草は少しおかしかった。

  

「なにか気になるのがあるならそっちにしたら? ボロネーゼなら俺の半分あげるからさ」

「……いいの?」

「その代わり、瑠璃が選んだ料理もちょっと頂戴ね」

「うん! 半分こしよ!」


 嬉しそうに笑う彼女を見ていると、提案して良かったと思う。それに、これでまた彼女のことを一つ知ることが出来た


 そんな些細なこと一つが嬉しく思う。


 俺らのやり取りが聞こえたのか、店員さんが微笑ましいようにこちらを見ていた。


 おそらくバイトの人なんだと思うが、大学生っぽいので俺らなんて子どもに見えるだろう。実際まだ子どもだし仕方がない。


 それが結婚の約束までしていると知ったらどんな顔をするか……まあ、それでも結局微笑ましいように見られるか。


 店員さんに二人分の注文をしていると、瑠璃がまだメニューとにらめっこしていた。


「もしかして別のメニューにしたいの?」

「あ……だ、大丈夫だよ! 店員さんもそれでお願いします!」


 少し慌てた様子の瑠璃にどうしたのだろうかと思っていると、彼女の見ているページが少し見えた。


「デザート?」

「あっ⁉」


 すぐにメニューを閉じる瑠璃だが、なぜ隠す必要があるんだろうと思う。


「ここはデザートもおしゃれで美味しいって話だし、せっかく来たんだからご飯食べたら注文しようよ」

「……たくさん食べる女の子、ハル君は嫌いじゃないの?」

「俺? いや、どっちかというとご飯はたくさん食べてくれる人の方が好きだけど。あと出来るだけ美味しそうに食べてくれるとなお良しだね」


 俺がそう言うと瑠璃はキョトンとした表情を見せる。

 基本的に家の家事を一手に任されている俺としては、自分が作った料理はしっかり食べてもらいたいのだ。

 

「……ほんとに?」

「うん、俺の料理を食べるのなんて母さんだけだけど、あの人食べれればなんでもいいってタイプだからさ。出来るだけ美味しく食べてくれる人がいいなって思うんだ」

「そっか、ハル君がお家でご飯作ってるんだ。そういえば昨日も料理が趣味って言ってたもんね」

「うちって母子家庭だからさ、母さんは看護師で帰りが遅かったり夜勤だったり忙しくて、基本ご飯は俺が作ってるんだよね」


 はぇー、と感心した様子を見せる。ここで変に同情的にならないでもらえるのは本当にありがたい。


 この話をすると、大抵の人は憐憫の眼差しでこちらを見てくるが、俺としては子どもの頃に終わった話なのだ。


 そういえば、瑠璃の両親はどうしたのだろうか?


 屋敷には舞さんしかいなかったし、いちおう屋敷の管理をする使用人がいるらしいが、彼らも普通の人間で彼女たちの正体を知っているわけではないと言っていた。


 彼女たちの事情が事情だからあまり踏み込みづらい話だが、いつかまた教えてもらえたらいいなと思う。


「お待たせしましたー」


 そんな会話をしていると、注文した料理がきた。


「あ、ボロネーゼのセットは俺で、彼女の方にとろとろ卵のペペロンチーノを。あと、取り皿二つ貰えますか?」


 すぐに用意される取り皿と、取り分ける用のフォークにスプーン。それを使って俺のボロネーゼとペペロンチーノを半分に分ける。


「はい、これでよしっと」

「……ハル君って、凄く女子力高いね」

「女子力って……そんなことないと思うけど」

「高いよぉ……これじゃあ私、ちょっと自信無くしちゃうかも」

「えぇ⁉」


 瑠璃の言う女子力がなにを指してるのかわからないが、これくらいは誰でもできることだろう。

 そもそも、女子っぽさで言えば瑠璃に勝てる子がいるとは到底思えない。


「お料理も得意だって言うし、私も頑張らないと」

「えと……とりあえず食べよっか?」


 なにかを決意した様子の彼女に俺が言えることはなにもなさそうだ。


 テーブルに置かれたセットを見ると、パスタだけでなくミネストローネとサラダまでついている。


 しかも一つ一つが凄く丁寧に作られていて、味も美味しい。この店はチェーン店ではないが、だからこそ出来る味な気がした。


「これで千円以下はすっごいお得だよなぁ」

「そうだね。うん、凄く美味しいね」

「あ、瑠璃。口元にソースが付いて……」


 ボロネーゼのソースだろう。口紅のように紅く染まった口元を見て、一瞬言葉に詰まる。


 その姿は、あの満月の夜に見た彼女の姿と一瞬ダブッて見えて――。


「ハルくん? どうしたの?」

「はっ――いや、なんでもないよ」


 瑠璃はこちらを心配そうに見ている。すでに口元は拭いていて、瑞々しい柔らかそうな唇がそこにあった。


 別に、怖いと思ったわけじゃない。


 ただ、あの時の瑠璃は普通じゃなくて、そのことについて俺はまだなにも追及していない。


 そして、瑠璃も舞さんもなにも言っていない。


 だからこそ思うのだ。俺は彼女たちのことを、まだなにも知らないのだと。もっと知っていかなければならないのだと。


 ただ――。


「全部食べたら、デザート頼もっか」

「うん、楽しみだね」


 それを聞くのは今じゃなくていいと思う。


 だって、今日だけで瑠璃の好きな本、好きな食べ物、それにたくさん食べることが恥ずかしいと思うような彼女の性格を知った。


 今から、瑠璃が好きなデザートも知ることが出来る。


 こんな日々を過ごしていくにつれて、俺は彼女を知っていく。そして彼女もまた俺を知っていく。


 そうして、歩み寄っていけばいいんだ。

 俺たちはまだ、知り合ったばかりなんだから。

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